83 「オチロ、オチロ、オチロ、オチロ……」
ご注意ください
グロテスク表現あり
声を上げ続ける二人を、ミツキはただ呆然と見ていた。それほど必死になって呼びかけているのだから、香は“精霊”の傍にいるはずなのだ。
しかしミツキがどれだけ目を凝らしても、ここまで連れ帰った子供の姿は見つけられない。
「まだ言うか、ギルベル・ザント、ユーリック・アルバ。お前たち以外の誰が香を隠すと言うのか!!」
醜くゆがんだ顔の“精霊”が二人を糾弾する。その衣は胸近くまで黒く染まっていた。白く優雅に舞っていた手は、ひじまでの黒い長手袋をはめたようになっている。
言葉と同時にいっそう濃密になる魔素の気配。
巻き上げられる物が、土くれからコブシ大の石になり、瓦礫の中からとがった木切れが舞い上がる。どろりと瘴気を伴った魔素が回りに満ちたとき、二人へ向かって瓦礫と石が轟音とともに降り注いだ。
!!!!
一気に視界が利かなくなる。いまだ風はやまず、舞う砂埃に目を開けても居られない。
ミツキはいまだ許しを請うヤツシに覆いかぶさり、何とかしのいだ。しかし直撃を受けた二人は無事ではすまないだろう。
かすむ視界の中、新たな瓦礫の山と深紅がその目にとまった。
ゆっくりと広がって行く血だまりに、やはり二人はダメだったのかと落胆した自分に、ミツキは驚いていた。
〜・〜・〜
ボートネスたちの目の前に広がるのは、幻想的といってもいいくらいに美しい光景だった。しかし、深呼吸をしようものなら、肺から爛れる様な痛みが突き抜ける。そうならないため、障壁を作りながらゆっくりと歩く。しかし呼吸のように消費した魔素の補充に周囲の瘴気を取り込んでしまう。気を張り、魔素をめぐらせて行けば体力は削られる。
ボートネスと師団員は“精霊の湖”の周りを一周するのに数日を要した。
瘴気が濃すぎるために長時間の探索は危険があるとボートネスが判断したためだ。セイリックをペイデルへと返し、応援要員の師団員たちと少しづつ湖畔をめぐっていった。
徐々に探索の手を伸ばし、交代しながらの調査となった。
「このあたりが一番、瘴気が濃くなっているな……」
ボートネスは脂汗をにじませながら辺りを見回す。連日の術の行使で疲労が蓄積している。しかし、この異常な事態を解明することなく帰る選択は、ボートネスにはなかった。
「副師団長、あちらに何か動く影が……」
師団員の言葉に目を向ければ、なるほど木々の隙間から何かの影が見える。
同じ動作を繰り返すその影へ、気配を殺しながら近づいた。
「………、………!!」
何かを拝むような動作を繰り返しながら、ずっと呟いている。
全身をマントで覆い、顔はフードに隠れていた。地面に座り込みながら、両手を伸ばし振りかぶった後、からだの前にある物体に叩き付けるように振り下ろしている。
その手には、ギラリと光を跳ね返す何かがあるようだった。
ボートネスは数人の師団員に回り込むように視線で指示を出す。自分は二人を引き連れ、ゆっくりと足を進めていく。位置に着いたものたちと呼吸を合わせ、マントの人物を取り押さえた。
ドサリ!!
あっけなく引き倒されたマントの人物は、体つきから推測すれば男だった。
「オチロ、オチロ、オチロ、オチロ……」
押さえつけられてなお、口の止まらない男の目に狂気がほの見える。
手から放り出された刃物がカツンとボートネスの靴先に当たった。その刃先はぬらついた血で赤黒く染まっていた。
「ヒッ!! …………ぅおえ、っぐ」
男が叩いていたものを見た師団員が思わずえずく。荒事になれた師団員たちも切り刻まれ、ただの肉塊となった死体を見せ付けられてはさすがに平常心は保てない。
元の顔も、性別も年齢さえもわからなくなるほど傷つけられ、内臓も脳漿までもが撒き散らされている。血と臓物のにおいが充満していた。
「ここを清めるぞ、このままでは瘴気は晴れることはない。一刻も早く処理する」
ボートネスの言葉に、みな青ざめながらも動き始めた。
男のマントを引き剥がし、無残な遺体をくるみこむ者。いまだ呟き続ける男を縛り上げるもの。里へと知らせに走る者。
おのおのが動く中、ボートネスは湖畔に立ち湖水の状態を見る。右手を浸け湖水に含まれる魔素を診た。ゆっくりと湖面から湖底へと探索の腕を伸ばす。
湖面に近いほど瘴気は濃いが三メートルも潜れば澄んだ魔素が満ちていた。
思わず大きく息を吐き、次いで胸の痛みに顔をしかめる。連日の瘴気の中での活動に、思っていたより疲労が蓄積していたらしい。澄んだ魔素に触れて気が緩み、瘴気を目いっぱい取り込んでしまうほどには疲れていた。
ボートネスは気持ちを落ち着け、注意しながらゆっくりと深呼吸した。魔素を高め、術で管を作り瘴気に犯されていない深部の水を引き上げる。
腰にくくりつけていた水筒の中に目一杯注ぎこんだ。師団員たちから預かった水筒も満たして行く。
「副師団長、用意が整いました」
やって来た師団員に水を満たした水筒を持たせ、血濡れの現場へ向かう。ついたその場でトボトボと水を撒いていく。できるだけ広範囲に、広く撒いていった。
澄んだ魔素を多く含んだ水を撒けば瘴気は気持ち中和される。原因を取り除いた今、焼け石に水とばかりに瘴気が増えることはない。
ボートネスは持ってきた水筒をすべて使い切り、ほぉっ吐息を吐いた。この後の面倒ごとを思うと一気に体が重くなる。
足を引きずるような面持ちで、ボーロックは村へと戻った。住人は非常事態だからと、ペイデルへ非難させている。ここには師団員と元凶の男しか居なかった。
「なぜ、あんなことをした!?」
男を前にして問いかけるも、答えは帰ってこない。
フードの下には、目を背けたくなるような容貌がまっていた。
右目は眼球からなくなっており、空洞があった。左目はまぶたがなく、目玉がぎょろりと辺りを見回す。顔の右半分は焼け爛れ、皮膚は硬化変色し浅黒く染まってる。
唇も変形し閉じる事ができなくなった右端から涎がたれていた。頭部は頭頂部まで毛が無くなっており、現れている皮膚は波打っている。
唯一無事なのは左頬から顎にかけてと、唇の左端だった。そこだけ見れば存外きれいな顔つきで、以前は結構見られた顔ではなかったかと、ボートネスは思った。




