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70 十九歳ならユーリックと同い年。

 ざわりと肌をなぶられる不快感の中、ボートネスはセイリックの案内で“精霊の湖”を目指していた。セイリックはアリの砦で一泊した後、ボートネスと共に馬でボーロックに駆け戻った。村長の家で体調を整え、翌朝早く湖へと向かっているのだ。


 下草をのけ、踏み均された細道を行く。時折り虫の羽音や獣の鳴き声が聞こえる中、二人並んで足を運ぶ。

 セイリックは以前案内した教団司祭クングを思い出し、共に歩くボートネスまで(はぐ)れないだろうかとちらちら隣を気にかける。ボートネスは最近訓練をさぼりぎみではあるが、そこまで心配されるほど足下が危なっかしく思えるのだろうかと少し不満に思った。


「なにか気になることでも?」


 思わず問いかければ、セイリックは慌てた様子で何でもありませんと首を振る。しかしポツリポツリとクングのことを話し始めた。ボートネスは教団が湖へ接触をはかり、しかし行き着くことが出来なかったと報告は受けていた。だが、その場で接した者の話は貴重である。クングや村の様子、逸れたときの様子など詳しく聞き取っていく。


 そして話のついでに、ユーリックの村での様子も聞いてみた。


 休暇を利用し帰省した弟が“精霊の湖”の結界を解く。その前後の様子などを聞きながら、香のことは知られていないと確信を持った。しかし、二人がペイデルを出るときに大きな荷物を持っていたことは、そこそこ知られているらしい。その荷物と香を結びつける者がいれば、香が“精霊の子”である事は容易に思いつくだろう。


「もうすぐです。そろそろ湖面が見えてきます」


 隣を行くセイリックがボートネスに注意を促す。なるほど、木々の隙間に煌めく湖面が見え始めた。光を反射して輝く湖面はそれだけで幻想的なのだが、ボートネスはあまりの瘴気の濃さに平静を保つ事が精一杯だった。



  〜・〜・〜



 昼食後、香は部屋に戻りさっき言われたことを思い出していた。


 明日からユーリックは師団長について城へ行くから、ギルベルと屋敷に残るのだろう。屋敷は広いし、自由に歩き回っていいよと言ってくれたから、当面退屈はしないと思う。でも使用人さんたちは、うろちょろしてたら邪魔だろう。


 ぽすっ!


「むずかしい事は考えない事。明日はギルさんと屋敷探検しなさい。報告待ってるからね」


 頭に手を置き、ユーリックが笑う。ここに皺が寄っていましたよと、香の眉間をグリグリした。


「師団長の城への従者は騎士の資格がなければならん。ユーリか俺かであれば、ユーリが妥当だろう」


 ギルベルの説明は解るようでわからない。何が妥当なのだなろう?


「ギルさんが動けば副官である僕も一緒になるからね、香くんの傍にはランバーとローダーしか居なくなる。もちろん屋敷の警備兵も居るけど、香くんを守ることが第一じゃないからね」


 あの二人は師団員だけど、騎士じゃないって言ってた。補足説明でやっと納得がいった香は、ユーリックへと手を伸ばしかけ、ためらった。


 自分の年齢が知られここに着くまで何泊も一緒に過ごしたが、リラックスした状態で二人と向き合う事はなかった。宿に着けば最悪の気分の中、舞を舞い、食事を終え体を清めた後倒れるように眠り込むことが続いていた。馬車の中で思ったいろいろな事も、宿に着いたら自分の事で精一杯になっていたのだ。

 食事を終え、お腹は満足し、不快感のない部屋で三人。香はふと馬車の中で思っていたことが浮かび上がってきた。


 十九歳ならユーリックと同い年。


 今までの態度は、庇護を得るための演技だと思われていたら? 


 とっくに独り立ちしている年齢の香にあきれていたら?


 二人の態度をみれば、そんな事は絶対にないはずなのに、不安な気持ちが押し寄せてくる。香は目をさまよわせ、手をにぎにぎしてしまった。


 そんな香を見て、二人は声を上げて笑い出してしまった。一生懸命に堪えようと肩を震わせ身を捻る。それでも堪えきれずにぐふっとか、ごほっとか言うのがギルベルで、ユーリックはくっくっくっと片目をつむってお腹を抑えながら笑ってた。


「何の心配をしてるのかな? さっさと白状してしまいなさい」


 ニッコリ笑顔がちょっと恐くなったユーリックが、香を覗きこみながら両手で頬を挟んで言った。そのままムニムニするのは止めていただきたい、と思いながら恨めしげに見上げる。


「不安に思うことや、イヤな事、香くんの気持ちは言って貰わなきゃ解らないんだよ?!」


「――――ホントは十九でも? 呆れない? きらわない?」


 ぽそりと呟いた言葉は、ぎりぎり二人の耳に届いた。何だそんな事かと、二人は少し困った笑顔で顔を見合わせる。この香の後ろ向きな性格はなんとか直さなければ、なんて同時に思っていたかもしれない。


「香、俺達はお前がお前である限り、傍に居るし、おれは……」


 言いよどむギルベルを首をかしげて香がみる。ギルベルはその視線を避けるかのように顔を手で覆い、体ごと向きを変えた。そんなギルベルに、しょうがないですねとユーリックが呟き、一気に香を抱き上げる。


「ひゃ!!」


 ぎゅーんと上昇する体に、香の全身が凍りつく。その体を優しく胸に抱きとめ、香の耳元でユーリックは囁く。


「ギルさんは照れてるんだ。そっとしとこうね」


 こそりと告げられた言葉はギルベルの事とは思えなくて、香はまじまじと大きな姿を見てしまった。そしてユーリックの息がかかった耳が熱く感じたのは、多分、気のせいだ。



  〜・〜・〜



 翌日、師団長はユーリックを伴い、いかにも貴族様と言うような、香の目には装飾過剰にしか見えない馬車で出発していった。

 香は屋敷の中や庭をギルベルと共に、侍従に案内されながら回っていく。落ち着いた色調の中に青や赤が配色された通路は上品で、いかにも香には場違いに思えた。

 広い敷地内には温室もあり、色取り取りの花が咲き乱れている。庭に出れば公園でしょうと思うほど広く、緑の木々と低木、花を付けた垣根のコントラストに目を奪われる。師団長さんが自信ありげにゆっくり回れというはずだ。いろんな観光名所が一度に楽しめているような、そんな高揚感が香を包み込む。

 ウキウキワクワク、笑顔全開の香が近付けば使用人たちも思わず頬が緩む。


 そんな楽しい一日を過ごし、香は夕食で師団長にお礼を言った。今朝と変わりなく、師団長はそれは良かったと笑顔で返した。



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