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78 だから子守を頼んだのだ。

「ヤツシ、陣を起動させなさい」


 ミツキの言葉に従い、ヤツシは床に描かれた円陣に魔素を流し込んでいく。直径二メートルほどの複雑な模様が、ヤツシの触れた場所から光を放つ。

 全体が輝いたのを見てミツキが香を促し陣に入る。ヤツシもすぐさま隣に立ち、最後の仕上げの術を流しこんだ。


 視界が白く塗りつぶされ、眩しさに目を細めた。再度開く頃には、緑に覆われた森を目の前にしている。少し入れば里の門が見えるだろう。そう思いながらヤツシはミツキを伺った。




 ミツキに付いて十年ほどになるだろうか。精霊族としては短く、人としてはほどほどの時間を共に過ごした。

 ミツキは、その膨大な魔素をもてあまし、いろいろな事に手を出し、また放り出していった。そんな中、魔素の扱いにはことのほか興味を示し、自分で術を編むほどになっている。

 周囲には一切興味を向ける事無く、黙々と面白い事を探していた。そして自分や一族に不利益がかかろうとすると、それまでに築いた伝手を使い、完膚なきまでに叩き潰している。


 しかし今回の香に対する扱いは、ミツキらしくなかった。ヤツシが知る日頃のミツキであれば、餌を撒き、相手が接触してくれば係わっただろう。

 香は、ミツキが興味を持っても不思議ではないほどの魔素を持っている。しかし、師団長と共に訪れた者をただの遊び道具とするのは後々面倒だと、日頃ならば見向きもしない。


 だから子守を頼んだのだ。


 香の王都見学にヤツシを同行させる意思があるのならば、香に手を出そう。いつものミツキならばそう思ったはずだ。

 だが今回、ネイスバルトが無視を決め込んだと見るや、ミツキは城へ向かい王太子と会談を持って、今回のお膳立てをした。


 ミツキの言うように巫女の血筋であれば、里に迎えることは当然である。しかし本人の意思を無視してもいいとは思わない。脅迫に屈した香を連れ里に帰ったところで、巫女としては立とうとしないだろう。第一、巫女の第一条件である琥珀の瞳を持っていない。




 先代の巫女が存在したのは三百年ほど前だという。巫女の勤めに倦んで出奔したと伝えられている。その後、巫女を勤められる魔素を持つものは生まれていない。

 巫女を失った大地は恵みを失い、それまでの豊饒が絶たれた。作物が実らず、里は幾つかに分裂し今にいたる。


 ヤツシは豊饒の地を知らない。ヤツシの両親もその親から聞いただけである。だから今に満足している。しかし、高齢の者の中にはかつての豊饒の名残を見ている者もいる。

 巫女がいなくなり、すぐさま土地が枯れたわけではない。枯れたとはいっても近隣と同じ状態になっただけである。

 他よりも若干実りの多い地。それが分裂する直前の里の姿だった。果実にしろ、穀物にしろ近隣より、二、三割多い収穫。それを見る子供は、親に以前はもっと多く実っていたと告げられる。そして実らなくなったのは、巫女が逃げ出したからだと教えられてきた。


 今、巫女の血筋として香を連れ帰れば、里は歓喜に包まれるだろう。これで豊饒が約束される。これで自分達に実りは保障されると……。


 ヤツシはミツキに連れられる香の背を、なんともいえない表情で見ていた。



  〜・〜・〜



「まず、この国の成り立ちは何処まで知っている?」


 ネイスバルトの言葉に、ギルベル、ユーリック、フォルハは顔を見合わせる。代表してユーリックが口を開いた。


「一般に知られている事、程度でしょうか……」


 後の二人を伺いながら簡単に纏めた。


 三百年ほど前にやってきた異民族に平定され、今の形となったのが二百五十年ほど前だということ。やって来た異民族は今の王族の先祖で、魔素を操る術を持っていたこと。


「では、何故この地にやって来たのかは知っているか?」


 ユーリックとフォルハは顔を見合わせ、知らないと首を振った。


「それより香は何処に連れて行かれた? 里の場所はわかるのだろう」


 ギルベルが口を開く。苛立ちを隠さないその声音は重低音で、ネイスバルトの背を這った。一気に温度の低くなる室内に、勇敢にもユーリックは口を開いた。


「……ギルさん、苛立ちはわかりますが、相手の動機を知る事も大事です。師団長は今その説明に入ろうとしていたのでしょう」


 ギリリ、と歯を食いしばり向かいに座るネイスバルトを見る。師団長としてのプライドか、その顔は強張ってはいるものの青褪めてはいなかった。


「……、では、本題に入る。大陸中央に国のあった王家は、土地を追われここに落ち着いたんだ。……」



 ネイスバルトは語る。


 今この国を治める王家は、大陸中央を治めていた王家の外戚だった。三百年前、当時の王太子が一人の女性を見初め城へと招く。女性の一族に王妃とすることを約束し、後宮の一員として迎えた。権力で押さえつけ後宮に納められたその女性は、王太子の覚えもめでたく子を身ごもる。しかし、先に入っていた側室達、政府の高官、高位貴族の反対にあい、王妃となる事無く姿を消す。


 その女性が精霊族にとって大事な巫女姫だった。


 後継を残す事無く姿を消した巫女姫に、精霊族は王家を断罪する。巫女姫は“大地の精霊”のいとし子である。彼女がいなくなれば“精霊”は狂うだろう。大地の恵みもなくなってしまう。


 精霊族の言葉通り、その後大地は乾き、それまでの恵みが嘘のように枯れ果てた。それまではなかった瘴気が大気に渦巻き、王家を襲った。直系はことごとく瘴気に倒れ、何とか逃れた傍流の外戚がこの国の王となったのだ。


 だから、この国の王家は精霊族に強く出ることはない。


 香を巫女姫の後継として里に迎えたいと王太子に要請し、今回の事態となった。



「間違ってもらいたくないのは、香くんの意思を無視するつもりは殿下にはない」


「師団長、何故香くんが巫女姫の後継となるのです? 何か基準があるのですか?」


 巫女姫の基準とはなにか、その問いにネイスバルトは答えられない。


「王家の尻拭いを、香にさせるつもりか。香は落ち人だ。精霊族と何の関係がある? 今は、魔素の大きいただの子供だ」


 ギルベルの言葉はネイスバルトも思ったことだった。王太子ロイベルトに巫女姫の後継だと告げられても、納得はできないだろう。

 これ以上告げることはない。ネイスバルトも納得していない事を三人に納得させることは、できるはずがない。


 口をつぐんだネイスバルトへの視線は容赦なく厳しい。



「失礼いたします。王太子殿下より、こちらをお渡しするようにと……」


 やって来た侍従が差し出したのは、一通の手紙。封蝋は王太子の印だった。

 ネイスバルトは侍従を下がらせ、二人の目の前で読み始める。軽くすべてに目を通し、表情を硬くしながら再度しっかりと読み進める。

 思案げに目を伏せ腕を組み、意を決したように手紙を前の三人へと手渡した。


 受け取ったユーリックがギルベルにも見えるよう広げるが、読み進めるうち驚愕から自分の方へと手を引いた。ギルベルに手首をつかまれたことでハッとするが、内容に顔は険しくなるばかりだった。

 ギルベルが最後にフォルハへと手渡しながら、師団長へと問いかける。


「で、国として、王家としては、今回の事どうするつもりなんだ?」


「全面的にあなた達三人の後押しをしましょう。今回の事はいくら精霊族としてもやりすぎた。私も結構煮えくり返っているのだよ」


 答えるネイスバルトの顔は晴々として、三人の知る《大鷲》第3師団、師団長の顔だった。



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