72 意味は、健やかなる成長
貴族街を抜け旧市街で馬車を降りた一行は、香とヤツシを囲みながら露店の並ぶ大通りを進んで行く。
香は興味深げに見渡しながら、歩いていた。しかし目を奪われる物があっても足を止める事はない。これが気心の知れたフォルハ達とだけであれば、あちこち飛び跳ねながら歩き回った事だろう。しかし初対面のルマーニュや一度会ったきりのヤツシ、二人の存在が香を留めていた。
「香くん、気になるものがあれば足を止めて好きにしていいんだよ」
ユーリックとはまた違う優しい笑顔でルマーニュは言う。それに愛想笑いを返しながら香は隣のヤツシを伺う。彼は目を煌めかせてはいるが、それを必死に隠そうとしているようだった。香からみれば中学生くらいの男の子。それがヤツシである。
師匠さんが精霊族であれば彼もそうなのかなと、なんとなく考える。レイシェスの忠告は思い出しても、元が日本人の香は人を疑いの目で見る事に慣れていない。自分の体調を直してくれた師匠さん、その後ろに控えていたヤツシくん。香の認識はその程度だった。
一緒に行動しても騎士さんも居るし、師団員達もいる。周りは綺麗に飾り付けられ、色取り取りの布がはためいていた。簡易の屋台からはおいしそうな匂いが漂い、野太い声や可愛い声が客引きをしている。そんな中、警戒心は徐々に薄れ、ルマーニュの笑みに誘われ、香は笑顔を振りまきはじめた。
「ふぉるは、あれはなに?」
「ん? ああ、パレードのとき皆何かしらの花を身に付けるらしい。何でも色によって意味が違うらいしいが俺はあんまり知らないんだ」
荷車いっぱいの花の山に香は目を見張る。よくみれば一台ではなく、遠くに見える色の塊は花を摘んだ台車らしい。道行く人たちの胸や髪に飾られた色取り取りの花に香は目をやる。
「花の種類じゃなくって色なの? いくつも飾っている人もいる」
「今回の式典は、毎年開かれる初夏の花祭りと同時開催だからね、花は種類と色で恋人募集だったり健康や幸せを願ってたり、いろいろかな」
香の言葉にルマーニュが答える。ほらおいで、と香を花の屋台に引っ張って行く。
「おや、いらっしゃい。可愛らしいお客さんだ。うちの花を飾っとくんな。さあ! 何色がご希望だい?」
屋台には淡い色から濃い色、赤やピンク、青に緑、濃紺や深紅まで種類別だけではなく色別にも分けられていた。圧倒的な花の香りとその量に、香はまた目と口がまん丸になっていた。
「お嬢ちゃんには、濃い色は早いから淡いブルーなんてどうだい? 意味は、健やかなる成長」
言葉と共に店主は香へとバラの形に似た空色の花を差し出す。坊ちゃんにはこっちかな、といって差し出されたのは綺麗なオレンジのチューリップだった。ヤツシに手渡しながらこそりと何かを呟いて、香を見る。
「なっ! ちがう! かん違いするな!!」
顔を赤くしながら抗議するヤツシに、店主は照れるな照れるなと頭をポスポスしながら胸元に花を飾ってしまう。薄茶の上着の胸元にオレンジのチューリップが揺らめいていた。フォルハたちから、色男とか似合ってるねえ、なんて声をかけられムッとした顔を向ける。
「で、なんて意味なの?」
香が聞けば、みんなして笑いながら香くんは知らなくていいよと、誤魔化してしまう。主に暖色は精神、寒色は身体に関する事だとは教えてもらえた。
年少組二人のむすっとした顔を横に、大人四人の胸にもそれぞれ花が飾られる。色の濃淡はあるが全て寒系色の花だった。
香はターバンに花を飾り、フォルハを見上げる。親指をぐっと出すことで似合ってるぞと合図をくれた。
「昼を過ぎるとパレードが始まるから今のうちに昼飯にしよう」
フォルハの提案に賛成し、食べ物を物色し始める。香ばしいタレの焦げる匂いや、肉汁の焦げるにおい。みずみずしいカットフルーツもある。大抵は歩き食べができるように串に刺されていたり。パンに挟まれていたりする。そんな中、焼いたお肉を挟んだパンを皆で頬張った。
「毎度あり、熱いから気をつけろ、ヤケドすんじゃねえぞ」
網で焼き上げられたばかりの肉を挟み手渡される。香の手に余る大きなパンに、はみ出る肉。うまく持たないと溢れる肉汁で手をヤケドしてしまいそうだった。カプリと食いつけば香の口にも余ってしまい、パンには届かない。かわりに程よい弾力の肉が口の中で汁を溢れさせる。鶏肉に似た味わいにすっぱ辛いタレが絡み、エキゾチックな味わいだった。
ようやく半分まで来た頃、香が周りを見渡せば食べているのはすでに一人だけで……。慌てて大口を開けて詰め込めば、ハムスターの様に頬が膨らんで収拾が付かなくなってしまった。
「ほら、慌てなくていいから食え」
フォルハにコップを渡され流し込みながら食べて行く。
「……っくん、もしまだ食べるんなら、見てきていいよ。ボクはここで食べてる。結構大きいからボクはこれでお腹いっぱい」
それじゃあと、ランバーとローダーがヤツシを連れて、屋台へと戻って行く。
香を真ん中にフォルハとルマーニュ、背をピシッと伸ばし路地の入り口をうかがう姿はさすがにかっこいい。
ルマーニュのあまり派手ではない私服に剣を携えた姿は、その雰囲気でお忍びの貴公子としか思えなくなっている。フォルハもあたりを警戒するその顔が真剣でいつもとのギャップに目を見張る。
素直に感動しながら二人を見ていれば、少し困ったようなフォルハに早く食べろと無言で訴えられてしまった。
香がようやく食べ終わる頃、ヤツシを先頭に三人が戻ってきた。手には大量の串に刺さったフルーツとお肉。うわぁ、と思いながら香は黄色い果肉の果物に目が行った。
「香くん、これ好きだったよね。宿でもよく食べてたし」
ランバーにはいっと渡された果物は今が旬らしく、宿ごとに振舞われたものだった。
少し固めの果肉と甘酸っぱい果汁が溢れる香のお気に入りだ。デザートは別腹と受け取ったフルーツにパクついた。果汁をこぼさないようにジュルジュルとすすりながら食べてく。香は行儀が悪いと思いながらも、口内の脂っこさを払拭する甘酸っぱい果汁をめいっぱい堪能した。
「じゃあ、おなかも満足したしパレードを見に行くかい?」
ルマーニュに従い、一行は彼の懇意にしている店へと向かった。




