69 「心配掛けてごめんね」
城に程近い場所の屋敷に招きいれられた香は、居並ぶ使用人たちに圧倒されながらロビーへと足を踏み入れた。
カツカツと響くネイスバルトの足音に続き、コツリコツリと香が続く。後の四人の足音はほとんど聞こえない。さすが騎士と師団員と言うことなのだろうか。
磨き抜かれた床を顔が映るだろうか、なんて思いながらかがみ込んで見てしまう。寄せ木で模様が描かれ、小さなパーツが大きな図案の一部となり、ロビー全体に巨大な一枚の模様を作り上げている。
思わずおぉーと声がでて口が開いたまま上を見上げれば、これまたわぁーと声が上がる。
吹き抜けの天井からシャンデリアが下がり、窓からの光を受けキラキラとあたりに光を反射していた。
香は、あまりの光景に立ち尽くしてしまう。ふと我に返れば、皆の微笑ましげな注目を浴びている事に気付き、真っ赤になってギルベルの後ろに隠れてしまった。香のその目は、いまだ光の乱舞を見ていたが……。
その様子にククッと笑いながら、昼食までゆっくりしろと言い置いて、ネイスバルトは奥へと入っていった。残された者たちは、侍従に案内され部屋へと通される。香が執事とメイドだと思った使用人達は、侍従と侍女らしい。
何もいわずとも香と、ギルベル、ユーリックは三人一緒の部屋へと通された。事前に師団長さんが知らせておいてくれたんだと、香はニッコリしながら部屋を探検する。いくつもある扉を開いていけば二つは寝室、後はトイレとクローゼット。何気に豪華な続き部屋仕様に、香は二人を振り返る。
「一人と二人。香はどっちがいい?」
二つの寝室それぞれに二つのベッド。一人で寝るか、二人でかっていうことらしい。
「それより早めに舞いましょう。また倒れたら大変ですし」
ユーリックの言葉にギルベルはその方がいいと香を促す。香は宿の部屋と違って、広い部屋の真ん中へと立たされた。二人は通路への扉以外を全て開け放っていく。扉一枚で、香の舞の有効範囲が大きく変わることはこれまでで経験済みだった。
部屋の真ん中で二人の注目を浴び、その笑顔に促され、香はゆったりと手足を伸ばす。レイシェスの姿を思い出しながら瞳を閉じ、手足の先に集中する。ふわりふうわりと舞っていく。床をそーっとすべるように足を進め、手は綺麗な弧を宙に描く。クルリと回転しながら体が傾き、短い服の裾がひらりと翻った。
香の舞いに見入りるユーリックの隣から舌打が聞こえた。どうかしましたか、と言う顔に、ギルベルはターバンとだけ答えた。ああ、と合点が行ったユーリックは、次からは気をつけましょうねと笑う。
宿と違って、ここならターバンを解いてから舞っても良かったのだ。使用人たちは主家の客の事を言いふらしたりはしないだろう。
小さな香が“精霊”と共に舞ったとき、ふわりと広がる髪が見事だった。香は宿では用心のために、寝るときも小さな布を頭に巻いていたのだ。だから香の舞う銀をみたのは初めだけ。せっかくネイスバルトの屋敷に着いたのに、銀髪が舞う様を一回見落としてしまったことになる。
希望を言えば一番シャンデリアが輝く時間帯に、玄関ロビーで舞をみたいと思う。乱舞する光の中、香の髪はどれほど光をはらむのだろうか。
ふわりふわりと舞い踊り、時と共に部屋の空気が澄んでいく。魔素が徐々に高まり、最後の一指しでキンッと空気が張り詰める。一段と高まった魔素の中、その心地良さに三人は酔いしれた。
肩の力が抜け、ほぉーっと息を吐く。
三人同時に顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。ギルベルが香の頭をなでれば、ユーリックは抱き上げ頬にキスをする。香はクスクス笑いながら身を捻り腕を逃れ、ユーリックとギルベルの手を取りクルリとまわった。
「心配掛けてごめんね」
少し上目遣いにお愛想笑いで香は告げる。
意識を失った後のことは香にはわからない。ただ、馬車の中から師匠さんの前へ、瞬間移動した感じだった。目覚めた後は不快感もなく、気分も悪くなってはこない。時間がたてば解らないが、ここ数日の中で一番体調はいいだろう。さすが師匠さんと香は思う。
そんな事を二人に報告すれば、良かったなと笑って頭に手が置かれる。香としては年齢を知ったのだから子ども扱いを控えていただきたいと、切実に思った。
「む〜っ」
思わず唸ってしまい、これでは子どもじゃないかとほっぺも膨らむ。ユーリックに見付かれば、ぷにっと頬を突かれて、ぷす〜っと空気が漏れてしまった。
ニヤニヤと笑うギルベルに思わず足を出した香は、ガシッと脛に蹴りを放った。
ぎっと一瞬香を睨んだギルベルだが、うわっと走り去る香に毒気を抜かれ、鬼ごっこよろしくおどけながら香を追いかける。それは間違ってもアリの女性達に見せられるものではない。さてこれはギルベルの弱みを見つけたことになるのだろうかと、ユーリックはニヤニヤと考えていた。
〜・〜・〜
「明日から登城時にアルバを伴いたいのだが、香くんはザントと屋敷で過ごすかい?」
昼食をおいしくいただき、香はアイスを堪能していた。口に広がる上品な甘さに目を細めていると、ネイスバルトは香に確認を取る。香は美味しいものを食べている時に難しい話は止めてほしいのだが、師団長さんも忙しいんだろうなと眉を下げた。
「出来ればずっと屋敷の中よりは、街も見てみたいです」
「準備中の今より、式典当日のほうがにぎやかで楽しいと思うが、警備の都合もあるからな……」
「ぎうべるだけじゃダメなんですか?」
「用心に越した事はない。人が多ければ不埒な輩も増える。羽目を外す者も多くなることは間違いない」
師団長の言葉に香はそれもそうかと思ったが、さっき見た楽しげな街並みが香を誘惑する。記憶を順にたどり、師匠さんの家での事を思い出した。
「ヤツシ?くんはどうするんですか?」
「あぁ、しかと返事をしたわけではないから、こちらから誘わなければ共になることはないよ」
ネイスバルトは、出来れば有耶無耶のままに流してしまいたかった。警備対象が増えることになるし、医務長の師匠とはいえ部外者に多くの情報を与えたくはない。だが、すでに借りを作っている事になるのだから、ヤツシを連れ出すことは借りを返すことにもなる。
しかし、なぜかネイスバルトのカンは香とヤツシを一緒にする事をヤバイと感じていた。




