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52 そんな全部がユーリックの気持ちなのだとしたら?

翌朝、香は下腹の違和感で目が覚めた。


 二人から嫌われてしまうかもしれないとヤキモキしながらベッドに入り、どうすればこの関係を壊さずに行けるだろうかと考えた。


 考えて、考えて、考えて……、考えすぎて吹っ切れた。

 考えるのは良い事だけど、考えすぎるのは足踏みと一緒。そう思ったら何かが吹っ切れて、一気に眠気が襲ってきた。そのままぐっすりと眠り、ぼんやりと目覚めてみればなんか変だった。


 窓の外はまだ暗く、砦の中のざわめきも感じない。


 最初はわからなかったが、つきん、つきん、と痛む下腹が気になって意識が浮上したらしい。注意を向ければ痛みが治まるような気がするけど、ふとした拍子に気付く痛みは思わず手で押さえたくなるほどだ。

 このまま二人と会えば異変に気付かれ迷惑をかけてしまう。何とかして誤魔化さなければと焦ったところで、向かいのユーリックが寝返りを打った。香の様子が変だと心配してくれていた二人だから、これ以上は知られたくない。


 副師団長に導かれた感覚を思い出し、目を瞑り意識を集中してみる。


 真っ暗な闇の中、ぽつんとひとり立つ事に香は言いようの無い心細さを感じていた。何とか自分の内面には入れたけれど、そこかしこに感じる術の残滓。

 香の肌を舐めるような、体中を粘液で覆われているような不快感が襲う。副師団長と入った時には嫌悪感の塊が感じられただけで、自分が降り立った周囲には不快感は無かった。

 昨日自分が破壊したという術が飛び散り、体中に充満してしまったのだろうか?



 自分はまた、不用意な行動を取ってしまった様な気がする……。



 気が緩んだその時、周囲を覆っていた残滓が集まり始め、香を中心に形を取ろうとする。周りの闇よりもなお濃い闇色の壁が香を囲んでいく。逃げなきゃと足を踏み出しても香に従って壁が動き、香が中心である事は変わらなかった。


 焦りながらも全身に力を込め、魔素を放つ!


 辺りを照らし出した香の魔素は、囲む壁に弾かれ香へと返ってきた。急激な魔素の増減に、クラリと意識が霞んでいく。

 これじゃ余計に迷惑をかけてしまう! 二人に嫌われる!!


 必死の思いで最後の力を振り絞り、なんとか意識を浮上させた。


「香くん? どうかしたの?」


「!!……なんでもない、変な夢、見ちゃっただけ」


 少し体を持ち上げ、香を伺うユーリック。暗い部屋の中でも解るほど香の顔は青褪めているし、大きく上下する胸はその衝撃の強さを物語っている。変な夢は、悪夢としか言いようが無いものなのだろう。

 昨夜から一歩引いた態度を取る香に、それが我慢できずベッドを降り香へと近づく。


「ご、ごめんなさい、起しちゃったね…。ボクは夢見が悪かっただけだから……」


 近くで見れば香の顔は強張り、全身で心細さを叫んでいた。カタカタと震える体を自分で抱きしめ、必死にユーリックへと笑いかける。血の気が引いた顔には薄っすらと汗が浮かび、額と首筋に銀の髪が張り付いていた。

 指先が白くなるほど力を込め、背を丸めてユーリックを見上げる。痛々しいその姿に、隣に腰を下ろしそっと手を添え、全身で包み込むように香を抱きしめた。


「何があっても、香くんがどう思っても、僕は君の傍にいるから。香くんが要らないって言っても、イヤだって言っても、僕は離れたくないんだよ」


 さっきまでの不快な感覚が、ユーリックの温かい体温によって塗り替えられていく。恐怖に凍えきった香の心が少しずつ溶かされていった。昨日から感じていた、二人に嫌われてしまうという恐怖は少なくともユーリックには当てはまらないのだろうか。

 今の香は魔素を扱う事が出来るから、傍に居るからといって多幸感を感じることは無いはずで……。突然の甘い顔や、香が困ったときに見せるいたずらな顔、いつも見ている優しい顔。


 そんな全部がユーリックの気持ちなのだとしたら?


 肉親だったら困難な時にこそ傍にいたいと思うし、どんなに嫌がられても一緒に居たいと思うこともある。ユーリックの言葉を、乙女の心で受け止めちゃダメだ! そうわかっていても、奥に沈めた感情が心の隙間からそそのかす。


 ユーリックは保護意識だけじゃなく、他の感情もあるんじゃないの?


 香にとって都合の良すぎるその考えは、何とか押し込めなければ自惚れてしまう。でも、どんな感情からでもユーリックの言葉は嬉しかった。たった一人放り出されたこの世界で、面倒事しかもたらさない香に手を差し伸べてくれる。

 自分から離れる事は無いといったその言葉は、今の香にとっての最高の言葉だった。



 ユーリックの腕の中、香は少しずつ力が抜け、震えが治まってきた。汗にぬれ冷えた体も、掛布と共に包み込めば温まってくる。心細さの奥に恐怖を覗かせた香の瞳をユーリックは思い起こす。


 何を恐れているのか、何故頼ってくれないのか、それが悔しくてたまらない。香のことならどんな事でも知りたいと思う。ユーリックは一種異様なほどの保護欲が自分にある事は自覚していた。

 その感情が何に起因するものなのかは自分では考えない。それでも香から離れる事は選択肢には無かった。


 しばらくすると香からすうすうと寝息が聞こえてくる。ゆっくりとベッドに寝かしつけ、額に張り付いた髪を撫で付ける。絹糸のようなその感触にうっとりとしながら、香の異変を考える。

 ギルベルから救い出したときの状況は聞いている。それまでに何をされたのかはわからないが、想像からは大きく外れないと思う。


 まだしばらく日は昇らない。ギルベルを訪ね香の状態を告げなければならないだろう。自分ひとりだけが知る香の秘密と言うことには魅力を感じるが、情報を隠した事で香に危険があったらたまらない。

 眠る香に後ろ髪を引かれながら、手早く身形を整え扉へと向かう。


 さっさと報告して戻ってこなければ、香の目覚めに間に合わなくなってしまう。


 そう思い足早に部屋を出るユーリックだった。



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