80 クリは庫裏。
「カズヒ様に目通りを願う。我はミツキ。王都に住まう精霊族なり」
里の門にてミツキが口上を述べる。
門を守っていた一人が走り去り、残った一人が目礼を寄こす。
鷹揚に構えたミツキと二人の従者。わらわらと現れた里人にはそう見えるのだろう。口々に『月』が来たと囁きあう声が聞こえた。
「我に付いて来られよ。カズヒ様のもとへ案内しよう」
戻ってきた門番とともに来た男に従い里を進む。里の中心近くに建つひときわ大きな家屋に入れば、矍鑠とした老人と向かいあった。
「ミツキ殿、我が今代の『日』を持つ者。カズヒなり。何用あって参られた?」
「カズヒ様、まずは急な訪問をお許しくださり有り難く存じます。この度は、巫女姫の次代を連れ帰りました」
一気に険しくなったカズヒが香を見る。全身をくまなく探るその視線は、香にとっては不快でしかないが意識が混濁している今、なんの痛痒も感じてはいなかった。
「すでに巫女であるこの者に、大地の巫女は務まらん。まして琥珀でない巫女は立たん」
拒絶の言葉にヤツシは思わずミツキを伺う。ミツキはその顔に憐れみさえも浮かべながら、その口元には笑みを浮かべていた。
「この者は琥珀です。力により捻じ曲げられ、琥珀を封じられている。それを解き放てば巫女として、なんら不足はないと思われますが……」
一拍置き、ミツキは続ける。
「守護である精霊はまもなく霧散しましょう。その後、大地の巫女として立ったとして、なんの不都合もございません」
カズヒは目の前にいるミツキを見る。その姿は自信に満ち溢れ、自分には間違いなど有るものかと語っていた。
しかし、隣に座る者をみれば、何も映していない瞳がただ光を反射するのみ。後ろに立つ子供の魔素には覚えがある。
巫女に立つものは幼い頃から集められるから、ミツキの指す者は一番小さな子供。その姿は、いまだ親の庇護を必要とする小さな子供でしかない。
「その根拠は何処にある?」
ミツキは、その言葉を待っていたとばかりに胸元を探る。現れたのは第3師団医務長ヤツグリからミツキへと宛てた手紙だった。
恭しく捧げられたその文面には、時候の挨拶に始まり、このたび師団で保護した子供は長年探していた者かもしれない。違ったとしても魔素の多い将来有望な子供だから、術の手ほどきをお願いできるだろうかと、書かれていた。
長年ミツキが探していた者。それは精霊族が求めていた琥珀の瞳を持つ者。
「ここには琥珀とは書かれていないが?」
「私が探している者の特徴は知っていましたから。ましてやクリ(・・)。半族としても、多少なりとも一族の知識はございましょう?」
確かに「ヤツグリ」とはカズヒがつけた名だった。
半族、……他と精霊族との混血。
血が交わると生まれる子供は、生粋の精霊族に比べて二割ほど魔素の保有量が少ない。中でもヤツグリは他の者の半分にも満たなかった。
だからカズヒはクリ(・・)と名づけた。
精霊族は魔素の大きさに重きを置く。その量によって名が決まっていく。一番がシェス、そしてヒ・ツキ・セイと続きクリは最後になる。
クリは庫裏。
将来は倉庫番を約束された子供だった。一族の使う術は魔素が足りず使えない。体術も芳しくない。両親の死後、よほど居心地が悪かったのだろう。里の者達の目を避けるようになり、カズヒに里を出ると告げた。その子供が師団の医務長だという。
里を出た事のないカズヒには、他の人々の魔素の量や扱いの程度はわからない。だが里を出た半族が知らせて来たのならば、琥珀なのだろうか……。
ぼんやりと、ただ目を開いているだけの子供の額へ手をかざす。
カズヒの手に魔素が集まり香を覆った。膨大な香の魔素を包み込み、内に取り込みカズヒの魔素を香へと渡す。
ゆっくりと香の中を精査していく。
〜・〜・〜
何かが中に入ってくる。覚えのある医務長さんの魔素じゃない。
知らない! こんな魔素知らない!!
霞みがかっていた意識が、パッとクリアになる。しっかりと目を開き周りをみれば、飛び込んできたのはミツキの顔だった。
「ぁっ、あぁ……、いやぁあぁああ!!」
何か恐いものが入ってきて、香の意識をどこかに閉じ込めた。
〜・〜・〜
カズヒの魔素に拒否を示したのか、突然、香の魔素が膨れ上がる。とっさに張った防御の術で、ミツキは香の意識を包みこんでしまった。カズヒも防御をしたようだが、術の展開はミツキのほうが早かった。
「ミツキ殿、この子になんの術を掛けていた?」
「……意識をすこし混濁させていただけですが、なにか?」
「我が見たかぎり、掛けられた術は一つきり。つまり、ミツキ殿の混濁の術ではないかな。だとすればこの子は琥珀ではない可能性がある」
自分の隣で目を見開き、痙攣するように細かく震える香を見る。浅い呼吸を繰り返し、薄っすらと汗も浮かぶ。青褪めたその顔は哀れみを誘うが、もし琥珀でないとすれば用済みだった。
チッと苛立たしげに香を見て、拳を握り締める。長年かかって築き上げたサクベル王国での立場は崩れ去った。初めてこの子供を精査したとき、違和感を感じ、ヤツグリからの手紙で琥珀だと確信した。
その感覚を頼りにミツキが再度香に魔素を流す。
「ぃゃ、……ぃや、ぁああ」
椅子から崩れ落ちるようにミツキから離れようとする。意識を奪い、感覚までも奪ったこの状態でなお、ミツキから逃れようとする。
床に繋ぎとめ、上から圧し掛かるように香を診た。
頬は濡れ、髪は乱れ、意味不明な声を上げ続ける香。闇雲に暴れる香を全力で押さえ込む。本来必要な魔素の倍以上の量を使って香の中を犯しつくした。
どんな小さな違和感も見逃すまいと、大量の魔素で押し流すように乱暴に香を診る。
パキンッ!
かすかな違和感とともに小さな音が聞こえた。
〜・〜・〜
「くそっ! いつまで進めばいいんだ」
「そろそろ着くはずなんですがね、木々の向こうに建物が見え始めたし……」
ギルベルが履き捨てるように言えば、同じく履き捨てるようにフォルハが答えた。
最初に転移した場所からは小さな尖塔の先が見えた。だからその方向へと進んだのだが、いっこうに近付かない。ユーリックがあたりの魔素を見てみれば、何らかの術があたりに展開されているという。解析すれば目くらましのように、距離と方向の感覚を狂わせるものらしい。
解除すれば相手に気付かれるかもしれないため、ユーリックを先頭に術を掻い潜るようにして進んできた。
そのユーリックが立ち止まり、膝を付く。慌てて駆け寄れば血の気の引いた顔で、目だけが爛々と光っていた。
「香くんの精神が大きく波打っています。何かまずい事が起こっているのかもしれない」
香の精神に引き摺られるのか、顔を顰めながらユーリックが告げた。
ギルベルの手を借り立ち上がったユーリックの体は、細かく震えていた。




