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41・42 「その子から離れなさい」 ★

R15 不快な表現があります。

 どこかざわつく街の空気を感じながらも、香は目の前の男から目が離せなくなっていた。市で見たときには、少し美形だと思った程度。しかし今、月光に浮かび上がる男の顔は、いっそ丹精といってもいいほど整って見えた。しかしその目は酷薄さと傲慢さに溢れ、香を見つめる視線には一滴の好意さえ浮かんではいない。男は嫌な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと近づいてくる。


「はじめまして、かな……香くん」


 言葉と共に手が伸び、香の頬をなでる。嫌がり顰める顔を楽しむようにふふっと笑い、その手を首へ、鎖骨へと滑らせて行く。


「綺麗な肌ですね、異国の名を持つ香くんはどこの生まれなのでしょう、興味は尽きません」


 触れられる手から逃れようと心は逸るが、体は動かない。手は鎖骨を過ぎ胸から脇へと進む。そこで違和感を感じ、服の感触がないことに気付いた。


「無粋な服は脱がせてもらいました。綺麗な肌を隠すなんて、もったいない事はしたくないのですよ」


 美しい子供は生まれたままが一番です、と続けられた言葉に、香は自分が全裸だと知った。触れられた場所から肌が粟立ち始める。


 香は滲む視界の中、男の手の感覚から何とか気を逸らそうと頭を働かせる。ここは何処だろうとか、フォルハは大丈夫なのだろうかとか、ギルベルたちは来てくれるだろうか……とか。


「閨の最中によそ事を考えるのは宜しくないですね。こういう時は相手に集中しなくては、不興を買って余計な傷を作る事に繋がります」


「――! っぁあ゛、…アァ……」


 動かないはずの体が、魚のように跳ね上がる。痛みと衝撃に体は痙攣し、汗が滲む。そんな香の体には頓着せず、握り締められた手もそのままに香に囁く。


「私のモノになりなさい。優しくして差し上げます。導師としての私ではなく、私個人のモノとして一緒にいらっしゃい。悪いようにはしませんよ」



  〜・〜・〜



 甘い匂いが漂う中、扉の向こうからベッドの軋みや、小さな噎び泣く声が聞こえる。驚かせば香に危険が有るかも知れないと、そっと取っ手を回し体を滑り込ませる。オレンジのランプのもと、ベッドの上で重なり合う二つの体があった。

 忍び寄ったユーリックは、男の背後から首へと手を回しその目に刃物をちらつかせる。


「その子から離れなさい」


 突然の事に混乱するも、光る刃先に男は両手を挙げる。拘束した男を床に放り出し、小さな体を抱き上げた。


 それは…、薄茶の髪の見慣れぬ子どもだった。


「お前が連れ込んだのは、この子だけか!」


「いきなり入ってきて何だって言うんだ!!連れ込み宿に男娼連れ込んで、何で襲われなきゃなんねえっ!」


 薄目を開け、朦朧としながらユーリックを見る子供が頭を持ち上げる。


「君は男娼なのか?」


 子供が答える前に男が叫んだ。


「そいつの親父に金は払ったんだ! 今夜一晩何したって文句は言わせねえ!」


 ビクリと震える肩が、男の言葉を事実だと言っている。しかし男娼館でも十歳未満の客取りは禁止されているはずだ。この子供はどう見ても香と同じくらい、すなわち、五、六歳にしか見えない。


「子供への性的行為は厳しく取り締まっていただけますか?」


 後ろで様子を伺っていた華宿の主に向かいユーリックは言った。その隣には此処の主らしき男が顔を青くし、その後ろで小僧が震えていた。

 華宿の主にしてみればこの位の子供が客を取る事に、何も感じる事はない。ただ騎士に見つかった事に憤りを感じていた。

 表向き低年齢の子供に客を取らせれば、罰則が降りることになっている。それは本当に表向きであって、実状は違いほとんど放任していたのだ。

 此処で見付かったからと罰則を行使すれば、娼館街の存続にかかわってくるだろう。それだけ子供は多かった。


「承知いたしました。捜していた子供とはその子で間違いありませんね」


 もし人違いならば、師団に乗り込んでやると心に決めユーリックに尋ねる。


「ええ、この子は引き取らせていただきます。よろしいですね」


 有無を言わさず、人違いをおくびにも出さずユ−リックは言い切った。敷布を貰います、と言い置き子供を包み一緒に来た師団員に託す。そして娼館街を後にした。



  〜・〜・〜




 ユーリックと共に宿へと駆け抜けている時、ふと見上げた窓に見覚えのある顔を見た。


 以前、教団に押し入った時、対応に出てきた司祭だった。慇懃に言葉をつむぎ、ギルベル達をのらりくらりと躱していった。その不快感と共に胸に仕舞ったメダルを思い出す。

 泉で拾った階位メダルは司教のものであいつは司祭だった。だが、階位が上がっていないと誰が言った。


 可能性は全て潰す。それが今、自分達に出来る最善だ。ユーリックには告げず一人列を離れ、司祭を見た建物を目指した。



  ~・~・~



「いいかげん私の声が聞こえているのでしょう? この香りの中、これだけ抵抗できるのは稀有なのです。それだけ素晴らしい魔素を持っているという事。人に分け与えてこその、その才能です。私のモノとなりなさい」


 反応を返さない事によって男をより怒らせることになっても、香は人形のようにベッドに体を投げ出していた。


「香炉はとうに消しました。そろそろ体の自由が戻って来る頃でしょう。香くんの体には負担が大きいでしょうが、私を受け入れてもらいますよ」


 ぼんやりと男の言葉が、香の中で意味を持ち始める。自由が戻る、そう言った。それに気付き、体に力を込めていく。指先を動かし、膝を持ち上げ、体をひねる。



「いけない子ですね、私の許可無く動くなんて、逃げようとでも思ったのですか?」


 それはダメですねと、腕を引き上げながら言った。


「ぃっ、ぅ痛っ、い……」


「そうそう、こちらの腕は外れていましたね、忘れていました。すみません。……もう、逃げる事は出来ません」



  〜・〜・〜



 ギルベルがあの男を見たのは、五階建ての、四階角部屋。このアリで五階以上の建物は多くは無い。この近辺であればサーバルという高級宿しかなかった。

 走り寄り、見上げれば部屋から漂って出たであろう、秘香の香りが鼻に付いた。運良く子供を保護できたとき焚かれていた香だ。捕らえた教団関係者を問いただせば、体を弛緩させ、痛みを抑え、催淫作用を持たせた香だと言う。教団独自の物で、配合は秘匿されていた。


 その煙が漂っているという事は、ここに香がいる可能性は高い!


 急ぎ宿に入り上階へと上ろう階段に足をかける。


「お客様どちらへいかれますか」


 踊り場から現れた屈強な男はこの宿の用心棒だろうか? ここで問答する暇は無いとばかりに脇をすり抜けようとする。そんなギルベルの動きを許すはずも無く、男は立ち位置を変え、戦闘のかまえを見せる。


「そこをどけ! 急用だ!」


 イライラと声を荒げるギルベルの背後から、おっとりとした男の声がした。


「お客様、どちらへ御用でございましょう。宜しければ私が承ります。どうぞこちらへ」


 振り向けば、この宿の主がいた。王都からの貴族へも対応する宿の、主だ。此処で事を荒立てても良い事は無い。時間が惜しいが、ギルベルは主の後に従った。


 どうぞ間に合ってくれと何かに祈りながら……。


R18表現を切ったため二話分を一話としました。

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