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06 自分もそうなるのだろうか?

 はぁ〜


 香は体に掛かった枯葉と、そばの果実の山を見て、思わず大きく息をはいた。


 昨夜の月は見なかった事にしてしまおうか。場所を移動しても誰かさんは香を観察しているようだ。人生二度目の衝撃に、どういう対処が有効なのだろう。


 木々はありがちに思える。しかとは解らないが、香の見慣れていた物との差異は感じられない。用意される果実にしても、口に運ぶことに躊躇するものはない。



 よし、見なかった事にしよう!!!



 多少の現実逃避を伴いながら、身支度を整え、腹ごしらえをした後、枝に干していたハンドタオルに果実を包む。

 昨日と同様に心は軽いし、体の調子もいい。歩き続けた足の調子がすこぶる良い事に大きな疑問は残るが、気にしたら負けだと思った。

 体の変化以外は瑣末なことである。


 悪化している訳ではないのだからと言い聞かせて、心を落ち着かせる。


 今日も下流へと足を進め、出来れば誰かと接触したい。この先どんどん移動しても食べ物の心配は無さそうだし、水はもとより川がある。

 栄養の偏りが心配だけれどこの際は置いておく。空腹で力が出なくなるよりはマシだ。果実ダイエットだとでも思えばいい。実際ウエストが緩くなってきている。



 昨日と同じく、足元を確認しながら慎重に歩を進める。周りを見渡しながら、行く先が大きな森の様になっていることに気付く。川沿いに木々を抜ければ、新たな景色が待っているかもしれない。少しの不安と大きな期待を持って森を目指した。


 少しずつ拡がっていった川幅は5メートルほどになっただろうか。川底に見えていた石も今では揺らめいていて良く見えない。それだけ深くなっているのだろう。不用意に踏み込めば溺れる危険が大きい。

 周りの木々の植生も少し変化が出てきた。広葉樹と針葉樹が同数ほどに、低木の中には、花を付けている物もあった。相変わらず果樹は見つかっていない。

 誰かさんがどうやって調達しているのかは疑問である。


 木々が鬱蒼としてくると、遠目に見た森に入ったのだろうかと思う。今朝まで見通しの良かった川べりは、木々に覆われ陰に沈んでいる。さすがに水面には光が溢れているが、周りを照らし出すには至らなかった。


 そろそろ寝床を確保しようかと見回せば、少し先が大きく開けている。慌てて向かってみれば、そこには大きな池があった。


 池というより湖なのだろうか?200メートルトラックにぎりぎり入りそうなくらいの大きさは、どちらと言って良いのか解らない。


 たどってきた川はそこに流れ込み終わっていた。澄んだ水は煌いて光が踊っている。綺麗な水辺に誘われ、香は水面を覗き込んだ。



 見つめ返す人物は見慣れた顔かたちをしてる。しかし、自分の覚えていた色彩と違っていた。髪の色が変わったことで、もしやと構えていたから驚きは少ない。

 一応、黒髪黒目の日本人だったはずが、今は銀髪金目の外人仕様に変化していた。

 悪戯にしては手が込み過ぎているし、何のためにという疑問がついて回る。此処まで来たら腹をくくって夢物語を受け入れるしかないのだろうか。


 頭の隅で異世界・・・という言葉かちらついている。


 初日はともかく二日目からの不可解さはどうしようもなかった。

 どんな手を使えば性別を変えることが出来るというのか、魔法を使ったと言う方がまだましだ。突然の移動、毎朝の枯葉と果実。極め付けが、忘れようとしても忘れられない3つの月。地球上のどこからもあんな夜空はないだろう。


 気力が萎え、足が止まった。その場に蹲り、ボーっと湖面を見る。


 異世界と認めてしまえば、美しすぎる自然も、澄んだ空気も、納得できる、気がする。もしかしたら体が変わったことも何かの意味があるのだと思えてくる。



「疲れたら休んで良い、学校は逃げないからな。でも、香の休む場所はまだしばらく父さんの側にしてくれ」


 そう言った父はいない。こんな話は冗談としてしか受け取ってもらえないかもしれない。でも、声が聞きたい。話したい。



 日が沈み月が昇る。


 昨夜と同じ3つの月が輝いていた。素直に綺麗だと思う。降るような星の中、浮かんだ月は幻想的で夢のようだけど、夢じゃない。

 歩いてきた体の疲れは現実だし、杖を握り締めていた掌はマメが出来ている。これが香にとっての現実でなければ、何だというのか。



 人里に下りて、帰り道を教えてもらい家に帰る。



 ただそれだけの事が、途方もなく難題に思える。

 どうやって此処に来たのか、誰かに呼ばれたのか、此処は何処なのか?


 何も解らず、ただ闇雲に人と会えれば良いという事じゃない。

 この世界の常識を知らず、不用意に動き回っては危害を加えられるかもしれない。

 昔読んだ小説では魔法や魔獣、獣人、奴隷。それまでの常識を覆された主人公の混乱が描かれていた。


 自分もそうなるのだろうか?


 使いすぎた頭は混乱し、何も考えられなくなって来る。先への不安が心を押しつぶしてゆく。バックの果実を口にすることなく、枯葉の寝床を作ることもなく、ただ呆然と湖面を見つめていた。




 ゆっくりと光が集まってゆく。湖の中央辺りがスポットライトが当たったように浮かび上がる。光の中に人影が見えた。


 ああ、やっぱり異世界なんだ、と香は思う。水の上で沈まない人がいる筈はない。それともあの辺りだけ浅いのだろうか。


 光の中の人物は両手を広げ、ゆったりとした舞を舞う。その手先から光がこぼれ、足跡から水が踊る。長い裾をはためかせ、ふわりと風をはらんだ髪が宙を舞う。

 3つの月の元、いつか見た映画の中の精霊のように舞い踊る。湖面の輝きが増し、辺りは昼間のように明るくなる。光を凝縮したかの様に辺りが金色に輝いた後、すべてが水の中へと沈んでいった。


 知らず濡れていた頬を拭い、ピシャリと叩いた。


 今は生きていくことに集中しよう。

 此処が何処でも、考え付くことは実行していこう。


 そう決めれば、空腹に気づいた。


 残っていた果実とチョコも齧った。寝床を作り、体を拭いて横になった。明日は湖畔を回ってみようか…。



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