67 「香、少し中に入っていろ。目立ちすぎだ」
倒れた香を抱え訪れたミツキの家で、香は目を覚まし、再度の精査を受けた。結果、なんの異常も見られないとミツキから太鼓判をを貰う。
みなが安堵に顔を緩める中、ミツキとギルベルだけがお互いを伺っていた。
「師団長どのは、式典へ出るのだろう? その間、この子は何してる?」
不意の問いにネイスバルトは、ふむ、と顎に手をやる。自分は城でいろいろと用がある。それに一人と言うわけにはいかず、付き添いとしてギルベルかユーリックを同行させることとなるだろう。
「式典に向けて王都もにぎやかになっているだろうから、その見物でもと思っている」
「それにヤツシを混ぜてもらえないだろうか?」
傍の子どもを前に押しやりながらミツキが言う。庭からの光を受けて、髪が金に輝いた。影にいたときには金には見えなかったから、光に透けて煌めいたのだろう。
香は綺麗な色だなと思いながら、二人共に髪色が薄い事に気付く。砦ではターバンが活躍する色だ。家の中だから隠さないのだろうかと疑問に思いながら、ヤツシを見る。
見るからに利発そうな男の子で、カイのような子どもらしさは見られない。自分より背が高いと言う事は、十歳くらいなのだろうか? 自分が六歳と言われた事はあえて考えない。
香は自分の間近にいる二人目の子どもに、興味全開の目を向けていた。
そんな香の視線を横目で流しながら、ヤツシはネイスバルトとミツキを見ている。
ヤツシは精霊族として、『ツキ』の名を持つ者の付き人となれたことに、誇りを感じていた。そのミツキの言葉となれば、どんな事でも従う覚悟はすでにある。しかし、少しの間でも傍を離れるとなれば、他の者を希望するのかと不安になった。
「ヤツシ、あの子どもを里へ連れて行くように。護衛がつくだろうが、お前には関係ないだろう。多少荒くなってもあの子どもだけは、里へ隠せ」
訪問者が去った後、ミツキが真剣な表情で言った。いつも面白い事を探している彼の、こんな顔は初めてだった。
「それほど! それほど、気に入られたのですか!」
自分の居場所はミツキの傍だけ、そう思い必死になって言い募る。今日知ったばかりのあの子どもが、彼の横に立つなんて冗談じゃない。
「何を必死になっている? 俺が欲しいんじゃない。一族にとっての悲願が叶うかどうかだ」
ヤツシの頭に手を置きミツキは笑った。これほどしっかり仕えてくれるヤツシの変わりは無い。そう言いながら頭を撫でる。
「あれは、失われた巫女姫の血を引く者。……嵐が起こるかも知れんな」
〜・〜・〜
ミツキの家を辞しローダーと合流した後、二枚の壁を越えた。香は馬車の中から街を望み、身を乗り出すようにしてその変化を楽しむ。
壁を越えるごとに一変する町並みと、人の服装。家は大きくなり、雑多な人々の服装は、手の込んだ統一感のある服へと変わっていった。一番外側が一番活気があり、人種も入り乱れている。
あの中へ入るならターバンは要らないだろう。そう思う香だったが、色に関してはまぎれるが容姿はそうも行かない。多少は整っているかなと思っている自分の姿が、性別不明の際立った整い方をしているとは思ってもいない。
道を歩けば多くの者の目を集め、その記憶に香を焼き付ける事になるだろう。現にゆっくりと進む馬車の窓を見た何人かは香に気づき、固まっていた。香と目が合い手を振られた者は顔を赤くする。
香は遠足のバスから手を振る感覚で、道行く人波へと手を振る。感情丸出しの満面の笑みは破壊力満点で、見慣れているはずの保護者二人でさえ、一瞬固まるほどだった。
「香、少し中に入っていろ。目立ちすぎだ」
ギルベルの言葉に口を尖らせながらも前を向く。すると、にやつきながら香を見る師団長と目が合った。
「香くんが楽しそうで何より。これから行く屋敷は私の実家に当たる。自由にしてくれて構わないよ。警備もそれなりに厳重だからね」
「ありがとうございます。師団長さんは王都出身なんですか?」
「……、まあね、そうなるかな。式典は確か五日後だから、それまでは自由に王都見物、といいたいところだがそうもいかないかな」
コテンと首をかしげ、香は師団長を見る。師団長さんがここ出身ならば、改めて見るものはあるのだろうか? それとも見物はしたいけど、その暇もないほどなのだろうか?
「ははっ、私の事じゃない、香くんの事だよ。人か溢れかえる王都に一人で放り出すわけにはいかないし、ザントとアルバ、二人がそろえば大丈夫なのだろうがそうもいかない」
少し意地の悪い笑みを浮かべながら師団長は説明する。
「城への従者は騎士の身分がなければならないからね。騎士一人と師団員では君に何かあったとき迅速な対処が出来そうにないからね」
ホームであるアリならば別だが、と続ける顔は思案げで、どうするべきか迷っている風に見える。香としては変なこと巻き込まれるのは遠慮したいので、王都見物は諦めてもいいかもしれないと思い始めた。
しかし旧市街に入れば飾り付けられた華やかな町並みに目が釘付けとなり、やはり見物は必須でしょうと思ってしまう。
そんな考えの変化が手に取るようにわかる香を見て、ネイスバルトは思わず笑ってしまう。クククッと聞こえた笑い声にバッと振り向いた香は、肩を震わせるネイスバルトを見つけ、自分の行動を思い返し真っ赤になった。
旧市街を過ぎ、もう一枚壁を抜ければ貴族街である。さらに大きくなった家屋敷に、香の目は丸くなった。零れ落ちそうなほど見開かれた瞳は好奇心に輝いて、驚きと興奮に頬は赤みを増し口は閉じることを忘れた。
街路樹には綱が張られ、色取り取りの布かはためいているし、屋敷の塀や柵には花が飾られている。本当はシックに落ち着いているであろう街並みに、式典のために飾り付けられた小物達が明るい色を溢れさせている。せわしなく行き来する人々さえ、明るく楽しげに見えるから不思議だ。
今日から祭りだ、といわれても不思議じゃないほど綺麗に飾り付けられた街を、馬車は進んでいく。当然だが城に近いほど屋敷は派手に、大きくなっていった。
何処まで城に近付くのだろうと思い始めた頃、やっと門を潜り大きな扉の前に馬車は止まった。
「お帰りなさいませ、ネイスバルト様」
外から馬車の扉が開かれ、声と共に二人の男性が頭を下げる。さっき閉まっていた大扉は開かれ、広いロビーと並ぶメイドさんと執事さん。
その人数に圧倒されながら、香はネイスバルトに促され扉内へと、こわごわ踏み込んだ。




