66 「で、ヤツグリはなんて?」
血の気が引き真っ白になった香をベッドに横たえる。硬く引き結ばれた唇は乾き、かさついていた。それが許せなくて、ギルベルが水を含ませた布を口に当てる。なぞるように滑らせ湿らせれば、ほのかに生気が戻ったように感じた。
「香くんは、回復すると思うか?」
ネイスバルトが二人に問う。
報告していない事が多すぎて口を閉ざす二人に、先に師匠とやらの元へ行くべきかと、呟いた。
医務長ヤツグリの師匠は、王都外れに住んでいるという精霊族だ。今から馬で急げば、夜中には着けるだろう。しかし、初対面の相手を訪問する時間ではない。ましてや相手の住居を探しながらでは、夜は都合が悪かった。
しかし医務長がここにいないのだから、香を診る事が出来るのは王都の治療士かその師匠だろう。医務長からはミツキという名と、王都の南の外れに住んでいるという事しか聞けなかった。医務長が修行を終えてから、ほとんど連絡を取っていなかったらしい。
年に一度、定期便とでもいうべき手紙のみのやり取りで、王都の南端にいると知らされたのだと言う。
精霊族は変わり者が多いから、南で聞けばすぐに居所は知れますよと言う医務長の言葉のまま、詳しい住所を聞けなかったことが悔やまれた。
予定では王都に拠点を置きそれから探す手はずだった。ネイスバルトは城へ日参する事になるだろうから、ミツキを探すのはランバーとローダーの役目だった。
しかし香の状態がこれでは、予定は変更せざるを得ない。明日は開門と同時に出発し、南から王都へ入ってそのままミツキを探す事となった。
〜・〜・〜
ベルディアが王都と定められる前は平原にある、ありふれた街の一つだった。地域の中核となっていたため、近隣では一番大きな街であったが自由都市として住民による自治がなされてた。
しかし、大陸中央より異民族が入り乗っ取られる事となる。術を使い魔素を操る一族は、住人が気付いたときにはすでに王位に就いていた。一時騒ぎはしたが税が重くなるわけではなく、街の治安も悪化しないとなれば住人達は時と共に慣れていく。近隣の町も手を伸ばされ、十年ほどで今の王国の形となる。
子どもが大人になり老人となる頃、ベルディアはサクベル王国王都ベルディアとして周知される様になった。
今から二百五十年ほど前の話である。
城塞都市であったベルディアは時と共に成長し、城壁の建設が追いつかなくなる。城と貴族街、そして旧市街と呼ばれる富裕層が住む街。それぞれを囲む三枚の壁が、城塞都市であったことを偲ばせていた。
今は旧市街の外へ大きく街は広がり、その端はいまだ成長を続けている。自由都市であった頃から人の出入りはほとんど制限されていなかったから、壁の中へ入るのでなければ検問される事はない。
一行は三の鐘の鳴る頃、王都南部地区へ到着した。
地域を管轄する第2師団支部へと赴き、ミツキのことを尋ねる。医務長の言葉通り目立つ存在らしく、居場所はすぐに知れた。しかし、留守の事が多いと一言添えられ、行き先は日によって違うし数日の留守もしょっちゅうだと言う。
治療院は壁の近くにあるため、ミツキの家を訪ね留守であればそのまま治療院へ向かうこととなった。
大通りから少し入った路地の奥、こじんまりとした家の建ち並ぶ地域にミツキの家はあった。レンガ造りが多い中、木を多用しあめ色に磨かれた木目が独特の風合いを出していた。
カランコロン、カランコロン。
扉横の鎖を引き、しばし待つ。香を抱えたギルベルと鎖を引くユーリック。ネイスバルトとランバーは後ろで様子を見ている。ローダーは師団支部へと預けた馬の世話をしているだろう。
ユーリックが再度鎖を持ったところで、中からガタリと音がした。
「だれです?」
高い子どもの声が尋ねる。
「ヤツグリの紹介できた。ここはミツキ殿のお宅だろうか?」
ネイスバルトが答えれば、くすりと笑った後ちょっと待っててと気配が遠退いた。
遠く話し声が聞こえ、少し待つとカチャリと扉が開く。香より少し大きいくらいの子どもと、五十歳くらいの金髪の男性が四人を迎え入れた。
「で、ヤツグリはなんて?」
入り口から奥へと入り中庭を望む部屋へと通され、腰を落ち着けた。
「はじめにこの子を診てもらえないか?」
ミツキの問いにネイスバルトは香を示す。いまだギルベルの腕にいる香を見て、ミツキは様子を伺いながら手をかざしていく。興味深げに目を細め、これでよしと手を叩けばもぞりと香が目を覚ました。
ゆっくりと開かれる目を覗き込み、ミツキは一瞬、戸惑うような顔を見せた。
「助かった、礼をいう。私は第3師団を纏めるネイスバルト・レインと言う。ヤツグリは今師団で医務長を勤めている」
ネイスバルトの言葉に改めて一行を見るミツキ。薄く笑みを浮かべ精霊族のミツキと名乗った。傍の子どもはヤツシといい、家事全般を受け持つ同居人だという。
「あの子どもが医務長か、時は経つものだな」
ネイスバルトが医務長からの手紙を手渡し、香のことを簡単に説明する。よからぬ術を掛けられ医務長では対処できなかったため、こちらを訪れたこと。しかし術は何とかなったこと。
ミツキはふ〜んと香を見つめる。
見つめられた香は、やっとここが師匠さんの家だと理解した。そして、気分が悪くて倒れた事も思い出す。今、自分が大丈夫なのは師匠さんのおかげらしい。そうと解ればお礼は大切とばかりに、立ち上がりがばりと頭を下げた。
「香といいます。ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして。一応これでも、治療魔術士の端くれだから」
手紙を開き目を通しながら香に答える。ニヤリと読み終え、香を見た。
その顔にギルベルが警戒心を持つ。ギルベルの気配が変わったことでユーリックもまたミツキを警戒した。
「遠くまでよく来てくれたね。君さえ良ければここでしばらく魔素の扱いを学ぶかい?」
人当たりのいい笑顔で香に提案する。出発前は香はここで治療に専念し、ギルベルかユーリックが傍につく予定だった。しかし術は破壊され、残滓もレイシェスが持っていった。体調不良も今は治ったからできればみんなと一緒にいたい。
そう思って後ろの二人を見た。笑う二人に元気を貰い、その隣に座るネイスバルトが目に入る。
「師団長さん。ボクは部屋で待つことになるんですか?」
「宿ではなく屋敷で待つことになる」
その言葉の香はコテンと頭を傾けた。どっちにしろ待たされることに変わりは無いのかと思ったのだ。
「急に決められなければ、またおいで。十日ほどは家を開ける予定はないから」
ありがとうございますと返事を返し、香はいつもの笑顔のギルベルとユーリックの間に座った。




