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64 「子どもじゃないのか?」

手が痛くなるほど叩いたが、中からの返事は無い。無理矢理入ることも考えたが、扉を壊すことになりそうで諦めた。


 ネイスバルトは食事を終え、部屋に戻る途中、三人のいる部屋から光が漏れるのを見た。薄暗い通路に一条の光が差し、あたりを少しだけ照らし出した。

 ボートネスより“精霊”が現れたときには光が溢れる事は聞いている。ネイスバルトは、自分も“精霊”を見てみたくて、光と“精霊”が頭で結びついたとたん、扉を叩き、声を上げた。

 しかし応答はなく、光も消えた。中の三人が心配ではあるが、自分に出来る事は多くは無い。後でもう一度、様子を見ようとその場を後にした。



  〜・〜・〜



「子どもじゃないのか?」


 ギルベルのその言葉に、硬直する香。ぎこちない笑みを浮かべていた顔は青褪め、フルフルと震え始める。それに慌てたレイシェスは香を抱きこみ、ギルベルを威嚇した。


「ギルベル・ザント、許さない! 私の香を傷つけることは万死に値するんだから!」


「い、いや、ちがう、香を傷つけるつもりは毛ほどもない!!」


 慌てて弁解するギルベルに、疑惑の目を向けるレイシェス。香をギルベル達から隠すように、光の幕が張られた。


――もう、大丈夫。香の姿は二人には見えないから、安心して――


「違うの、レイシェス。ボク、ホントは十九だって言ってない。二人は子どもの香しか知らないんだ。だから、知られるのが恐くって……」


「僕は気付いてたよ。年頃の女の子みたいだって、……どっちにしても君は君だ。ボクの大好きな香くんなんだから、顔を見せて」


 ユーリックの声に思わず振り返る。優しい笑顔のユーリックと、困惑の表情のギルベル。思わず一歩踏み出した足が、ギルベルの顔を見て止まってしまう。


「ギルベル・ザント、あなたはどうなの? 香は子供でなくてはダメなの、その程度の気持ちなの?」


 レイシェスの言葉に、頭を振りバチンッと頬をたたく。気合を入れ、まっすぐレイシェスを見つめ言い切った。


「おれは、香が香である限り傍にいる。体が大きかろうが、子どもだろうが関係ない。俺が傍にいたいと思うのは、今の香だ。ユーリではないが、女ならば願っても無い。男だとしても関係ない」


 あわあわと手を泳がせ、真っ赤になって顔を伏せる香。引かれた光の幕でこの様子が見えない二人に、ざまあ見ろと意地の悪い事を思うレイシェスだった。可愛い香のこんな顔は自分ひとりが堪能するべきで、他の誰にも分け与えるつもりは無い。それが香が心を許している二人であっても、レイシェスに例外は無かった。


 香が落ち着いた後、幕を払いソファの上で舞い踊る。湖畔では遠くて手を取る事もできなかったが、今なら手を取りクルリとまわる。レイシェスと香、二人の髪が混ざり合う。銀と金の流れが合流し、大きな光の大河となる。それは溢れ部屋に満ち、ギルベルとユーリックを包み込む。隙間から零れでた光の海は、通路を満たし村中へと拡がっていく。

 穏やかな優しい光に満たされた村は、まどろみの中、幸せな夢を見る。

 緑が芽吹き、鳥が囀る。豊作に笑顔が輝き、収穫祭で新たなカップルが生まれる。豊饒の恵みの中、子は育ち新たな恋を知る。命が巡る夢の中、柔らかな光に包まれて心の安寧が訪れた。


 翌朝、雲一つない青空の下人々は目覚め始める。いつもはぐずる子供も、親の言葉をよく聞き笑い声があふれていた。



 ドガッ!!


 気持ちよく眠っていたユーリックは、腹への衝撃で目が覚めた。脇腹に入った一撃は強烈で、寝入っていたためその力を余すことなく腹で受け止めたのだ。

 目に涙を浮かべ、身体を起こしながら原因を探る。昨夜は“精霊”と香の舞を見た後、小さなままの香の隣にもぐりこんだ。


 そこまで思い出せれば後は簡単だった。隣を見れば子どもの姿の香が、ベッドに対して横に寝転がっている。砦では掛布を落とすこともなく、行儀よく眠っているばかりだったが、今日に限っては違ったらしい。元気よく伸びた足が直撃したのだ。


 ユーリックは苦笑いしながら、辺りを見回す。濃厚な魔素の気配が充満し、全身に力が漲っている。香達によって整えられた魔素の気配が、これほどまでに心地良いとは思いもよらなかった。これで香の食事が大丈夫ならば、これからは宿ごとに舞うことも考えるべきかもしれない。


 ユーリックの身支度が整う頃、もぞりと二人が起きだした。


「おはよう、ゆーり。ご飯食べられるかな」


 ぼんやりとベッドに腰掛けながら香が呟く。レイシェスは大丈夫って言ってたけどと、足をぶらつかせながらユーリックを見た。


「なら、ためしに水を飲んでみろ」


 ギルベルが差し出したグラスを受け取り、一口飲み込む。


 こくりっ。


 二人が注目する中、香は慎重に口にする。コクリ、コクリと飲み干し、ニパッと二人に空のグラスを掲げて見せた。


「変な味、しない!! これなら食事も大丈夫!」


 クシャリと頭をなでて、良かったなとギルベルが笑う。それがうれしくて、首に抱きついた。抱かれたままでユーリックに髪を整えられ、ターバンが巻かれる。

 最後の仕上げはホッぺにちゅ! ユーリックにありがとうの笑顔を送り、着替えた後食堂へと出発した。



 すでに席についていた師団長たち三人は、香を見て笑顔で師団長の隣の席を示す。わざわざクッションが置かれ、座面を高くした香仕様の椅子らしい。保護者二人が頷いたから、香はその席へと座る。


「おはよう、よく眠れたかい? 今日は皆が皆、夢見が良かったらしい。だから誰も彼もが上機嫌だ」


 ニコリと笑う師団長に挨拶を返し、よっこいせと椅子へとよじ登る。お尻の具合を確認すると、よく出来ましたとユーリックが椅子の位置を整える。


「“精霊”のおかげかな?」


 香に耳を寄せ、囁いた。すでに二人が報告したのだろうか? そう思い二人を見るが、笑顔を返されるだけで要領を得ない。


「二人からじゃない。私の予想だ。当たったかな」


 いたずらっけたっぷりの顔で香を見る。自分はどうするべきなのだろうか……。レイシェスのことは言いふらしていい事じゃないのはわかる。だが、仮にも師団長に報告しないのも問題ではないだろうか?

 でもどう説明したらいいのだろう……。


 う〜っと唸りながら師団長を見る。


「師団長、どうかしましたか? 私に解る事でしたらお答えしますが」


 ユーリックの声をたどれば、向かいに座るギルベルとユーリックが笑顔で頷いた。それだけで香は大丈夫だと安心する。


 食事は可もなく不可もなく、普通に食べることが出来た。味は砦の勝ちである。出発前に、二人と相談できれば良いな、なんて思いながら完食した。



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