73 その雰囲気はどっしりと構えた文字通りの大黒柱だ。
ルマーニュの懇意にしている店とは、大通りに面した高級感溢れるレストランだった。どちらかといえば贅沢品に分類されるガラスをふんだんに使った店は、王都でも一二を争う老舗のレストランだ。
一階席はさすがに満員である。ルマーニュは心配げに見上げた香の頭にポスリと手を置き、店員に確認を取る。
「ルマーニュ様ですね。二階席にご案内します。窓際の席をご用意しておりますが、他にご要望はございますか?」
「いや、案内を頼む」
かしこまりましたと言う店員に続き、閉鎖されていた階段を上って行く。着いた場所は大きな窓が特徴的な、二十ほどのテーブル席が並ぶ二階席だった。
大通りが見下ろせる窓側は子ども二人に進呈され、大人たちはそれぞれ適当に座って行く。
香の隣にフォルハ、ヤツシの隣にルマーニュ、隣のテーブル席にランバーとローダーが座った。
「ここはパレードを見るためなら、特等席といって良いほどだろう」
すぐ下を通り過ぎるから、なかなか見ごたえがあるぞと言うルマーニュに、ありがとうと返す香。しかし、王族を上から見下ろしていいんだろうかと不安に思ってしまう。
パレードは国王と王太子、それぞれの后、そして王位継承権をもつ外戚と続く。王太子の子供たちは幼いため今回のパレードには参加しないらしい。
全部で六台の馬車に一人づつ乗り込み、間に楽隊をはさみながら連なって進んで行く。
王城を出発し、貴族街を抜け、旧市街を回って城へと帰る。さすがにパレードが壁を越える事はないらしい。そのかわり旧市街への立ち入りは結構自由で、この時ばかりは人口が一気に膨れ上がる。警備は厳重に為されていて、守備隊や騎士はほぼ全員が借り出されているということだった。
そんな事を話していると遠くから歓声が上がった。思わずみなが窓に張り付く。
一番先頭の楽隊が真下を通り過ぎ、国王の馬車が近づいていた。沿道の人たちが手を振る中、にこやかに左右を見ながら手を振っている。金の王冠と赤いマントが特徴的な初老の男性。その雰囲気はどっしりと構えた一国を支える大黒柱だ。
二人の騎士を従えたその姿は堂々としていて、周りの熱狂から慕われている事も解る。香は額をガラスにくっつけるようにして、食い入るように見ていた。
王の馬車が一番近付いた時、不意にこちらを見上げたような気がする。一瞬すぎて気のせいかと思ってしまった。でも、沿道の人たちもつられて見上げてきていたから、王はこちらを見上げたのだろう。
王の馬車がすぎ、楽隊の向こうに王妃の乗った馬車が見えてくる。王と同じ緋色のマントと、小さめの王冠が日の光にキラリと光った。
その反射に目を細めたとき、香はツキンとこめかみに痛みを感じ眉を寄せる。ツキンツキンと大きくなる痛みに顔を歪ませるが、窓を向いているためフォルハたちは気付かない。香も気付いて欲しくないから、震えそうな肩に力を込め、いっそう身を乗り出してパレードに見入るふりをする。
ツキン……、ツキン……、ズキン、……ズ、キン。
王妃の馬車が通り過ぎ、三番目の楽隊が真下を通る時、香は痛みに耐え切れず、窓辺にくずおれた。
とっさの事に香の体がテーブルにぶつかる事だけは回避したフォルハは、覗き込んだ香の顔の白さに鼓動が跳ねる。
「香くん! どうした、何処が悪い……ん…だ……」
香を抱えながら周りをみれば、ランバーとローダーはすでに意識がなく、テーブルに突っ伏している。前に座っているルマーニュとヤツシは、意外そうな顔でフォルハを見ていた。
「意外としぶといですね、騎士見習いでもないあなたが抗えるとは思いませんでした。……ヤツシ殿、二人を引き剥がす事は上策ではないでしょう。一緒に城までご同行願いましょう」
よろしいですねと、隣のヤツシに確認するルマーニュ。その顔には感情はうかがえない。香に向けて優しげに微笑んでいたルマーニュと、二人を見下ろす彼は同一人物には思えない。今はただ、冷徹に任務を遂行する意思だけが読み取れた。
「な、ぜ……?」
強張る体に抗いながら、フォルハはルマーニュに問いかける。腕の中の香を、二度と危険な目にあわせるわけには行かない。自分の未熟で傷ついた香を二度と同じめにあわせる訳にはいかない。
サヌエル・プレスの事件以降、ボートネスに請い、フォルハは魔素の扱いを学んだ。
魔素の引き出しは、十代が基本で二十歳を過ぎればまず行われない。そこを頼み込み二十二歳にして魔素の引き出しに挑んだ。
師団が置かれ二百五十年、初めてのことである。王国初と言ってもいいかもしれない。
年齢が上がれば引き出すときの抵抗も増す。其れをものともせず引き出せる術者の存在と、倍増される違和感に耐える被術者の存在が必須だった。
フォルハはいま、香を胸に抱きルマーニュとヤツシを見上げることが出来る。それは、フォルハが魔素の引き出される時の不快感に打ち勝ち、魔素の扱いの基礎を終えた事を物語っていた。
現に魔素の扱えない二人は突っ伏したままピクリともしない。
「その問いには、王太子殿下がお答えになるでしょう。術に抵抗しないでいただければ、こちらはありがたいのですが……」
そうもいきませんねと、フォルハの顔を見ながら呟く。
「ルマーニュ様、裏に馬車が到着してります。いかが致しますか?」
案内した女性店員とは違う男性が伺いを立てる。それに鷹揚に頷き昏倒する二人の手当てを頼む。そして香とフォルハに目をやり、少し思案した。
「この二人は連れて行く。後の二人はレイン公爵の屋敷へ……、いや、手当てはいい。全員、一度城へ向かおう。みなをここへ」
ルマーニュの言葉にかしこまりましたと頭を下げる。それを見送り、体の自由が利かないであろうフォルハに手を差し伸べる。
「あなたも香くんと共に城へきていただきます。一人で歩けますか?」
強張る体と腕の中の香。
いま、訳もわからず香を二人に託す選択はフォルハにはなかった。ルマーニュの手を拒絶し、香を胸に気力を奮い立たせ立ち上がる。
震える足を叱咤し、力が抜けそうな腕に気力で力を込める。小さな香の体を抱きとめ、おぼつかない足取りで一歩一歩足を踏み出していく。
フォルハは差し伸べられる手を無視して階段を降り、胸に香を抱きしめる。パレードに注目している客をよそに裏口へとまわった。
そこには質素な外見の馬車が一台、御者と共に佇んでいた。




