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75 穏やかに眠るその表情に力が抜ける。

 王国西部にある都市アリ、赴任師団《大鷲》第3師団師団長、ネイスバルト・レイン。

 彼の祖父は二代前の王弟であった。王位継承権第五位、れっきとした王族に当たる。ネイスバルトの妹は王太子妃として王子と王女を儲けていた。


 式典パレード用の馬車を降り、城内を王太子ロイベルトと共に進む。

 ネイスバルトは日頃、もろもろを嫌がって城に近付く事はない。今回の式典への参加も何とかして逃げ出そうとしていたのだ。香の不調がなければ、王都に足を運ぶことはなかったと、彼は自信を持って言うことが出来た。


 王太子は今このとき、香も城にいるという。……どうやって招いたいうのか?

 だがこれで夜の式典を出奔し、王都を早々に発つことは出来なくなった。


 自分に謀は向いていない。そんなことはフリーブルに丸投げしている。だからこそ権謀術数渦巻く城から離れたというのに、この義弟はネイスバルトを引っ張り出した。何かにつけ妹の手紙で城へと呼びつけようとする。

 ネイスバルトは苦々しく眉を寄せ、目の前の男を睨みつけ……、


 コンコンッ!


 口を開こうとしたとき、侍従の先導でギルベルとユーリックが入室する。ネイスバルトのみが待つと思っていた二人は、王太子の姿に姿勢を正した。


 ギルベルは王太子に礼をとりネイスバルトの脇に控える。視線で状況を尋ねる事も忘れない。ユーリックもそれに続こうと、微妙に緊張した動きでギルベルの隣へと控えた。


「義兄上、そこの二人を紹介していただけませんか。義兄上がお連れになるのだから、さぞかし優秀な騎士なのでしょう」


「ありがたい言葉だが、殿下の近衛には及びません。それよりも、香くんは何処です?」


 ネイスバルトの言葉に、控える二人の気配が一気に険しくなる。自分達が仕える王家の次代に対して、不敬にあたるほどに尖らせた視線が王太子を貫いた。


「…………、では、彼のもとへ向かいましょう」


 王太子ロイベルトも幼少時から護身のための剣術は習ってきた。しかし王族とは守られることも仕事であって、じかに殺気を向けられる事など万に一つもない。

 彼は一流といっていい腕と魔素をもつ二人の視線に思わずたじろいだ自分を、これが殺気というものかと無理矢理奮い立たせ部屋を出た。


 途中ルマーニュとヤツシを加え、フォルハたちの待つ部屋へと向かう。

 人数が増えたところで、この面々では会話は生まれない。厳しい表情のネイスバルトと後ろにつく二人。

 ロイベルトの後ろにつくルマーニュは、何かを王太子に囁きながら歩を進めた。ヤツシはただ前を見て無表情について行く。それはどう見ても香と同年代の子供の表情ではない。精霊族ならば外見そのままの年齢ではないだろう。




 先導する侍従が扉を開け、鷹揚に頷きながらロイベルトが部屋に入った。


 そこは日頃、地方から来た貴族のための部屋として使われている場所だった。貴族本人のための寝台と、従者のための控え部屋。二間続きのその場所は、幼い頃ネイスバルトたちが探検した場所でもあった。


「師団長!」


 王太子に続くネイスバルトを目にしたフォルハが、駆け寄ろうとする。しかし香の傍を離れるを良しとしないのか、二の足を踏んだ。

 それを見たギルベルとユーリックは、ネイスバルトとロイベルトに目礼を取り、寝台へと駆け寄る。フォルハがベッドの傍を離れないという事は、そこに香がいるということ。途中簡易のベッドに寝かされた二人の師団員に目をやるが、眉をひそめるにとどめ香を見た。


 穏やかに眠るその表情に力が抜ける。


 しかし、睨みつけるようなフォルハの視線の先にはルマーニュがいた。それに気付けばギルベルとユーリック、そしてフォルハの三人は香をその背に守るように立つ。

 フォルハが何もいわずとも、その表情でルマーニュと何かがあったと解る。そしてそれが香とフォルハの意思を無視したことである事も……。


「義兄上の騎士はやはり素晴らしいですね、―――― 香殿に危害を加えるつもりは毛ほどもない。私の騎士が使った術は眠りを誘うもので、私もたまに利用している」


 香を守るように立っていた三人は、王太子の言葉にネイスバルトを伺う。


「たとえ主が王族ではないとしても、その心は賞賛に値する。名を名乗れ」


 王太子の王族としての言葉に再度師団長を見た。ネイスバルトは息を吐きながら諦めたように頷く。しかしその目は王太子の背からは離れない。衝立の向こうに眠るであろう香へと一歩を踏み出すのであれば、三人が動くより自分で止めようと身構えていた。


 三人がそれぞれ名乗れば、ロイベルトは満足したのかニッコリと笑った。

 香の事が無ければ、王太子に好印象をもたれるなどこれほど名誉な事はない。しかし、香に影響は無いといっているが、それはこの世界の人間に対してである。落ち人である香にどんな影響があるのかは、わかったものではない。


 今の状況が王太子の指示だとわかれば、三人に警戒を解く理由はなかった。


「殿下、彼らは我々に対して疑心暗鬼に囚われている。ミツキ殿もいるのでしょう? 一度全部話してしまわなければ、彼らの警戒は解けません」


「義兄上が話してくだされば面倒はないのですが、ミツキ殿では大事になってしまう」


 そうだろう、と王太子はヤツシを振り返った。


「なにかミツキ殿から指示されているのだろう? 里へ連れ帰る以外に何を指示された?」


 いえ、なにもと首を振るヤツシに、本当かと容赦なく王太子は詰め寄る。

 王族にとって、祖先の犯した精霊族への負債はいまだ拭われる事はない。それが香によって払拭されようというのだ。なんとしてでも手を貸し、威信にかけて香を納得させなければならない。


 そう思いつめた王太子の今回の暴挙である。


 師団長ネイスバルトと王太子ロイベルト。王族としての教育を受けた二人だが、決定的に違う事がある。

 ネイスバルトは外戚で、王位はよほどでなければまわって来ない。いっぽうロイベルトは現王の第一子であり、生まれたときから次代としての自覚を持つことを求められた。

 それは教育にも差が出ることとなる。王族として、最低限知らなければならない事柄を学ぶネイスバルト。次代を継ぐ直系のみに受け継がれる口伝を知らされるロイベルト。


 ロイベルトが知る全てをネイスバルトが知ったとしたら、香の登城を頑ななまでに阻んではいなかっただろうか?


 緊張の度合いが高まる中、ベッドで香が声を上げた。



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