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50 ふんっ! と気張れば、ポッ! と光った。

 香の気配が足を止めた。ボートネスは様子を伺いながら、少しずつ離れてみる。追いすがるような必死な感情は読み取れるが、その場からは動こうとはしない。

 それもしょうがないと思うボートネスだった。


 それほどに進む先から溢れる気配はいびつで、人の不快感を呼び起こさせる。そのくせ意識の手を伸ばせば、魔素を吸い取るように引き摺り込もうとする。事実、周囲に満ちている香の魔素は、引き寄せられ絡め取られていく。これが続けば魔素の循環異常を引き起こすのも頷ける。


「香くん、先にある嫌な気配がわかるか?」


 魔素に言葉を乗せ語りかけると、こくんと頷く。


「今、香くんに掛けられている術の気配だ。自分の魔素が引っ張られていく事を止める事は出来そうか?」


 香は言われた事を反芻し、どうすればいいのだろうかと考える。自分の魔素の動きを自分で操る。確か力を込めたら光ったよねと思い出す。


 ふんっ! と気張れば、ポッ! と光った。


 でも周囲に漂う自分の魔素はわからない。副師団長は、周りの魔素が引き込まれてるって言ったはず。それを留めるには、自分の周りに自分の魔素がある事を感じることがスタートなのだろう。

 まわりを見渡しても広がるのは暗闇で、感じる気配は副師団長の違和感と、離れた場所の嫌悪感。どうすればいいのだろうと途方に暮れてしまう。



 香の困惑の感情が、ボートネスに伝わってくる。ボートネスにしても自分の内側で、自分の魔素を感じることの困難さは承知している。

 自分に触れる他者もしくは物体なくして、皮膚の存在が解りにくいように、馴染みすぎている自分の内部で自分自身を感じることは難しい。だから香は、自分の魔素が術に引き込まれている事も認識できてはいないのだ。

 何とかして術に引き込まれる魔素をなくし、体をめぐらせる事が出来れば、循環異常を防ぐ事が出来るはずである。その前提としての自分の魔素の把握になるのだが、一筋縄ではいかないことは解りきっていた。

 このまま無理矢理術に接触して、香の意識が取り込まれでもしたなら、取り返しが付かなくなるかもしれない。そう思い、ボートネスはここまでにする事にした。


「今回は終わりだ。魔素を戻す」


 肯定の意識を感じたボートネスはサッと魔素を引き上げる。しかし、香はまだ内部に留まったままだった。

 しまった早かったかと思えば、目の前の香の体が震え始める。ボートネスは両手を掴んだまま香を見据え、再度魔素を伸ばした。



 ボートネスの気配が去った後、香は自分も続こうと思った。しかし、このまま帰ることはなぜか負けたような気がして、少しだけ嫌な気配に近づいてみる。

 そろり、そろりと足を踏み出し、及び腰になりながら限界まで行ってみようと思った。


 その瞬間!


 急に術の形が変わり、何かが香へ向かって伸びてくる。感覚としては触手としかいえないような、鞭のようにしなり、弾力のある何かが絡まってくる。

 体をひねり、手を振り回しながら以前の感覚を思い起こそうとする。しかし触手に邪魔され上手くいかない。ずるずると嫌悪感の塊へと引き寄せられていく。


「イヤッ! あっち行け! こっち来んな!」


 必死に抵抗しながら喚きまくる。がむしゃらに手足を振り回し、闇雲に魔素を練り上げる。四方八方へと放たれる香の魔素は、暗闇の中花火のように辺りを照らし出した。

 それは触手の延びる大本をも照らし出し、その存在を香に見せ付けた。


 丸いドームのような術の本体は、その表面をびっしりと赤黒い血文字のようなもので覆われていた。見るだけでおぞましく、嫌悪感と恐怖心を煽るような、そんな物が自分の体に蔓延っているのか!

 香はそれまで感じていた恐れも忘れ、怒りに染まる自分を感じた。訳もわからず人形のようにおもちゃにされ、尚且つこんな仕打ちをされるいわれは無い。理不尽な暴力に怒りが沸くのは、人として当然のことだった。


「何であんなモノ……、キモチワルイ!―――― 出、て、い、け、えー!」


 目一杯、力の限り香は叫んだ!


 まばゆく発光する香の精神体。それに呼応するかのように周りの魔素が集まり、収束し、力の塊となって術へと向かっていく。多くは吸収されその輝きをくすませ縮んでいく。しかし香の魔素の大半をつぎ込んだ無意識の攻撃はすさまじく、徐々に術の形がいびつに歪み、取り込んだ魔素のはけ口を求め膨張していく。

 不定形のスライムのように、幼児が無秩序にこねくり回す粘土のように、伸ばされ、縮み、潰され形を変えながら、少しずつ膨らんでいく。


 表面がひび割れ、そこから香の魔素の輝きがもれ始める。



「香くん、こっちだ!」


 不意にボートネスの気配に包まれ、引きずり込まれる感覚と共に、魔素の洪水が起こった。溢れ出た魔素は留まる事をせず体中へと溢れていく。髪の毛の先までいきわたる魔素の感覚に、香は驚きながらも気持ちよさを感じた。


「大丈夫か? 何か異常はないか」


「……はい、すみません。大丈夫だと思います」


 一気に引きずり出され、ぼんやりとしながらも答える香にほっと息を吐くボートネス。

 震える香を見つけようと再度入った内部は、魔素の火花が飛び散る混乱状態だった。何とか香を見つければ、膨大な魔素を練り上げ術へと攻撃を仕掛けている。

 今止めることは、集められた魔素の爆発を意味する。その力のまま、ここで暴発すれば自分の魔素とはいえ無事ではすまないだろう。そう思ったボートネスはいざと言う時香を保護できる場所で見守っていたのだ。


 香の攻撃に術は耐え切れず、膨張し破裂した。溜め込んでいた魔素をばら撒きながら、そこらじゅうに飛び散った。

 こちらへと迫ってくる魔素の奔流を呆然と見る香を引っつかみ、意識の表面へと引っ張り出す。覆いかぶさった香は一瞬抵抗しようとしたが、ボートネスとわかると抵抗をやめ体を預けた。

 ボートネスの背をなめながら香の魔素が暴れ狂う。その中を引っ張り出したのだからボートネスの消耗は激しかった。


 香の無事に気が緩み、めまいを覚え椅子に深く座り込む。脂汗を浮かべながら肩で息をするボートネスに、香とフォルハは慌てて医務長を呼びに行った。



「なんのことはない、ただの過労ですな」


「え、だって、そんな……」


「副師団長、机に向かってばかりで、鍛錬を怠りますとこうなりますね」


「――ほっとけ……」


 憮然とした顔で医務長を見るボートネスに香とフォルハは肩をなでおろす。二人が目覚める直前、魔素が一時的に高まり香の体が淡く光ったのだ。香の中で何かがあった事は間違いなく、そのことで消耗してしまったとしかフォルハには思えなかった。

 だから対処できるであろう医務長を急ぎ連れて来た。


「副師団長さん、……本当にごめんなさい。ボクがもたもたしてたから……」


「医務長に見てもらえ。多分、術は香くんが破壊しただろう。もしかしたら、術の欠片が悪さをすることも考えられる。後始末は重要だからな」


 ボートネスは少し青い顔に笑みを浮かべながら、香くんはなかなかやるなと頭をなでた。



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