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90 そして、二人は動かなかった。

 精霊族たちはレイシェスたちを遠巻きに注目していた。ある一定の距離以上に近づこうとすると、暴風に押し戻されるのだ。

 最初のような激しさはないもののその場にとどまることも、先へ進むことも出来ない強さだ。だから仕方なく、二十メートルほど離れた場所から様子を窺うことしか出来なかった。


「ミツキ殿、あなたが何をしてこられたのか、教えていただけますか?」


 カズヒの問いに、ミツキは思わず視線を彷徨わせる。


 自分のしたことを正直に話せば、最悪追放を言い渡されても文句は言えない。何せ崇めているはずの“精霊”に危害を加え、堕としめようとしたのだ。

 “精霊”を形作る魔素を瘴気に侵されるよう、サヌエル・プレスを(そそのか)した。半分以上正気を失っていたとはいえ、前司教としての力は衰えてはいない。その男が血を以て呪詛を込めれば湖はたちまち瘴気に染まるだろう。

 そして“精霊”が堕ちればあの子供は支障なく巫女として立つことができる。そうなれば里は、精霊族は、かつての繁栄を取り戻せる。そう目論見、行動した。


 その結果が今の状態だ。


 たぶん途中まではうまくいっていた。子供は従順に里までついて来たし“精霊”は黒く染まって行った。邪魔だと思っていた騎士もいつの間にか血塗れていた。

 しかし、里は壊滅状態だし“精霊”は正気を取り戻してしまった。


 何が間違っていたのか……。


 外から見れば香に手を出したことが、敗因としか思えない。だが、それはミツキには分からない。

 渦中に居るからこその不認識なのか、驕りからくる目隠しなのだろうか。だが、本人に認識できる敗因は無かった。



  ~・~・~



「暗闇は怖くないのか?」


 わけも解らず放り込まれた暗闇の中、少しでも状況を理解しようと、四つん這いになって手を伸ばしながら進む香の耳に声が聞こえた。

 訝しむ香に、なおも声は続けた。


「いくら足掻いてもこの闇に果てはない。その場にとどまって助けを待つがよい」


 果てが無いとは聞き捨てなら無いが、助けを待つことは出来そうにない。ただ待つことは、今の香にとって流されることと同義だ。


 自分が楽なほうへ、助け手があることが当然として待っていた。抵抗すれば状況は悪くなるかもしれない。……だから、待っていた。

 ぼんやりした意識の中、ギルベルとユーリックを見つければ、「あぁ、これで大丈夫」なんて思った。


 そして、……二人は動かなくなった。


 真っ赤に染まったその色が、ペンキだとか絵の具だとかは希望的憶測。自分が何もしなかったから、二人は倒れた。自分が何もしなかったから、二人は血濡れになった。


 フラッシュバックのように、事故の光景を思い出す。

 父と義母。奇妙に折れ曲がり真っ赤に染まったその姿と、二人が重なる。

 朦朧とする意識の中、少し膨らんでいたはずの義母のお腹がひしゃげていた事が目に焼きついた。そして気づけば自分も病院に収容され、安置室で二人と再会した。


 あの二人は大丈夫。


 そう思いたくても信じられなくなっている。二人は香と一緒に居ると言ってくれた。抱きしめて、居場所を作ってくれた。大きな手で頭をなで、痛いぐらいに抱きしめられた。



 そういえば……、と思い出す。


「ぎるべるとゆぅりは?」


 自分はこの存在に、二人を起こしてと願わなかったか?!

 代償として自分は此処にいるのだろうか。ならば二人は無事なのだろうか?


「そなたの願いは、ここから出られたら解ろう」


「此処はしぇすの作った場所?」


「我の住処ではあるの……」


「いつ出してくれる?」


 淡々と答えていたシェスは、最後の問いにだけクスリと笑って答えなかった。



  ~・~・~



 カズヒは返事の無いミツキをじっと見つめていた。この事態の大半はミツキの行動に起因すると思っている。

 しかし現れた“精霊”は精霊族に良い感情を持っていはいなかった。

 ミツキが“精霊”にも手を出したのだろうか?

 子供を巫女として立たせようと、何らかの手を打ったと考えるのが一番自然だった。しかし、“レイシェス”という名が引っかかる。


 精霊族が“精霊”となる。


 それは昔から伝えられてきた言葉だ。しかし、実際に死した精霊族が“精霊”として生まれ変わることは無いだろう。

 少なくともカズヒの知っていることは、言い伝えられた言葉は何かを暗示はしているが、事実ではないということ。


 “精霊”としっかり意思の疎通が出来るというのも珍しければ、“大地の精霊”が顕現するなど、この目で見ていなければ一笑に付しただろう。

 たしかに伝聞では能力の高かった巫女の下へ姿を現したとも伝えられる。しかし、秘密裏に、自分の内へと招き入れてのことであって、衆人環視の中、子供の言いなりになるなど考えられない。

 それとも、ミツキが連れ帰ったあの子供が、巫女としてそこまでの者なのだろうか……。


「そろそろお答え願えませんか、ミツキ殿。あなたは里の外で何をなさった?」


 カズヒのその言葉に、ミツキはゆっくりと顔を上げた。先ほどまでの困惑はなりを潜め、一種異様なほど落ち着いた顔つきでカズヒと視線を合わせる。


「何をしたと思われるのですか?」


 質問に質問を返され傲慢ともいえるミツキの言葉に、一瞬、カズヒは固まった。次にカズヒは自分の頬をつねってみたくなってしまった。なぜならあまりにも厚顔無恥な言葉に、二の句を告げなかったからだ。

 今の里の状態を目の当たりにしながら、なおも質問を投げかけるその神経が理解できなかった。


「ミツキ殿の行動が招いた今の惨状ではないのですかな?」


 次は返答をと強い視線を返しミツキを見る。

 ミツキは少しだけ鼻白んだように目を泳がせ、視線をそらした。そして視線の先には、宙に浮かぶ小さな“精霊”の姿があった。



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