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77 この目の前にいる、人型を持つものは何だろうか。

「巫女姫、さあ、参りましょう。立って下さい」


 みなが意識を失った。今目覚めているのは、師匠さん……ミツキとヤツシ、そしてボク。

 ミツキの手がまばゆく光ったから、術を使ったのだろう。魔素の凝縮はあまりにも早くて、香にはわからなかった。


 ほかは全員、テーブルに突っ伏すように体を伏せている。ごんっ!とか、がつんッ!とかは聞こえなかったから、頭は打ってないと思う。


 王太子も、ミツキも、香にとっては同じ穴の(むじな)

 有無を言わさず意識を奪い、自分の思うとおりに事を運ぼうとする。


 香はミツキとヤツシを睨みつけながら、両隣を横目で見る。二人とも腕を枕にするようにテーブルに突っ伏して、片手はぶらりと垂れ下がっていた。一見、ただ居眠りをしているような、そんな様子に今は大丈夫だろうと香は思う。


「巫女姫? そこの二人の命を刈り取りましょうか」


 にっこりと、花が咲くような笑顔の美中年に、香は鳥肌が立った。香が動かなければ、同じ笑顔のまま、あっさりと実行に移すのだろう。そんな姿が何の疑いもなく浮かび上がる。


 この目の前にいる、人型を持つものは何だろうか。


 少なくとも、香の理解できる言葉を喋っている。しかし理解できるからといって、意思の疎通ができるとは限らない。

 人の姿を持った、なにか得体の知れないものを前にしているようだ。香の背筋を汗と悪寒が伝っていく。魅入られたようにミツキから目が離せない。

 五感が研ぎ澄まされ、部屋の空気の揺らぎさえ感じ取れそうだった。轟々と流れるのは血液なのか、それとも魔素か……、激しく胸を叩くのは自分の心臓だろうか。


「どうしますか?」


 今度は、にたりと粘着質な笑みを浮かべながら香に再度問う。かたりと椅子をのけテーブルを回り込み、香に近付いて来る。

 一歩一歩恐怖を誘うように、今度は花のように笑いながら優雅に、舞うようにやって来る。


 香はがくがくと震えながらも目が離せず、ただミツキの動きを目で追った。動かなければ、なにかしなければ二人が……、


「ぼ、ボクは、姫……じゃない。巫女、姫って、な、に」



  〜・〜・〜



 部屋に響く人の声に意識が浮上し始める。何故自分は、テーブルに突っ伏しているのだろう?


 ギルベルは強張った体に眉を顰めながら、周囲を見渡す。前には王太子と師団長。横をみればユーリックと空の椅子……


 カッ! と、目を見開き、改めて室内を確認する。


 突っ伏しているのは王太子に師団長、そしてフォルハ。ユーリックとルマーニュは目覚めたばかりなのか、頭を振っている。


 いなくなっているのは、精霊族であるミツキとヤツシ。そして……香。


「ユーリ! 香は何処だ!」


「!!」


 ギルベルの声にユーリックも慌てて見渡す。その顔が驚愕に彩られるのに、時間はかからなかった。

 やっと目覚め始めた王太子と師団長も、香の不在に顔を青くする。


 体の具合を心配する周囲を振り切り、王太子は声を荒げた。


「ミツキ殿は何処だ! いつ部屋から出た!」


 扉脇に控えていた近衛が進み出てくる。


「殿下が部屋にお入りになったすぐ後です。殿下は師団長と話していらっしゃるので、しばらく人を近づけないようおっしゃっていたと、そう言われて帰られました」


「二人でか!」


「いえ、三人です。ミツキ殿とヤツシ殿。そして見知らぬ精霊族の子供が付き添っておりました」



 ドゴンッ!!



 近衛の言葉にギルベルは苛立ちを隠す事無く、渾身の力で拳をテーブルに叩きつけた。ピシリとヒビが走ったテーブルに見向きもせず、扉へ早足で進む。


「待てっ! ザント、何処へ行く? ただ闇雲に探しても見付からない、少し待て」


 師団長ネイスバルトの言葉に振り返り、イライラと席へ戻る。どさりと体を投げ出し、王太子と師団長を見据えた。その目は爛々とした肉食獣の目であり、二人を裁く断罪者のようでもある。腕と足を組み、前の二人を見据え、ピクリとも動かない。


「……、義兄上、私は式典に出席しなければなりません。その間、この者たちへの説明を頼みます」


 義兄である師団長ネイスバルトは思わず顔が引きつった。

 この状況でここに残されるのは、空腹の獅子の前に置き去りにされた野うさぎか、それとも羊だろうか。自分がそんな可愛い者でない事は承知の上だが……、他になんと例えればいい?

 素直に蛇に睨まれた蛙とするべきなのだろうか……。


 迷走するネイスバルトの返事を聞く事無く、ロイベルトは部屋を去った。


「……では、師団長、ご説明を願いします」


 厳かなユーリックの宣言で、ネイスバルトは逃げられない事を悟った。



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