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47 師団長の言葉に香と保護者二人は姿勢を正す。

 香を抱き上げたまま進む医務長は、副師団長室を過ぎ、師団長執務室へと足を運んだ。怪訝な顔で自分を見る香にニヤッと笑い、そのまま執務室へと入っていく。


 慌てたのは後ろの二人である。


 師団長執務室とは気軽に訪ねていい場所ではない。訪問の許可を取るか、師団長に呼び出された場合にのみ訪れる場所なのだ。その場所へ躊躇無く入ったということは、医務長は事前に訪問の許可を取っていたということである。

 どうするかと扉の前で顔を見合わせた時、中から声が響いた。


「ザント! アルバ! そこに居るのだろう、早く入って来い!」


 師団長の声に、我先にと入る二人。そこで見たものは、向かい合わせでソファに腰掛ける四人の男と、医務長の膝の上で小さくなっている香だった。

 振り返り、二人を見つけた香は手を伸ばし医務長の膝から降りようとする。しかし医務長に阻まれ、しょぼんとなってしまった。


「医務長、放してあげなさい。彼らのもとへ行きたそうだ。無理を強いると嫌われてしまうぞ」


「おや、先ほど大好きの言葉をもらったばかりで、嫌われるのは遠慮したい」


 師団長の指摘に返しながら、医務長は自分の隣へと香を下ろした。そうなると二人の争いが勃発する。誰が香の隣に座るか、である。


 そんな二人の不穏な空気を感じた香は、ユーリックへと手を伸ばした。

 ギルベルへと目をやりながらユーリックは香の隣へと腰を下ろす。それを待っていた香は、ユーリックの膝へと乗り上げ、ギルベルを招いた。


 ユーリックの膝の上で、香は二人の手を取りニッコリと笑う。それだけで、二人のまとう空気は軟らかくなった。

 香の意思であれば、ここは譲ってやろう、そんな顔つきのギルベルと、至福の顔をしているユーリック。そんな美丈夫二人と手をつなぐ香は、もしかしたら今の自分は調子に乗ってるかも、なんて乙女の心で思っていた。



「そろそろいいか?」


 師団長の言葉に香と保護者二人は姿勢を正す。


「医務長、香くんの体のことは説明したのか?」


「詳しいことは話していない。扱いを習いながら、ボートネス殿との共同作業になると、思っておった」


「ふむ、それならばこちらの用件は説明の後のほうが良いか……」


 促された医務長は、五年前に保護された子供の状態と、今の香の状態がほぼ同じである事。そして、その子供は、保護されて一ヶ月ほどで、術が原因で亡くなったという事を、香たち三人に知らせた。


「その子供と同じ状態と言うことは、香くんの下腹部には術が施されていると……」


 香の下腹へと手を置きながら、ユーリックが呟く。ギルベルは唇をぎりっとかみ締めた。プレスの言葉が甦る。


「何とか解除する事は出来ないのか!」


 身を乗り出し、医務長へと詰め寄るギルベル。


「医務長は自分では無理だといっている。だから王都に居る彼の師匠を頼る」


 師団長の言葉に、医務長へと視線が集まる。その胸元から一通の手紙を取り出し、テーブルへと置いた。


「私からの紹介状の様なものです。少し変わり者ではありますが、魔素の扱いと術の知識は一番といってもいいでしょう」


「と、いうことだ。私の王都行きへ香くんに付き合ってもらいたい……、も、もちろん二人も一緒に」


 ギロリと二対の視線を浴びた師団長は、慌てて最後に付け足した。


「はぁ、だから、からかうのは止めてくださいと言ったでしょうに……、ザント、アルバ、辞令です。陛下の即位十五周年記念式典に出席する師団長の護衛に任じます。ザントの小姓も同行を許可します。出発は三日後二の鐘、準備は後に知らせます。よろしいですね」


 フリーブル副師団長の言葉に二人は起立し、騎士の礼をもって拝命した。


「フリーブル副師団長、護衛にライト上等兵(フォルハ)も同行願えますか?」


「………、いいでしょう、許可します。明日あなた達への辞令書と共にライトの分も出しましょう。よろしいですか、師団長」


「ああ、いいだろう。彼には、香くんも懐いていると聞いた」


「では、肩を労わり体調を整えて下さい。それが香くんの任務です。いいですね?」


 フリーブルは香と目を合わせ、言い聞かせる。しっかりと返事をする香に満足そうに頷いた。


「アルバはこの後、厩舎へ向かい、馬と顔合わせをしておくように。ザントは昨夜の残務処理。香くんはボートネスから操作の基本を習ってください」


 解散です、の言葉と共に、ネイスバルトとフリーブル以外が部屋を後にする。入れ替わりに控えの間から従卒と護衛が元の位置に付く。


「師団長、くれぐれも不用意な行動はひ……」


「解っている! 俺も子供ではない。多少の自制心は持っておるわ」


 一歩下がり、それでも何か言いたげなフリーブルに、顎で退出を促すネイスバルト。その背を見送ると足音高く執務机へと近づき、引き出しから、乱暴に握りつぶされた数通の手紙を卓上に放り投げる。

 大きくため息をつきながら席に着き、ちまちまとそれらを伸ばしていった。



  〜・〜・〜



「医務長さん、医務長さんの先生ってどんな人?」


 香の歩幅に合わせゆっくりと進む医務長に、香が問いかける。う〜ん、と言葉を捜し宙を見る医務長に変わりボートネスが答えた。


「精霊族なら一筋縄ではいかないのではないか?」


「精霊族?」


「ああ、人よりも精霊に近いほどの魔素の持ち主だ。外見に違いはないが、寿命は我々の倍にはなると思う。実際に会った事は無いからどれほど大きい魔素の持ち主かはわからんが」


「いや、強大な魔素を持っておる。それを十全に操る事も出来るから、もしかしたら《蛇》の精鋭と互角以上に戦えるだろう」


 医務長の言葉に香を除く三人は驚きの声を上げる。《蛇》第7師団は、遊撃と諜報を主な任務とする魔術士部隊だ。その精鋭と互角以上に戦えると言われれば、いくらいがみ合っているとはいえ、いい気はしない。


「じゃあ、そんな強い人は今何してるの?」


「王都のはずれで、楽隠居のはずだ。以前は王都で治療院の一つを任されていた。そこへ私は見習いとして入り、師匠と出会ったのさ」


 感慨深げな医務長の様子に香は、よっぽど思い出深い事があったのかなと思う。そして年配の人たちは昔話が好きだったよなと、思い出す。ご近所さん達は香を構いながら、よく昔話に花を咲かせていた。香ちゃんは知らないだろうけど、がその時のみんなの口癖だった。

 医務長も昔話をして、治療士さんたちに呆れられたりしてるんだろうか、なんて思ってしまった。



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