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57 嫁!?

 パタパタと通路を走り、中庭へと向かう。途中、ぶつかりそうになる師団員の声が聞こえたけど、気にしない。香はここ数年感じたことが無いほど、体を軽く感じていた。

 さっき夢の中でレイシェスと話した内容はほとんど覚えていない。でも、自分をとっても大事に思ってくれていることは覚えている。

 だから勝手に何かしてくれたんだと解釈して、この気持ちいい体を目一杯感じるために、庭へと走り込んだ。


 午後早い時間だから日も高く、天気もいい。中庭の植え込みの間をササッと抜けながら、くるりと後ろを振り返る。


「おい、待てよ! さっきまで、寝てたのに、そんなに、走って、良いのかよ」


 ゼイゼイと息を吐きながらカイが追いついてきた。手を膝につき香を見上げる。その顔はさっきまでの強張った顔ではなく、呆れたような顔だった。


「大丈夫、もうなんとも無い! 何処も痛くないし、体が軽くって気持ちいいんだ」


 なら、良いけどよと呟き、よっこいせっと背を伸ばす。その様子が、子どもなのにおじさんみたいで、香は笑ってしまった。


「なに笑ってんだよ、……くそっ、笑うんじゃねぇ!」


「あははっ、ごめん、ごめん。なんか可愛くって……」


 その一言にカイはズーンッと落ち込んだ。肩を落とし、見るからに傷つきましたと訴える。恨めしげな目を香に向け、目をそらす。


「ほんと、ごめんね。もう言わない。なんか遊ぼうよ、ね、あそぼ」


 チロリと香を見やり、じゃあ競争だ、と自分が先に駆け出した。そこそこの広さの中庭で、二人の追いかけっこが始まった。カイがゴールを言わずに走り出したから、香はその背を追いかけるしかなく、でもなんか楽しくって笑いながら追いかけた。



「カイ、……待て、何処まで走るの、はぁはぁ、もう、だめ、走れない……ぅわっ、痛っ!」


 中庭を何週走っただろうか、香は足をもつれさせバランスを崩した。ザザッという音にカイが振り返れば、上半身を植木に押し込んだ香の姿があった。


「なにやってんだ、どじだなぁー」


「!! ……痛ッ!」


 むっとして香は体を動かす。しかし途端に枝に阻まれ痛みに顔を顰めた。


「うわ、ちょっと待て、下手に動くと怪我するぞ、誰か呼んでくるから待ってろよ!」


 くたりと体の力は抜いたものの、この状態のままはいただけない。だが植え込みに大きく乗り上げた体は、香を完全に持ち上げ足が浮いてしまっていた。細い枝で支えられる体は当たり所の悪いものがあり、突き刺さるように痛む場所が幾つかある。


 さっきまでの楽しい気分はなりを潜め、悪い事ばかりが頭をよぎる。ほとんど覚えていない夢の内容も、もしかしたら重要な事があったかもしれない。これで怪我をすればまた二人が呆れるのだろうか?

 ユーリックは傍にいるよと言ってくれた。では、ギルベルは? バカな事ばかりしでかす香のことは嫌いになってるんじゃないかな……。


「うっ、うぇ、……」


 突き刺さる痛みと後ろむきな思考に引き摺られ、顔から突っ込んでいる香の目から涙がぽたりと地面に吸い込まれた。


「香くーん、いるかーい? んーっ、ここにも居ないのか……ほかに庭は何処があったかな……」


 フォルハの声に香は足をバタつかせる。枝が刺さり痛むが、今は後回しである。ガサガサと植え込みを鳴らし、何とか気付いてもらえないかと声を上げた。


「ふぉるは、ここ、ここに居る、助けて……」


 顔の傍にも枝があり、大きく動けば刺さってきそうだ。精一杯上げた声はそれほど大きくも無く、植え込みに吸い込まれてしまう。それが悔しくて、今まで以上に足を大きく動かした。



 カサカサッ、ガサッ、パキパキ、バキッ



「!? ……あれ、……うわ! 香くんなにやってんの! ホラ、動かない、今引っ張り上げるから、じっとして」


 フォルハは、誰も居ないはずの中庭から音が聞こえた気がして、下りてみればとんでもない状態の香を見つけた。一緒に居たはずのカイは見当たらない。

 香の体をしっかりと支え、ゆっくりと植え込みから引き抜いていく。途中枝に絡まりターバンが落ちたが、今は構ってられなかった。枝で切ったのか頬に傷ができ、服は破れて血が滲んでいる。よほど痛かったのか涙の跡もある。


「香くん、立てる? 擦り傷がほとんどだと思うけど、また治療室へ戻んなきゃなんないかな」


「ごめんなさい、こけそうになって突っ込んだ」


「カイはどうした? 一緒じゃなかったのか?」


「人を呼んでくるから動くなって、ふぉるはと一緒じゃないの?」


 二人の後を追って部屋を出たフォルハは、途中話し掛けられ目をそらした隙に二人を見失った。それでも行き先は香のお気に入りの庭だろうと、そちらに向かった。香が足を滑らせた木のある庭は今でも香のお気に入りで、根本で昼寝をする香を皆が見ていた。

 しかしそこに居ると思っていた二人の姿は無く、それならばと思いあたる幾つかの庭を回った。そして香に行き当たったのだ。


「カイは置いといて傷の手当てをしよう、戻るよ」


 でも……と渋る香を抱き上げ、ターバンを頭に掛け庭を出る。香を守れとギルベルに言われていたのに怪我をさせてしまった。これは本当に命の危険がある。対処を誤ればとんでもない事になりそうで、先を急いだ。


「医務長! 香くんお願いします」


「あれでまだ具合が悪いのか?」


 振り返った医務長は、傷だらけの香を見て言葉をなくす。顎で治療題を示し、助手達は治療の準備に入った。


「香くん、また派手にやったな」


 にやりと笑う医務長に、香はえへへと笑う。カイには一発入れとくからなと言う医務長に、自分から突っ込んだんだと言い訳をする。

 確かに香は自分から突っ込みはしたが、カイが始めたかけっこが無ければ怪我はしなかっただろう。でも楽しかったのだから、次から気を付ければいい。香はそう思っていた。

 消毒液の痛みに耐えながら治療を受けていると、バタバタと勢いのついた足音が迫ってきた。



「香、ここにいるって!」


 乱暴に扉が開き、カイが飛び込んでくる。香の頬の傷を見て、サァーッと血の気が引いた。


「カイ、大丈夫、すぐ治るから」


「でも、顔にキズ……、ごめん! 俺が走り回ったから、ほっぺたのキズ、痕残ったら俺が責任もって嫁に貰うから」


 どこか晴ればれと宣言するカイを、香は無言で見返した。


 嫁!?


 カイのその言葉に香は打ちのめされる。男の子らしく振舞っていたはずなのに、やっぱりオカマさんだったのだろうか……。

 そんなに女の子に見えてしまっていたのだろうか……。


 今まで上手くやっていたと思っていただけに香のショックは大きく、何の言葉も返せなかった。


 ただ誰かに、香は男の子らしいよと、太鼓判を押して貰いたかった。



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