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36 「ふぉるはさん、よろしくお願いします」

 翌朝、ユーリックと香への辞令が正式に下りた。


 ユーリックは正式にギルベルの副官となり香は小姓となった。ギルベル個人が雇用主になるとはいえ、砦での正式な地位が香に出来た事になる。昨日の申請で今日辞令が下りるとは思っていなかったギルベルだが、このことはネイスバルトにとって渡りに船だったのだ。


 師団の保護下にあったが、香に正式な身分はない。落ち人として公にすることがない以上、香はただの身元不明の子供なのだ。たとえ“精霊の子”だとしても、だからこそまずい対応は命取りになる。

 香の懐いているギルベルが面倒を見るのであれば、お互いにとってこれほど良い事はない。師団の上層部がただ面倒事を押し付けただけ、ともいうが一応丸く収まったと言えるのだろう。




 昨夜、ユーリックに脅されて叫んだ鬼中隊長(・・・・)の言葉をギルベルに聞かれた時は本当に香はあせった。

 ギルベルはあわあわする香の頭にぽすっと手を置き、明日から頼むと良い笑顔で言う。香は背中をいやな汗が流れていくのを感じた。


 その後、洗い浚い白状した香にユーリックが青褪めたのは言うまでもない。肝心の仕事内容を確認する前に、ギルベルに連れて行かれたユーリックは香が寝入るまで姿を現さなかった。

 同室の香としてはユーリックをギルベルに売ったようになり、なんだか後味が悪かった。今度から言葉には気をつけようと心に誓い、香はベッドに入ったのだ。



 結局仕事内容は聞けず仕舞いで、部屋で待機と言い残し二人は今日の仕事へと向かっていった。


 部屋に戻れば香の初仕事の始まりである。しかし何をどうするのかは解らない。じっと部屋で待っていればノックと共にフォルハがやって来た。


「香くんいる?中隊長に小姓の仕事教えて来いって言われたんだよね」


「ふぉるはさん、よろしくお願いします」


 ニッコリ笑って挨拶すれば、フォーなんて言いながら、フォルハは呼びすてるよう香に言う。首を傾げながら了解すれば、中隊長たちが呼び捨てでオレがさん付けはちょっとな、と苦笑した。


 香の仕事は部屋の掃除と汚れ物の交換が主らしい。ギルベルの部屋に入り敷布を交換しベッドを整える。後は床を掃き清めて終わりである。

 簡単に終わりすぎ香はこれで終わりなのかとフォルハを伺う。


「後は、洗濯物を洗い場に持っていって、綺麗な衣類や寝具を持ってくること、ついでに香くんの部屋もやっちゃおうか」


 いいよねと心で了解を取りながらユーリックのベッドも整える。二部屋終われば香が両手でギリギリ持てる位の洗濯物の山が出来た。それをえっちらおっちら運んでいく。

 手伝うよと伸ばされたフォルハの手を断り、香は一人で持って歩いていく。重みでよたつく足取りは危なっかしいが、何とか洗い場へと到着できた。


 砦の中庭へと面したその場所は香には初めての場所で、思わずキョロキョロと見回してしまう。井戸から水を汲み大きな桶に浸して洗っていく。汚れた水は脇の溝へと流されていた。

 大きな盥の前で、担当の下女数人が口と手を同時に動かしている。サリナ達とは色違いの下女服で向こうは濃緑、此方はこげ茶だった。大きなエプロンは共通している。口の回転が速いのも一緒だった。

 どうやらこの部屋がいわゆる洗濯部屋らしい。フォルハの指示に従って、隣の部屋へとついていく。そこは壁に作りつけられた棚と、棚に置かれた無数の籠のある部屋だった。棚と籠にはそれぞれ番号が振られている。


「ザント中隊長は56番、騎士アルバは92番だ。それぞれの籠に洗った衣類が入っている。寝具は奥の棚に積み上げられているから好きに持っていく事になる。洗物は伏せた籠の傍に置いていくんだ」


 一番大きな籠に敷布を入れた後、目当ての場所を探し出し、洗った衣類を取り出していく。低い棚でよかった……。香は知らなかったが、汚れた衣類はお風呂の後にどちらかが持って来ていたらしい。


「香くんの洗濯物は中隊長のと一緒になってるはずだから、持っていきなよ」


 確認すればギルベルの大きな師団服に挟まった、自分の服を見つけた。何で挟まっているんだろうと首を傾げれば、フォルハと目が合い彼も同じく首を傾げる。なぜか二人首を捻って見合ってしまい、思わずプッと吹きだした。

 なんだか楽しい気分で、にゃはは、わははと笑いあう様子はたまたま居合わせた人達にも面白かったらしく、クスクスと笑いながら作業していた。


 服は基本大きい物に小さい物を挟んで畳む。大抵クルリと丸めて持っていくからだ。大きいギルベルの服に小さい香の服が挟まれるのは、ここでは何ら不思議ではない。それを見て考えている香が面白可愛く見えて、フォルハがちょっとマネっこをして見たらおおうけに受けたのだ。


 後は部屋の片付けだからとフォルハが促せば、香は楽しげな雰囲気のまま、またもえっちらおっちら階段を上がっていく。今度、荷物運び用の背負子しょいこでもプレゼントしてみようか……。小さな体での道行みちゆきは、足下が見えないと結構危険だろう。


 部屋に戻り、それぞれのベッドへと洗濯物を置く。後は明日取り替えやすいように畳んだ敷布を片付ければ終わりである。


「ふぉるは、これから何するの?」


「いえ、小姓の仕事はこれでお仕舞いですよ」


 まあ、ギルベル付ならね、と心で続けながら続きを促す。


「お昼一緒に食べよう!!先約はある?」


 香からのとてもありがたく、とても危険なお誘いを頂いたフォルハは一瞬迷ったが、香の期待に満ちた瞳を見て一緒に食べようと返した。



「ぎるべる、ゆーり!!おかえりなさい!!」


 昼になり食堂で再会した二人に対し、歓喜の声を上げる香。満面の笑みを浮かべギルベルへと抱きついていった。

 香としてはもう、子供のように欲求に従順でもいいじゃないと、心のままに振舞っている。自分の心に素直に従う事は、子供らしい振る舞いに通ずるんだと、自分に言い聞かせていた。


「今日はふぉるはも一緒で、いい?」


 ギルベルは抱きつかれた勢いでそのまま抱き上げ、香の言葉にフォルハを見る。すまんギルベルと顔に書き、頭に手をやるフォルハ。


「今日はお世話になりましたし、ご一緒しましょう」


 ユーリックの一言で、席の確保と食事の受け取りへとわかれた。香はギルベルとカウンターへと向かっう。

 いつも下から見上げていた厨房をギルベルの腕から一望して見れば、意外に広い厨房にパイベルを始め十人近い料理人が忙しそうに働いていた。



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