表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/113

62 ひんやりとした清涼感が喉元を過ぎていく。

 食堂に着き、みなが席に着く。ユーリックに手を引かれて部屋に入った香は、一番最後だった。


「おはようかな、香くん。疲れは取れたかい?」


 師団長の言葉に、全員の視線が香に集まって来た。なんとも情けない思いで、すごすごと席に着く。宿の使用人が皿を並べていく中、香は席で小さくなり上目遣いに師団長を見る。


「え、っと、ごめんなさい! あと、ありがとうございました」


 意を決して前を向き、師団長へと頭を下げる。一瞬面食らったネイスバルトは、次には声を上げて笑い出した。


「あはははっ、大丈夫、大した事はしていないから。昨日の疲れが残っていたんだろう? ほら食べなさい」


 緑の目を細め香を促す。香の表情が柔らいだことを確認すると、さあ食べよう! と、フォークを手に取った。


 それからは楽しい食事が始まった。ローダーがおどけて笑いを取ればランバーが突っ込む。この二人は日頃から仲がいいらしい。ギルベルとユーリックは香の食べやすいように気を配りながら、自分の腹も満たしていく。

 だがその目が徐々に険しくなってきた。香の食が進まないのである。日頃からそれほど食べるわけではないが、出会った当初からすれば多くなっていた。それなのにほとんど皿の中身が減っていない。


「香、どうした? 食べないと体が持たん。後は寝るだけだ。少し無理にでも食べておけ」


 ギルベルの言葉に、香もそうするべきだと理解はする。


 しかし、口の中に残る後味がなんとも言えず不快で、次の一口が進まない。口に入れれば味は普通で、食べることに支障は無い。でも飲み込んだ後、ザラリとしたえぐみが残るのである。これがお子ちゃまの舌のせいなのか、ここ独特の調理法なのか……。

 どっちにしろ、香の食指は動こうとはしない。無理に飲み込んだ後、嘔吐えずいてしまった香に慌てた二人は、香を抱き上げ部屋に引っ込んだ。



 そっとソファに座らせたときには顔色も戻り、いつもの香の顔だった。そのことにほっとして、ユーリックは水を持ってくると言って部屋を出た。


「香、ここの食事は口にあわんか? それとも他に何かあるのか?」


「えっと、ちょっと口に合わなくて、残してごめんなさい……」


 しょんぼりと項垂れる香の肩に手を添え、そんな事もあるさ、と目じりを下げる。


「もう、なんとの無いのか? 食べられるようなら食べたほうがいいんだが、何か見繕ってこよう」


 するりと香の頬を撫で、ユーリックと入れ替わりに部屋を出る。小さめのグラスに半分水をもらって、口をつけた。


 コクリ。


 ひんやりとした清涼感が喉元を過ぎていく。そして、先ほどと同じえぐみが残った……。思わずうぇっと舌を出した香に、いぶかしむユーリック。


「もしかして、水もダメ?」


 申し訳無さそうにコクリと頷く香に、ユーリックはどうしようかと考える。水分を取らなければ、衰弱が激しくなるだけである。食事が取れないことより、水がダメな事の方が重大事だった。


「ゆぅーりは変な味しない?」


「……変な味? 味付けじゃなくて?」


「そう、水もだし、さっきのゴハンもそう。飲み込んだ後変な味がするの。それがね、ボクはダメみたい」


 ためしに香の手にあるグラスを傾ける。馴染みのある、普通の冷えた水だった。香を見れば真剣な顔で頷く。香にとってこの水は変な味がするらしい……。


「ギルさん、わかりますか?」


 戻ったギルベルに確認してもらう。注意深くにおいを嗅ぎ、口に含む。舌で転がし、コクリと飲んだ。


「いや、別段変わった味はしないが……、香は後味が変なんだな」


 コクリと頷く香の前に見繕ってきた食事を見せる。時間が経っても大丈夫なパンと燻製肉、果物である。

 ギルベルはパンを少しちぎり、味を確認してから香へと渡す。香も少しちぎって口に持っていった。

 もぎゅもぎゅとかみ締めれば上品な甘さが口に広がった。香ばしい香りが鼻に抜ける。その美味しさを堪能してコクリと飲み込んだ。――――後味は最悪だった。


 なぜか香にしかわからない味の変化。お腹は空いているのだが、手を伸ばす事はためらわれた。眉を顰め、パンを睨みつける。


 うーんと唸る香を横目に、ギルベルとユーリックは顔を見合わせる。二人には味になんら異常は無い。後味もいつもと変わりなく、まぁ砦の食堂の方が旨いなとかいう位で、不満は無い。

 だが、水さえ飲め無い香はどうなるというのだろう。この近辺限定ならばいい。次の宿で食えばいい。だが、次もダメだったら? 食べることも、飲む事さえも出来ず弱りきるであろう香を思うだけで、気が重くなる。


 何か方法は無いのだろうか! 原因は何なのか?!


 ギルベルは考えあぐねて香を見た。……瞬間!!


「香!!」


 香を抱きこみ、身を伏せる。カッと光が部屋を満たし、その後一点に集まっていく。

 ギルベルはゆっくりと身を起こし、腕の中の香を見る。なんら異常の無い香に安堵しながら、抱きしめなおした。


 一方、急に抱きこまれた香は何がなにやら解らずに、混乱のままギルベルの胸を堪能してしまう。ドクドクドクと早い鼓動に耳を澄まし、ふと見上げれば目があった。ほっとした顔のギルベルにまたギュッとされてしまう。

 横を向いた目線の先に、ユーリックが床に膝を付いていた。


 その周りを蛍が舞っている。……部屋中を乱舞していた。そして時間とともに一箇所へと集まっていく。その様は幻想的で、香はサンゴの産卵はこんな感じなのだろうかと思いを馳せる。


 暗い満月の夜、南の海で放たれる小さな卵。その漂う様と今、目の前で舞う小さな光。ふわりふわりと舞う様子は波間に漂う小さな卵のように思えた。


「香、動くな。傍にいろ」


 香を背にかばい、光の終結点を見る。徐々に大きくなる光の玉は、両手で余るほどになっただろうか。最後の光が合流し、一際光を放った。


「!!」


 三人ともが目を瞑り、視線が逸れる。

 光が収まり香が瞼を開けば、そこには、いわゆるファンタジーが広がっていた。


 さっきまで香が座っていたソファの上に、身長三十センチほどの女性が腕を組み、こちらを睨みつけていたのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ