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74 その意味するところは……、

 レストランの裏口に待ち構えていた馬車へ、フォルハは促されるまま香を抱え乗り込んだ。屈強な男に背負われたランバーとローダーが馬車の床に無造作に放り込まれる。

 どさりと響いた音に香が身じろぐが目覚める事はなかった。


 四人を乗せ一杯になった車内にルマーニュとヤツシが乗り込む。床に放り出された二人を踏まないように、香とフォルハの向かいに座った。

 なにか言いたげなヤツシと、毅然としたルマーニュ。

 フォルハは意識を澄まし、腕の中の香をギルベルかユーリックへと託すことに全力を尽くそうと前を睨みつける。


 ガタンッ


 彼の決意をあざ笑うかのように馬車は出発した。石畳の上をガラガラと馬車は進んでゆく。


 沈黙の中、フォルハの腕の中の香に、全員の意識が集中していた。


 少し不快げに眉を寄せきつく目を閉じた表情は、安らぎとは無縁で、何かに耐えるように全身に力が入っている。

 抱きしめる手がギルベルであればもうすこし安心できるのだろうかと、フォルハは思った。


 これから城へと赴き、自分は王太子殿下に拝謁するらしい。フォルハの人生では万に一つも接点がないであろう拝謁を、今はありがたがる事はできなかった。

 目の前の二人の目的は腕の中の香であり、フォルハではない。王太子の権限があれば、香を呼びつけることも可能なはずだった。それがこれほど乱暴な手段をとると言うことは、それだけの理由があるという事だ。



  〜・〜・〜



「師団長はそろそろお戻りだろうか?」


「ああ、俺達二人が付き添うことにならず、うれしい限りだが、ならば何故、呼ばれたと思う?」


 ユーリックが日の高さから呟けば、ギルベルが疑問を口にする。


 朝、城に着き、部屋へ通された後はほぼ放置されていることに不信感が募る。ネイスバルトは香から二人を離す事を嫌がっていた。それが、なんの音沙汰もなく待っているだけと言うのは腑に落ちない。

 二人はすっきりとしない感情をもてあまし気味に、ネイスバルトの帰りを待っていた。


 程なく、遠くでざわめきが大きくなる。パレードの馬車が戻ったのだろう。近付く足音に二人は扉を注視する。現れた侍従の案内で部屋を移った。



  〜・〜・〜



「義兄上、香殿を城へとお招きいたしました。義兄上の懸念はもっともですが、それ以上に精霊族の渇望が大きいのです。王国史を学んだからこそ、お解かりでしょう?」


「しかし、香くんに危険が及ばないとは限らん! 何度も言ったはずだ。あの子は“精霊の子”だと!!」


「それでも! 私には国と民に対して王太子としての責務があります。おいそれと義兄上の言葉には従えません」


「だからこそだ! あの子の瞳は琥珀ではない!!」


「いいえ、何らかの力により、瞳の色は変わってしまったのでしょう。それを覚えていない事こそが、彼が力を受け継ぐ者だという証拠です」


 彼は王太子の言葉の大義を認めてしまっている。だからこそ、それ以上の反論は口を出ることはなかった。しかし車窓から近付く王城への視線は、厳しさを増していった。



  〜・〜・〜



 フォルハたちを乗せた馬車は、ひっそりと城の裏門へと到着した。促されるままに香を抱いて下車すれば、馬車の周りは近衛兵で囲われている。フォルハは眉をひそめ腕に力を込める。

 そして先に下りたルマーニュをみた。彼の隣に立つヤツシも当然のごとく、すましたままフォルハと香が通り過ぎるのを待っている。

 そんな二人の様子に、フォルハは抵抗は無意味だと従順に歩を進めた。ただ、香だけは無事に解放されることを願って……。


 通された部屋は落ち着いた色調だが、わかる者には最高級の調度品と家具の詰まった部屋だった。応接のセットと文机。衝立の奥にはベッドも見える。フォルハに続いて入ってきた侍従は簡易のベットを運び込み、その上にランバーとローダーを寝かせた。

 それを見てどうやら虐げられるわけではないらしいと、一時、緊張を解くフォルハだった。


 大きな天蓋つきのベッドに香を寝かせ、フォルハは息をつく。

 師団長ネイスバルトの指示の元、香と共に街へと繰り出した。近衛部隊の第1師団《龍》より使わされたルマーニュと共に街を回る。そしてパレードに気を取られ注意を怠ったとき、何らかの術が行われたのだろう。

 フォルハは、まさか王城からの近衛が香に危害を加えるとは思いもよらず、遅れをとった。フォルハの意識も奪えれば多分、香だけを城へ連れて来たのだろう。用意された部屋は広くはあるが一人部屋だった。



 ネイスバルトまでが、香に危害を加える事を容認したのか?

 どこかで近衛をすり替え、今回の事態はネイスバルトの知らぬうちに起こったのか?

 ネイスバルトと共に城へ向かった二人は、何処まで知っているのか?



 徐々に疑心暗鬼に囚われそうになる己を叱咤しながら、香の寝顔に気持ちを引き締める。

 今、この子供を守れるのは自分ひとりである。まして、ただの子供ではなく“精霊の子”でもある。


 その意味するところは……、


 扱いを間違えれば、王国が滅びるかもしれないという事。


 馬車では強張っていた顔もほぐれ、安らかな寝顔を見せる香。

 その周辺だけが騒がしく、香を巡って何かが動こうとしている。



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