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71 「《獅子》ですか?」

 香が師団長と顔をあわせるのは、夕食の時だけだ。日を重ねるにつれ香は、師団長の顔が険しくなっていっているように思えた。相変わらず笑顔で香に接してはいるが、まとう空気がとげとげしい気がする。

 ギルベルとユーリックも香に隠し事がありそうだった。


 それらに気付いたのは、香にも隠し事後が出来てしまったせい。屋敷で落ち着いた一日を過ごすうちに、レイシェスとのやり取りを思い出したのだ。



――ん、ともかく、香の瞳は変えようね。私が変えるから。それから、私のこと忘れないでよ! 呼んでよね、用事なんてなくてもいいんだから! ……あと、……精霊族には気をつけて――



 レイシェスと初めて会った夢の中。彼女からの警告はどんな意味があるのだろう。自分の瞳の色がどうしたというのか。精霊族とは師匠さんのことだよね……。


 気を付けろといわれた精霊族にはもう会ってしまった。精霊族の何に気をつけるのかもわからない。やっぱり胸に残るのは、彼女にとても大事に思われているということ。なにか恐い発言もあったけど、それは考えないことにする。

 レイシェスとのやり取りを思い出したはいいが、疑問ばかりが増えていく。今わかっている事を二人には話すべきなのだろう。でも香が眠った後、静かに部屋を出る事のある二人にこれ以上の負担はかけたくない。


 一度だけそっと後を追ってみれば、その先には師団長さんが居て、何かを話し込んでいた。内容は聞き取れなかったが、翌朝の二人の様子を注意してみれば緊張が伺える。ただの報告ではなく、なにかが起こっているのだろう。

 それが香に係わることなのかどうかは知らないが、なんとなくレイシェスのことは告げられなかった。



  〜・〜・〜



「明日の登城にはザントとアルバ、二人を伴って行く。準備をしておくように。香くんはヤツシと共に王都見学だ。護衛は城から騎士が派遣される」


 いよいよ明日が式典当日となる夕食の後、苦虫を噛み潰したような顔で、師団長は言った。

 ギルベルとユーリックは師団長を見据えている。その視線を真っ向から見返す師団長は、もう何も言う事はないとばかりに口をつぐんでいた。


「《獅子》ですか?」


「いや《龍》だ」


 ギルベルの問いにネイスバルトは簡潔に答える。


 実力はあるが実績、家格がなくても大丈夫な、王都警備が主の第2師団《獅子》。家格、実力、実績共に秀でなければならない最強部隊、王城・王族警護近衛部隊の第1師団《龍》。その最強部隊から香の護衛が来る。


 ギルベルとユーリック、二人合わせれば解らないが、一対一であれば確実に《龍》の騎士が勝つ。剣の腕だけであればギルベルにも勝機はあるのだが、術を使われれば遅れを取るだろう。魔素と術だけであればユーリックもいい勝負となるだろう。しかし剣と術、二つともであれば《龍》の騎士には敵わない。それに思い至り二人の保護者は口をつぐむ。


 不満を押さえ込み、眉間に皺を寄せながらも黙り込む二人に、香は王都見物に不安が募る。二人の代わりに誰かが派遣されるのだという事はわかるのだが、《獅子》や《龍》がどんな立場なのか、香には誰も説明してはくれない。

 皆が解っている事を前提に話されれば、香は一人疎外感をあじわう。自分はまだ何にもわからない。知ろうとした時には、トラブルで有耶無耶になってしまった。


 今、皆に聞けば優しく説明してもらえるだろう。だが、この場の空気はそんな質問を受け付けてはくれそうにない。

 自分から動く事をせず、与えられる事を待っている自分がただ恥ずかしいと思う。でも一歩を踏み出す勇気がない。ユーリックが優しく問いかけてくれなければ、話すことが出来ない。そんな自分が、香は、イヤだった。


 悶々と自己嫌悪に浸っていた香は、周りに促されるまま部屋へと戻り、ベッドへ入る。なにか言いたげな二人の視線は、話しかけて来ないからと振り切ってしまった。話しかけて欲しいと思い、話しかけてくれないと項垂れる。

 なんとも厄介な自分の感情に、やっぱり精神も子どもから脱してないんだと思う香だった。



  〜・〜・〜



 翌日二の鐘が鳴った後、王城からの迎えの馬車と共にルマーニュという《龍》の騎士とヤツシが連れ立ってやってきた。入れ替わりのようにネイスバルトとギルベル、ユーリックが乗り込む。三人を乗せた馬車はすべるように屋敷を後にした。


 残された香たちは連れ立って街に繰り出す。街人たちは式典当日と言うこともあり、浮き足立ちながらも午後のパレードを心待ちにしている。その空気に思わず頬を緩めながら香はルマーニュの後に続いた。


 香とヤツシは騎士と師団員に囲まれ街を進んで行く。香の斜め前にルマーニュ、ヤツシの前にフォルハ、ランバーとローダーは後ろに付いていた。出発のとき香はフォルハの傍に居たのだが、いつの間にか今の隊形になっていた。ヤツシの向こうに見えるフォルハは、時折り振り返り香をみる。大丈夫と聞くようなその顔にニッコリと返す香だった。


 貴族街の一番奥にある屋敷から旧市街へと行くには、徒歩では時間がかかりすぎる。なので城に併設されている治療所や図書館、治安部隊本部などと壁の外を結ぶ乗合馬車へと乗り込んだ。

 式典などがあるときは騎馬や馬車の通行がある程度制限されるため、この時ばかりは貴族や富裕層も利用するらしい。十人ほどが乗れそうな広い車内を、ほぼ貸しきり状態で香達は旧市街を目指した。



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