51 「……、うん、楽しかった……」
医務長に促され治療室へと向かった香は、そこで男の子と出合った。カイと言うその男の子は、一番奥のベッドで丸くなっていた。
「うむ、術の残滓が気になるが、施された術は破壊されておる。これで残りかすを体外に出せれば安心だな」
「はい、ありがとうございます。何とか頑張ってみます。副師団長さんに教わればいいですか?」
「彼は専門外だから、私が出来ればいいんだが、あいにく私も人にもぐる事は上手く無くてな……。やはり王都まで我慢してもらう事になりそうだな。すまないね香くん」
そう言って眉を寄せる医務長に、大丈夫ですと笑顔で返す。うんうんと頷きながら頭をなでてもらって、もっと笑顔になってしまう。
話しながらも一番奥の小さな膨らみをちらちら見てしまう香に、君と同じくらいかなといってカイを紹介してくれた。
「カイくん、起きれるかい?」
起き上がった子供は、薄茶の髪にそばかすの浮いた男の子だった。
「はじめまして、カイくん?」
「! 、は、はじめ、まして……カイ、です」
カイは少し赤くなりながら、もじもじと香を見た。目は泳ぎ、香の顔と自分の手を行き来している。
「え、えと、な、おれ、今ここで治療受けてて、えと、…」
「カイくんもしばらくここに居られるの?」
何か可愛いハムスターみたいと思いながら、香は聞いてみる。それに答えたのはフォルハだった。
「その子の親父さんに連絡が付いたら、どうなるか決まるんだ。今のところはしばらく砦住まいだな」
「じゃあ、出発するまでは一緒だね、時間が空いたら一緒にあそぼ」
カイにそう伝えれば、絶対だぞと返された。自分の部屋に戻った後、何時何処へ出発するか伝えてなかったことに気付くと、少し笑いが込み上げてきた香だった。
〜・〜・〜
「それでね、カイくんと中庭でお話してたの。街の事一杯教えてもらっちゃった! それでね、カイくんがね、…………」
夕飯が終わり部屋へと戻る途中、今日は何してたと聞かれたからカイと遊んだ事を話した。医務長から中庭への散歩が許可されたカイは、香と一緒に木陰で座っておしゃべりをした。たどたどしく、つっかえながら話すカイは、香にとってなんだか弟のようで可愛かった。
だから、ニコニコと報告するその様子に、頬を引きつらせている二人には気付けなかった。
「そうか……」
前を向き心ここに有らずな顔でゆっくりと進むギルベルに、香の口は止まってしまう。自分の話の中に、ギルベルが機嫌を損ねるような事はあっただろうかと、ユーリックを見る。すると彼もギルベルと似た感じで、引きつった笑いを香に向けた。
「……っ、うん」
もしかしたら、友達が出来たから、どうやって香から離れようかと考えてるのかもしれない。やっぱり子供の世話は面倒だよね。王都への警護は大事な任務だろうに、師団長からおまけの様に付け足された事だって香のせいだ。
二人が笑ってくれないだけで、ここまで後ろ向きな考えが溢れてくるとは思っても見なかった。溜まりそうになる涙を何とか散らそうと目を瞑り、手を引かれるままに歩いていく。
「あのー、中隊長? ちょっと待ってください」
フォルハの声に足を止める三人。ススッとギルベルに耳を寄せ、早口で告げる。
「こんの、バカ! 子供に嫉妬してどうする! 香くん泣くぞ!」
ぼそぼそと何か囁き一礼して去っていく。この後は汗を流し部屋で休むだけだから、フォルハは自分の部屋に戻るのだろう。なんだか居心地の悪いこの空間から連れ出してはもらえないだろうかと、香はその背を見送った。
一方、フォルハを見送る香の様子が寂しげで、保護者二人はもしかしたら自分達よりも彼が好きなのだろうかと、ますますどんよりと空気を重くしていることに本人達は気付いていない。
ギルベルはふぅっ、と息を吐き心を落ち着かせて香を見る。いつもはキラキラと楽しげに輝いている瞳は、長いまつ毛の影で暗く沈み、食事を終えほんのりと色付いていた頬は、いつもより白く見えた。
フォルハの言葉通り、いつ涙が溢れてきてもおかしくない顔だった。
「香、今日は、その……、カイと一緒で、楽しかったか?」
ばっと顔を上げ、ギルベルを見るその目は迷子のようで不安に揺れていた。その顔を見ている事が出来ず、顔を背けながら香を抱き上げ通路を進んだ。
「……、うん、楽しかった……」
ギュウッとギルベルの首に抱きつきながら泣きそうな声で答える。
「香くん、どんな事、話したの?」
「―――― 忘れた」
ギルベルの胸に顔を隠し、こもった声で答える香に保護者二人は顔を見合わせる。
「香くん、何か嫌なことあった? それとも言われた?」
「―――― なんでもない」
「何かあったら、教えてね……」
そっけない答えに取り付くしまもなく、どう言葉を続ければいいのかも解らずユーリックはそっと香の頭をなでた。
ギルベルの胸に隠れながら、香は自分が情けなかった。二人から早く離れなければ、もっと迷惑をかけ本格的に嫌われてしまう。早くひとり立ちできるように、いろんなことを知らなければならない。
そう思い、勉強部屋でのことを思い出す。確か助手をしてみないかと言われたのだ。そして自分はへまをして、計算問題を解くときに数字を使ってしまったのではなかったか。
はぁ〜っと、深くため息をつき肩を落とす。自己嫌悪に陥った香は、周りが見えず、おろおろと視線を交わす二人にはまったく気付かない。
食堂を出るまではなんら変わった事はなかったはずで、香の様子もいつもと同じだった。楽しく話しながら部屋へと戻り、着替えを持って風呂へと向かうはずだったのだ。
今日何をしていたかと聞けば、楽しげにカイとのことを話しだす。やはり子供は子供同士がいいのだろうかと少しへこんだが、ふと気付けば香が塞ぎこんでいた。
楽しげな出来事の続きに嫌な事があったのか、もしかして何かいじめられでもしたのだろうか。その晴れない表情に二人の心に暗雲が垂れ込めていく。
師団員が香に嫌がらせをするとは思えず、聞いた範囲では下女とも今日はあっていない。二人と離れた香が会ったのは、フォルハにボートネス、医務長とカイである。カイ以外とは日頃から接触があるし、沈み込んだ事も無い。そうなれば消去法でカイに行き着く。
そして、二人の矛先は、今日一緒に遊んだというカイへと向かうのだ。




