76 何でそこまで警戒するの?
―― 香、……香、聞こえてる? ――
まどろみの中、香は聞き覚えのある声に耳を澄ます。
―― ……香、……もしかして、呼んでくれてた? ――
なんの事? この声は誰だっけ?
―― 私が答えなかったから香も答えてくれないの? ――
だぁれ? ボクを呼んでるの?
―― 香、やっと瘴気が晴れたの。……だからここまで意識を飛ばせるのよ。まだ実体化は出来ないけれど…… ――
瘴気? ボクもそれには悩まされる。ただでさえ役立たずなのに、もっと足手纏いになってしまう。
―― ……香! なにがあったの!? おしえて!! ――
え? 何があったっけ? 王都へ向けて旅をしていて、王都の直前で意識を失って、師匠さんに助けられたんだ。そして、王都のパレードを見たよ、ね? あれ?
――香! 誰に会ったの? まさか精霊族じゃないでしょうね!? ―-
え? 師匠さんは精霊族だよ? ヤツシ君もそうだと思う。
徐々に鮮明になる意識に、香は声の主がレイシェスだと思い出した。そして声に出す事無く会話を続ける。
―― あいつら、…… 早く逃げて! 精霊族に捕まったら有無も言わさず閉じ込められるから ――
なんで? 師匠さんは良くしてくれたよ? レイシェスは何が心配なの?
レイシェスと会話を続けながら、香はさっきまでの事を片隅で考える。
ルマーニュが術を使う直前、瘴気が濃くなり頭痛が始まった。そして彼の術で、香は眠りへと誘われた。まだ自分は寝ているのだろうか? だとしたらフォルハに迷惑をかけてしまった。
王妃様の馬車が過ぎるとき、香はルマーニュが術を使い始めるのに気付いた。魔素を凝縮しその色が変化していく。ボートネス副師団長に見せてもらった術の発動と同じだった。
横目でそれを確かめ自分の魔素を体に張り巡らせる。うまくいったと思ったとき、気の緩みと共に頭痛がひどくなって意識を失った。
そこまで思い出し、ならばルマーニュに拉致されたのだろうかと、不安がよぎる。
―― 香?! 聞いてる? 精霊族に気を許しちゃダメ、あいつらは巫女を使い潰すことしか考えてない。何ならギルベル・ザントやユーリック・アルバと共に逃げる事も考えなければ――
何でそこまで警戒するの? 訳を教えてもらえなきゃ、納得できない。師匠さんもヤツシ君もそんなに悪い人たちには見えなかったよ?!
―― 私は元精霊族なの! “精霊”は魔素の大きい魂と魔素溜りが出会って生まれるの。だから精霊族のやり方は身をもって知ってる!! だか…… ――
「えぇ〜〜!!」
あまりの衝撃告白に香は声をあげ、飛び起きた。あまりにも人間くさいと思ったら元精霊族。
じゃあ、幽霊と魔素の合体?! なんだかとても怖いものを想像してしまいそうで、香はぶるりと震えてしまった。
でも、ならば“精霊”のレイシェスは何歳なのだろう。もし“精霊”として何百年も生きていたのだとすれば、その間に精霊族のあり方も変わったかもしれない。
そのことを聞いてみようと香は再度、横になろうとする。
「……香?」
ギルベルの声に顔を上げれば、見慣れた三人がこちらを見ていた。衝立の向こう側にも人影が見える。そっと身を乗り出し覗いてみれば、見知らぬ一人を加えた団体様が香に注目していた。
「香、体に異常は無いか?」
差し出された手につかまりながら、ギルベルを見上げる。どうやら自分はフォルハだけではなく、ギルベルたちにも心配させてしまったらしい。
「多分、大丈夫、なんともない。それよりここは何処?」
「城だ」
簡潔な答えに、向こうに師団長さんもいたなと思い出す。その隣には初めての男性。あと、ルマーニュさんとヤツシ君。
どうしてこうなったのかの説明が欲しくて、フォルハを見上げる。ギルベルもだが、みな衝立の向こうに警戒の目を向けていた。
「香殿、目覚めたのか、できればこちらに出てきて欲しいのだが……、私が説明しよう」
ギルベルを見つめ香は頷いた。それを受け、彼は香をサッと抱き上げる。ギルベルが後の二人に合図を送ると、ユーリックとフォルハが先に出た。
「香殿が目覚めたのであれば、もう少し大きな部屋へ移動しようか」
ここでは全員が座れない、とロイベルトが先にたち部屋を出る。
案内されたのは先ほどと同じくらいの部屋だが、中央を大きな長方形のテーブルが陣取っていた。その奥側中央の席には先客がいる。医務長ヤツグリの師匠ミツキである。
一行は彼に促されるまま、席についた。
香の隣は当然のようにギルベルとユーリック。ギルベルの隣にフォルハが座る。
向かいにミツキとロイベルト、ネイスバルト。ロイベルトの後ろにルマーニュが立ち、ミツキの隣にはヤツシが座った。
「香殿、私はサクベル王国、王太子ロイベルトと言う。まずは城へようこそ」
王太子ロイベルトの言葉に、香は意表を突かれた。眠らせて連れてきたのに、ようこそはないだろう……。この王太子は正気なのだろうか?
「君が“精霊の子”である事は知っている。……では、君の持つ色彩に特別な意味がある事は知っているか?」
喋る男の隣には師団長ネイスバルトが座っている。香は王太子の言葉の翻訳をお願いできないだろうかと、ネイスバルトを見た。
「殿下、それでは要領を得ない。香くんが琥珀の意味を知っているとは思えない」
「義兄上の言葉に従い、説明するべきか……。少し長くなるが、この国の歴史だ。聞いて置いて損はなかろう」
「いえ、説明は里への道すがらさせていただきましょう。」
少し遠出となりますから、とミツキは宣言した。そしておもむろに立ち上がると、一気に術が発動する。
香はルマーニュのときに見えた魔素の凝縮に気付く事無く、ただ激流のごとく溢れだす術の光に反射的に目を瞑った。そして手探りで両隣の二人の手を握る。
いつもしっかりと握り返されるその手は、ただ人形のように垂れていた。




