40 「こ、・は、・こ・・・」
そっとベッドに下ろされた香は、いまだ目を開いていない。
日は完全に沈み、月が辺りを照らしていた。夜の帳の中、明かりもつけず香の服を剥いでいく。全てを剥ぎ取り全裸を見た男は、ほぉっと感嘆のため息を吐いた。
銀の髪が煌めき、白い肌が月に浮かび上がる。細い肢体には程よく肉が付き、男の手を待っているかのようだった。力の抜けた体はくたりと広がり、腕も、足も少し開いている。掴んだ右腕は赤く腫れているが、そのことを気にするような男ではなかった。
男は満足そうに香を見た後、自分の荷物から香炉を取り出し燻らせる。自分は袋から取り出した丸薬を口にした。
窓を赤い月が横切り、黄色の月が顔を出す頃、香は目覚め始める。
胸の動きが大きくなり、手足がピクリと動き始める。肌寒いのかくるりと丸まり寝返りを打てば、ビクリと飛び上がるように、顔をしかめながら目を開けた。
〜・〜・〜
街に散った師団員達は宿を中心に聞き込みを続けていた。曰く、貴族のお忍びのような奴はいないか、曰く、大きな荷物を抱いて入ったものはいないか。
ユーリックは焦っていた。ギルベルから聞いた事が事実であれば、一刻も早く香を救出する必要がある。香に、男娼まがいの事をさせるわけにはいかない。
教団では幼いうちに親元を離された子供に付く導師が、その子を性に導いていく。倫理観を壊し、快楽を引き出し、溺れさせる。その子供達を若返り薬として、高位貴族へと差し出していく。そんな教団の裏の顔を知らされれば、穏やかではいられない。
香をその毒牙に捧げる訳にはいかないのだ!!
〜・〜・〜
痛みに顔をしかめながら目を開く。見慣れない壁に違和感を覚えながら、部屋を見回す。窓の外には黄色い月と砦の尖塔。鼻を付く匂いに顔を覆いたいが、体の自由が利かなかった。
驚いた香は急いでしっかりと見回した。そして、市で見た男を見つける。ニタリと笑うその顔は嫌悪感を誘うものでしかなく、少しでも離れたいと体を動かし、激痛に身を捩った。
「こ、・は、・こ・・・」
ここはどこ、そう言葉にしながらも声にはならない。のどが張り付いて声にならないのだ。舌も上手く動いている感じがしない。自分の体が、自分の思うように動かない。
気付けばそれは恐怖でしかない。今、自分を思い通りに出来るであろう男は、香にとって未知の人物なのだから。これが、ギルベルやユーリックであれば、なんら不安や恐怖はない。フォルハでもそうだろう。そこには自分にひどい事はしないという、香の信頼があった。
だが、この男はフォルハに何かをして、香をここに連れ込んだ。香の意思を無視し、フォルハの姿は見えない。それは自分が何をされるか解らないという、恐怖へと繋がっていった。
〜・〜・〜
アリ南西部に位置する娼館街の中、中堅所に位置する連れ込み宿に、大きな荷物を持った男が入ったと知らされたギルベルたちは、確認もそこそこに宿へと直行する。団服は着てはいないが屈強な男達が集団で駆け抜ける様は、一種異様で人目を引いた。暗くなれば人が疎らになる表と違い、人の増える娼館街へ集団で押しかけるのだから、とうとう狂った集団が現れたと師団に助けを求める者も出る。
急ぐ男達はそんなことに構ってはいられない。一刻も早く香の無事な姿を目にしなければと、血走った目で街を走り抜ける。
娼館街は塀で囲まれた、ひとつの治外法権の地と化している。娼館を持つ主たちの寄り合いによって、裁きが下されるのだ。そこには執政官の威光も赴任師団の力も及ばない。自分達で収めているという自負が娼館街に住む住人の誇りである。
そこへ大勢の師団員が武力を笠に乗り込めば衝突は必至。そうならないための私服だったが、人数が多ければ警戒されるのは当たり前だった。
唯一つの門の前で、入れろ、入れないの、問答が始まる。
ユ-リックが不法に拉致された子供が連れ込まれた可能性を解き、中へ入れるようにと要請する。宿を教えれば娼館街の私兵が助け出すから待っていろ、それとも全員娼館が目当てか?などと揶揄され、徐々に団員の顔に余裕がなくなる。
それぞれの立場で睨み合いが続けば、本当の娼館への客は引き返していく。
「何の騒ぎですかな?団員の皆様とお見受けしますが」
「師団は関係なく、行方不明の子供を追ってここにたどり着いた。中へ入れて欲しい」
「それが確かならば大変な事ですが、確証はございますか?無暗矢鱈に争い事を持ち込まれては、こちらも客商売です。迷惑ですな」
娼館街からの帰りの男の言葉で走ってきたが、荷物の中身が香だとは確認は取れない。荷物を持った男と言うだけでは、この主は説得できないだろう。
「そうですな、何時までもここで屯っていられては迷惑です。全員は了承しかねますが、一人二人ならば入っていただいて構いません。ですが、騒ぎはご遠慮願います」
華宿さん!!と門番に屋号で呼ばれた男は振り返らずに、誰が入りますかと尋ねる。振り返ったユーリックは団員の中にギルベルがいないことに、今、気がついた。
そういえば、娼館街はギルベルの管轄といっていいほど御馴染みだったはずである。ここにギルベルが出てこない事こそ、疑問に思わなければならなかった。歯噛みする思いで、自分ともう一人を招き二人で入ると告げた。
早足で連れ込み宿へと急ぐ二人。目的の宿に着けば入り口でまた一悶着ありそうだ。そう思ったユーリックは後ろを振り返り、華宿と呼ばれた主に同行を願った。主も自分が行くことで騒ぎは軽減されるのだから、快く足を運ぶ。普通に歩く速度でだが……。
駆け出したい思いを押し込め、何とか宿に着く。入り口で華宿の主が大きい荷物の客の有無を聞けば、小僧は戸惑いを浮かべながらも頷き、どうしたのかと問う。ちょっと面倒事だと言いながら部屋の場所を聞き出した。
ユーリックたちに向き直った主はくれぐれも荒事は控えるようにと告げ、二人をその部屋へ案内するよう小僧に言う。三階建ての宿の二階奥の部屋がそうだといわれ、小僧を置き去りにして奥へと向かった。
花の意匠が付いた同じ型の扉続く通路を抜け、一番奥の部屋の前へと付く。そこは隙間から漏れ出たであろう甘い香りが充満していた。




