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95 ほわりと広がったオレンジの光に香が浮かび上がる。

 “精霊”とアルバがじゃれていると見えるのは自分だけなのだろうか?


 ネイスバルトは、二人?の様子を垣間見ながら密かにため息をついた。“精霊”の様子からはこちらへの敵意は感じられない。しかし、今回の事の発端に王家が少しでも係わっていると知れば豹変するだろう。

 確かに事を起こしたのは精霊族だが、城へと強引に移動させたのは《龍》であるルマーニュだ。城と王族の身辺警護が任務のはずのルマーニュが香に係わった時点で、王家の関与は言い逃れできなくなっている。ましてや自分は端くれとはいえ歴とした王族だ。

 今、アルバを差し置いて声をかけたならば、何が起こっても言い逃れはできない。


 ネイスバルトは背筋を流れるしずくに、少しだけ冷静さを取り戻せた気がした……、が、



「二人は何時、帰ってくるのか。どこに帰ってくるのか、教えていただけますか?」


 アルバの言葉に一瞬にして体がこわばる。

 “大地の精霊”に連れ去られた二人が戻るということは、周囲から見れば目をかけられた人間が二人も世界に帰って来るということだ。


 すなわち……、


 二人を手に入れたなら、“大地の精霊”さえも手に入れられると思うことだろう。先ほど香に従った“大地の精霊”を見ていれば尚のこと、確信を持って(シェス)を操るために香を懐柔しようと(たか)るだろう。


 今のアルバに今後を見通して問いを発するなどできるはずもない。

 意識を取り戻し周囲の惨状を確認し、自分だけが“精霊”に容認されているとなれば、よほどの者でなければ冷静さを保つことなどできようはずもない。

 アルバは優秀とは言っても、まだまだ若輩の域を脱してはいない。そして、師団員としての責務よりも香を優先している。

 自分で自覚しているかどうかは知らないが、ネイスバルトにはそれが解った。


「な、何がおかしくて!? ユーリック・アルバ」


 うろたえる“精霊”を思わず笑ったアルバに声を上げる。その様子に思わず頬がゆるんだ。彼女の様子では、二人の帰る時期を知らないか、話せないのだろう。動揺しきったさまは物慣れない少女のようで、その肢体との差異になんともいえない雰囲気をかもし出していた。



「レイシェス、申し訳ございません。怒りを鎮めてください。二人が無事なら私はここで待ちましょう。二人が戻る場所はここなのでしょう?」


「それはわからないわ。だって、どこからだって入れるし、出られるもの。ユーリック・アルバ、あなたはしっかりと精進なさい。おのれを高めたならわたしの香の守護と認めてあげるわ」


 その言葉に皆があぜんとレイシェスを見た。そして返す視線はユーリックへと向う。みなの頭の中を“精霊”の言葉がかけめぐった。

 香の守護とはただの護衛とは違うのだろうか。“精霊”の加護の元、香を守護することになるのだろうか?


 ネイスバルトは事態の推移に驚愕しながらも、めまぐるしく頭を働かせる。


 今この時点では他国への情報流出はないと思われる。しかし、緘口令を布いたとしても時と共に他国の上層部に知れることとなるだろう。そのとき、この国が三人を守ることが出来るのか!? 香を術で城へ連れ込み、この事態を招いた王家を三人がよしとするのか……。

 香が許してもザントとアルバは王家の手を拒否するだろう。砦の騎士として、師団長である私が命令すればしぶしぶ首を縦に振るだろうが、それでは二人になついている香は良い顔をしない。

 八方塞に感じるネイスバルトは“精霊”とユーリックのやり取りを聞きながら、好きにしろと言った先ほどの自分を殴りつけたい気分だった。



  ~・~・~



――香、泣くでない。そなたは我と違い自由だ。生きたいように生き、死にたいように死する。何を思いどこへ行こうと誰憚ることはない。我と違い地に縛られることもない。自由に生きよ。……そして、死せ――


 ただ静かに頬をぬらす香にシェスは告げる。柔らかく包み込みながら、レイに叱られたくはないと言いながら。


――もう、我の知はなじんだであろう? この闇を払うのも、心のまま此処を去るのも、そなたの好きにすればよい――


 温かい闇に包まれながら自分に降り注ぐ言葉に、香は頭を上げた。


「シェスはどうなるの? ボクと一緒に来るの? …ゆーりやぎうべるは? ……どうなっちゃうの!?」


――我は少しまどろんでいよう。ゆったりとまどろみ、満足する頃には我も解放されるのであろうからの――


 少し力を失いすぎたようじゃ、と呟きながら香を包むぬくもりが離れていく。香にはそれが寂しくて思わず手を伸ばし、同時に知らず術を使った。


 ほわりと広がったオレンジの光に香が浮かび上がる。


 伸ばした手の先には穏やかな金の目を持つ美丈夫がいた。ゆるく波打つ長髪とその瞳で、香を包み込んでいた。すとんとした服はとろりとした手触りで、香に握られた場所に皺がよっている。

 あっと思い手を離せばクスリと笑われ、術もなじんだようじゃのと頭をなでられた。


――もうそなたは自由に動けばよい。我を呼ぶことも、此処へ来ることもできるであろう?――


 笑いを含んだ声でそう言われれば、確かにその方法を知っているし行使する術がある。しっかりと自分が出来ると確信できた。

 どこに行ったとしても、誰といたとしても、シェスへと声を届けることもシェスの元へ転移することも自分には可能だ。そう思えることが不思議だが、香はにっこりと笑いながらシェスを見上げた。


「じゃあ、ボクはみんなと一緒に生きていいんだね。でもシェスはまた寂しいでしょう?」


 視線を揺らすシェスの瞳に香が映る。香は手を伸ばしシェスの腰に腕を回して、続けた。


「だから時々、逢いに来る。いっぱいおしゃべりしよう。レイシェスも一緒に、おしゃべりして、いっぱい楽しいことしよう。だからちょっとだけ待ってて、シェスにはボクのしばらくは、ちょっとでしょ?」


――ああ、我は待っていよう。そなたと、レイの来るのを待っていることにしよう。我にとってのまどろみは、今このときから、そなた達を待つ楽しいひと時となるのじゃな――


 無表情に近かったシェスの顔に笑みが浮かぶ。心の底に染み入るような、幸せがこぼれ出るようなそんな笑みを残しシェスは光に解けた。

 こぼれる光がほのかな明かりとなり、ゆっくりと小さく消えていく。

 三つに別れたシェスは、それぞれが意思を持ち言葉を発する。一人は香に、一人はギルベルに……。レイシェスと話しながら香を慰め、ギルベルと向き合う。それぞれに心を砕き、言葉をつむぐ。


 疲れきったシェスは、今まどろみの中へと身を投じた。



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