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46 「コラッ! 野郎ども! 飯が冷める、さっさと食いやがれ! 」

 香は思いっきり笑ったら、何かが吹っ切れた気がした。


 二人を見れば何時もの笑顔で、目が合う。ただそれだけで、自分はここにいても良いんだと思えるから不思議だった。

 抱き寄せられたギルベルから、トクン、トクンと、鼓動が聞こえる。心地良いその音に耳をよせ、ギルベルに抱きついた。また、目の奥が熱くなったのはご愛嬌。


 ここに戻ってこれたのだから、それだけで何かに感謝したい!


 信仰に関係なく、ただ今の状態に感謝したくなった。アウラに来る前は、神に祈る事はしたことが無い。祈らなくても何とかなったし、助けて欲しい時には、祈っても無駄だと諦めていた。

 でも今、自分があの状況からここへ帰ってこられたのは、何かの力が働いたと思っても良いじゃないか。

 そんな事を思いながら、ギルベルにギュッとしがみ付いていた。



「朝ごはんに向かいましょうか、その後は医務長の診察があるのでしょう?」


 ユーリックの言葉にギルベルは、じゃあ行こうと、香を抱いたまま食堂へと向かう。

 着いてみれば香は注目の的だった。何時も見られていたけど、今日は特別多くの視線を感じていた。


 昨夜、手の空いていた者は、ほとんどが香の捜索にかかわっていた。連れ込み宿の情報が入り解散はしたけれど、皆、香の無事を祈っていたのだ。いまや、むさ苦しい男達の癒しと化した香は、その無事な姿を見せるためギルベルに抱き上げられているとも気付かず、視線に萎縮し太い腕にすがり付いていた。


「僕が席を取っています。ゴハンをお願いします」


 食堂の端に近い席にユーリックは陣取り二人に言った。数あるテーブルを縫う様にカウンターへ進み、朝食を受け取る。


 こそこそと聞き取れない言葉が、香苛立たせる。緊張から強張りギルベルにしがみ付いていた。


 師団員達を恐がるようなそんな自分の体の反応がもどかしく、情けなかった。何時も笑顔で優しく語りかけてくる者がほとんどで、そんなみんなが好きなのだ。

 近所のおばちゃんよろしく、ポケットからお菓子を取り出し、香へと分け与えてくれる団員。空を見ながら今日は寒いから一枚羽織れなんて教えてくれる人。さりげなく、笑いながら道を譲ってくれる団員達。


 そんな中、香はとても良くして貰っていたし、可愛がられていた自覚がある。だから期待に答えようと、笑顔を振りまき砦を闊歩した。でも今、同じ事はできないだろう。それが申し訳なくて、ギルベルの胸に顔を隠した。



「香くん、もし体が辛いなら部屋で食べますか?」


 自分の分を受け取りながら、ユーリックは香を気遣う。香は大丈夫と笑いながら、ギルベルの膝の上で自分の分の食事を食べ始めた。

 香を見守る全ての団員が、香を気にしながら、刺激しないように気を付けながら様子を伺う。


 何とか食べ終わった香は周りを見回し、予想以上の注目に顔を引きつらせる。だが、哀しいかな日本人の性で愛想笑が零れでた。ヒクッと引きつるような笑顔でも、一気に場の空気が変わった。


 良かった良かったと隣同士肩を叩き合う男たち。その様子に毒気を抜かれ香は唖然とした後、アハハハッといつもの笑顔で笑い出す。

 香の緊張が完全に解けた事に笑顔を見せる保護者二人と、クスクスと楽しそうに笑う香。そこから笑いが広がり、食堂は野太い声の渦に覆われた。


「コラッ! 野郎ども! 飯が冷める、さっさと食いやがれ! 」


 調理師パイベルの一喝に飛び上がり、食事をかき込む師団員達。その様子にまた可笑しさが込み上げ、香はお腹を抱えヒィヒィと笑った。




 楽しい気分のまま部屋に戻り、ユーリックが医務長を呼んで来た。


「香くん、体に違和感は無いか、もちろん肩を除いてだが……」


「大丈夫? だと、思います。変わったところは無いと思う」


 香の様子におやっと思い、二人を見る。それにニヤリと返すのはギルベルで、ユーリックはしっかりと頷いた。

 そんな三人に首をかしげキョトンとする香。それにチュッとキスを落とすのがユーリックで、ギルベルはむにむにと頬をいじった。


「良かった、だが念のため、もう一度精査したい。香くん、横になって力を抜いて」


 昨夜と同じように末端から精査していく。香は顔を顰めながらも、身じろぐ事なく耐えていた。


「痛っ!」


 医務長の手が下腹部に来たとき、鋭い痛みが走った。医務長はゆっくりと、香の様子を見ながら、手を動かしていく。


「ここに痛みがある?」


「ある、違和感も、ある。……何か、そこに、ある……。変な、いやな物がある」


 香の答えに保護者二人が殺気立つ。


「ボートネス副師団長に魔素の扱いを習いなさい。そして……、そうすれば、自分で追い出すことも出来る」


 自覚してしまった違和感は、意識を向けなければ解らないような僅かなもので、でもふとした拍子に思い出す、引っかかった棘のような存在だった。


「医務長、あなたの手で何とかならないのか」


「私には無理だ。手を出せば香くんを損ねてしまう恐れがある。ならば、本人がするほうが確実だし安全だ」


 ギルベルの言葉に、悔しいがねと、医務長は自嘲気味に笑う。それは長年、師団の医務を担ってきた男には似合わない、哀しげなものでもあった。


「医務長、ヤツグリさん」


 下女さん達から聞いた医務長の名を呼ぶ。眉を顰め香を見た医務長は、ニッコリと笑う香にたじろいだ。


「医務長さんありがとう。ボク、こっちの言葉は上手く話せなくて、みんなの名前は未だに変になっちゃうけど、医務長さんの名前は発音が似てるからすぐ呼べたんだ」


 起き上がり、医務長をしっかりと見つめ、香は続ける。


「でも、医務長さんは、自分の名前が好きじゃないって聞いたから、呼べなかった。それでもボク、ヤツグリって言う名も、医務長さんも大好き! だからそんな顔しないで、ボク、頑張って追い出すから、だから見てて! ボクが変なのやっつけるの見て! お願いします!」


 真剣な顔で訴える香に、医務長は泣き笑いのようになってしまった。なんとも情けないと零しながら、香を抱き上げ、抱きしめた。


「ありがとう、香くん。……ありがとう、―――― 香くんのおかげで、自分の名前を好きになれるかも知れない」


 少しだけ潤んだ目を隠すように閉じた医務長は、香の耳元で囁くように言った。



「さぁ! 副師団長の所まで私が案内しよう。今から行くぞ!」


 香を抱きしめたまま、医務長はボートネス副師団長のもとへと向かった。後ろに、憮然とした二人を従えながら……。



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