43 「……少し待て」
カッカッ、カッカッ
ノッカーの音が部屋に響いた。
香はぼんやりと、男は忌々しげに扉を見る。再度音が響くと、チッという舌打と共に男は扉の脇へと立った。
「プレス様、いらっしゃいませんか? 急ぎ届ける物があると男が参っています。いらっしゃいませんか?」
「届け物?」
「!、はい、メダルをお持ちのご使者です」
「……少し待て」
男は自分が服を脱いだ時、そういえばメダルを外した覚えが無い事に気付く。悪用される前に手元に戻る事はありがたいが、代わりに何を要求されるかわからない。手早く服を調え、警戒しながら扉を開いた。
通路には見慣れたここの主と、見覚えのある男がいた。悪党にしか見えないような大男だ。恭しく礼をとる主を押しのけ、部屋にその身を押し込んでくると、後ろ手に扉を閉め、鍵をかけた。
「内密な用件だ。主は下がっていてくれ」
男を拘束しながら、大男、ギルベルは言った。ベッドの香に目を留め、顔を歪ませながら男の身を、男の服で拘束していく。
「くくっ、なかなか早かったが、少し遅かったですね。その子はもう、私以外で、満足する事は無いでしょう」
「サヌエル・プレス……、貴様、香に何をした」
ギルベルは香を抱き上げ、敷布で体を包みこむ。自分は間に合わなかったのかと、ギッ! と、男を睨みつける。
「おお、恐いこわい。性の扉を開いて差し上げただけですよ。快感に打ち震える様は“精霊”もかくやと言うほどですね」
素晴らしい、と顔を綻ばせながらギルベルを見る。勝ち誇ったように笑うその顔は、覗いた赤い月に照らされ、艶やだった。
「確か……、ザント、でしたか? もう騎士となったのですか? あのときは……、もしかして騎士でしたか? とてもそうは見えませんでしたが」
ギルベルはプレスを無視し、香を隠しながら扉へと足を運ぶ。その耳に、プレスが毒の言葉を注ぎ込んだ。
「香くんは自分から私を求めるでしょう。その時は案内人として歓迎いたします。騎士ザント」
バタンと扉を閉め、抱きかかえた香を誰にも触れさせるものかと、宿を後にする。街を過ぎ砦に着く頃には、ギルベルは肩で息をしていた。
「ギルさん! 香くんは無事ですか!」
詰め寄るユーリックに頷くだけで脇を通り過ぎる。香を抱きかかえたまま、治療室へと向かった。
「バカモン! 何をやっとる、むさいオトコどもと同じ治療をしてどうする、相手は子供だ! 気をつけろ!」
治療室へと近づけば、医務長の怒鳴り声が響いてきた。子供の治療とはどういう事か、砦唯一の子供である香は、今、ギルベルの腕にいる。疑問に思いながらも、部屋に入った。
「ギルさん、連れ込み宿にいた子供です。僕が保護する事になりました。親に売られ、男にヤラレました。後ろはひどい状態です」
ギルベルに付いてきていたユーリックが説明する。
治療台の上には小さな体が蹲っている。
「ザント! 戻ったか、香くんはどうした!」
「医務長、隣で良いか、ここは騒がしい」
部屋を見回し、大勢の治療士が行き来する事に苦笑し、医務長は部屋を移った。ほんの少し香の居なかった部屋は、妙によそよそしく感じられたが、ギルベルは慎重に香をベッドに下ろした。
「香、わかるか、長期療養部屋だ。お前の部屋だった所だ」
香は上気した顔のままギルベルを見上げ、はぁはぁと荒く息をしながら辺りを見回す。小物はないが、見慣れた壁のしみや、木目に笑顔を見せる。そして香は、ギルベルとーリックが変わらぬ笑みを浮かべてくれる事に安堵し、残っていた緊張が切れ顔をくしゃくしゃにしながら涙をこぼした。
「うえ、え、ひく、うえん」
ポロポロと零れ落ちる涙を拭いながら、ギルベルは遅くなった事を香に詫びる。香にしてみれば救い出してくれただけで、もうそれだけで胸が一杯だった。二人とも探し回ってくれたのだろう。自分がへまをすれば二人が貧乏くじを引くんだと自覚したはずなのに、また迷惑をかけてしまっている。
「ごめっ、なさい、ぎうべる、……ゆーり、ごめ、な、さい……」
香の口からは謝罪の言葉が溢れてくる。呆れられて見捨てられるんじゃないかとか、面倒事はごめんだとか、香の相手はしたくないとか、思われる。
その強迫観念のような感情に流されるまま、香は二人に謝り続けた。
二人は香のせいじゃないとか、もう大丈夫とか、在り来たりな言葉を掛けるが、香の気が晴れたようには見えなかった。ギルベルは女を口説くときには、よく回った口が貝のように閉じ、ユーリックは気の利いた言葉を思いつかない自分を責めていた。
「そこまで! 香くんの具合を診たいから二人は席を外せ」
二人は息を呑んで医務長を見るが、医務長が顎をしゃくれば香の頭をなでた後、目を伏せ、連れ立って部屋を出た。
「香くん、私が解るかい? 今から体を見せてもらうよ、いいかい?」
優しく頭をなでながら医務長は言う。しかし香は、いまだ興奮状態にある自分の体を見られることは遠慮したい。遠慮どころか、絶対にごめんだった。
医務長を見上げ、フルフルと首を振り小さくイヤだと訴える。泣いていた瞳は未だ潤んでいて、目元を赤く染めながら一粒零れ落ちた。
医務長としても香の嫌がることは極力したくはないが、攫われた先で何を施されているか解ったものではない。一刻も早く体中を精査して、自分が安心したかった。だが、精神が昂ぶって見える香を、追い詰める事はしてはならない。ゆっくりと香の頭を撫で、目を合わせながら問いかけた。
「香くん、君の体がどういう状態なのか、きちんと確認しなければならないんだ。もし何か術を掛けられていたとしたら、早く解かなければならない。それは解るね。そして、そのためには体を調べさせてもらう事になる」
頷きながらも瞳は潤み、体は硬直していく。医務長には香が体を見せる事に、異常なほどの抵抗がある事を知った。敷布で包まれたまま、顔と手先だけを出し、窮屈なはずのその体勢を解こうとはしていない。
「香くん、薬を使われたのか? 今もしかして、自分のものが立ち上がっているのかな?」
医務長の予測は当たったようで、香は目を見開いた。




