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45 だが所詮、人の口に戸は立てられない。

 師団長執務室で、四人の男の沈黙が降りていた。香に掛けられた術への対処をどうするべきか、皆、口を開く事が出来なかった。そんな中、意を決したのかボートネスが口を開く。


「もしかしたら、魔素を扱える事で、香くんの有利に働く事もあるかもしれません。自分自身で術への対抗策を、立てることが出来るかもしれない。操作の習得は、香くんの意思に任せるといいましたが、急ぎ教え込む必要があるようですね」


 以前の子供は、魔素を引き出されていなかった。つまり自分で魔素の操作は出来なかったのだ。自分で操作できるならば、魔素の循環異常に自分で対処できるはずと、ボートネスは言う。


「しかし、それでは根本的な解決には至りませんな」


 確かに、医務長の言うとおり対処療法でしかない。そう思えばまた顔が曇る。


「王都に、私の師匠がいます。彼ならばもしかしたら、何か、思いつくかもしれません。何か理由をつけてザントとアルバを王都へ向かわせることは出来ませんかな?」


「それならば、陛下の即位十五周年記念式典へ出席する私の護衛、と言うことで良いだろう」


 二人の副師団長に顔を向け、ため息をつきながらネイスバルトは言う。


「師団長不在はわれわれで対処いたします。そちらこそへま(・・)をなさいませんよう」


 フリーブルは、ネイスバルトが王都行きを何とか断れないかと模索していた事を知りながら、ニヤッと笑って返した。

 一気に眉間に皺がよったネイスバルトに医務長は、師匠に手紙を書かなければと逃げ出した。



  〜・〜・〜



 ギルベルとユーリックは香を前に、無言で座っていた。口を開けば余計な言葉が出てきそうで、どちらも動けなかった。ギルベルは助けられなかった子供と香が重なり、ユーリックは人違いでも助けた子供も気に係り、それぞれが黙り込みながら考え込んでいた。


 コンッコンッ


「中隊長、今、良いだろうか」


 現れたフォルハは憔悴しきっていた。部屋に入り、二人の前でがばりと体を折る。


「私の不注意で、香君を危険な目にあわせてしまった。申し訳ない」


 深く頭を下げ、動こうとしないフォルハに、ギルベルはなんと答えていいのか解らなかった。いつもなら、フォルハが付いていれば安全だと思う。それほどにギルベルはフォルハの腕を知っている。

 ただ今回は、相手が悪かった。教団司祭ならば魔素を扱えるものは少ない。しかし、司教はほぼ全ての者が魔素を扱う。それも、術士としての扱いが出来るのだ。


 未熟な者ならば騎士であっても後れをとるだろう。ましてやたった五年で、司祭から司教に上がったのだ。その腕のほどは確かだろう。

 それを伝えたとしても、フォルハは納得はしない。ギルベルとユーリックならば大丈夫だったと、そう確信しているからだ。そしてその確信が、あながち外れていないからこそ、ギルベルは掛ける言葉が見付からなかった。


「頭を上げてください。もし僕が傍にいたとしても、同じ結果だったと思います。魔素は扱えますがまだまだ未熟ですから」


 ユーリックの言葉に体を起こしながらも、フォルハは首を振った。やはり納得は出来ないのだろう。ユーリックは新米騎士とはいっても魔素の保有量も多く、扱いはギルベルよりも上だ。ギルベルは経験と武技で勝っているが、魔素の扱いは基本から中級と言った所か……。


「フォルハ、気にするなとは言わない。だが、引き摺る事は許さない! 香もお前を心配している。起きたら顔を見せてやってくれ」


 抱きしめ街を駆け抜けた時、小さく聞こえた香の言葉を思い出す。フォルハが倒れているから助けてと、か細い声で訴えた。もう砦に居る筈と伝えれば、苦しげな顔に少しの笑みが浮かんだ。

 儚げなその笑みを思い出し、思わず顰めた顔に二人の視線が集まる。


「ギルさん、香くんを助けたときのことを教えていただけませんか?」


 今を逃せば聞く事は出来なくなると、ユーリックが声を上げる。その真剣な目つきに押されるように、ギルベルは医務長へ話した事を繰り返した。


「では、元凶はサヌエル・プレス司教……なのでしょうか、街で偶然出会い事に及んだのか、計画的だったのかが気に掛かりますね」


「多分、偶然の要素が高かったと思う。しかし何らかの情報は持っていたんじゃないかと、そんな気がする」


 答えるフォルハに、ユーリックは目で問うた。


「初め、ぶつかった時は司教には驚きしかなかった。それから香を見て目が離せなくなっていた。あれは初めて見付けたと言うより、この子供が香か、って言うような、確信的な何かがあったように思う」


 ギルベルとユーリックはそろって眉を寄せた。それは、内部の情報が漏れていた、ということに他ならない。

 師団員には、団則により砦内での事には緘口令がしかれている。下働きの者達にも基本、砦内でのことは吹聴しないことが、採用条件の一つとなっている。


 だが所詮、人の口に戸は立てられない。


 何処からか漏れ、プレスの耳に入っていたのだろう。今は憶測でしかないが、大きく外れてはいないと三人は思っている。

 だが今は、漏洩場所を探るよりも香の安全を優先する。捉えられたことの後遺症が無いとはいえない。上に掛け合って、フォルハを傍につけるよう願い出なければとギルベルは思った。





 翌朝目覚めた香は、椅子に腰掛け緩く舟をこぐ二人を見つけ、大きな安堵に包まれたとたん、涙が溢れ出した。なぜかだるい体は起き上がることも億劫で、顔だけで二人を見ながら、ただ溢れるしずくを零し続ける。

 ヒクッとしゃくり上げれば、跳ね起きた二人と目が合った。


「香!」


「香くん!」


 駆け寄り覗き込む二人に、手を上げて抱っこをねだる。安心する腕の中に囲い込んで欲しかったのだ。しかし右肩の引きつる痛みで、昨夜の事を思い出す。


 それまで泣き笑いになっていた香の顔が、一瞬にして凍りついた。そして悲痛にゆがみふるふると頭を振り、伸ばした手を戻そうとする。


「大丈夫、もう、恐い事は無い。ここは砦だ」


 わかるだろうと、ギルベルは香の手を取り、肩に気を付けながら抱き上げた。自分の胸に押し付けるように頭を支え、ゆっくりと体を揺らす。

 香は小さく丸くなりながらも、何かを堪えるように体に力が入っている。そんな香の頭をそっと撫で、もつれた髪を解しながら、ユーリックは香の涙をなめ取った。


「ひゃっ!」


「余計な事は考えなくて良いんだよ! 何があっても、どんなになっても僕は味方だからね」


 クスクスと笑い、ギルさんは解んないけどねと続けるユーリック。ギルベルの睨みがいけば、恐い恐いとおどけて逃げ出す。


 その様子に思わず香は、声を上げて笑っていた。その様子だけで二人は満足だった。



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