35 「おいしいねぇ~」
石の露天を後にして、ぶらぶらと街を歩く。両脇を大きな二人に挟まれ、目深にフードを被れば周りはほとんど見えなくなってしまった。それが不満で体を伸ばし、フードから無理やり顔を出す。見つかれば頭の上から押さえられた。
「む〜っ、まわり見たいです!!」
「さっきの露天で目立ってしまったから、少し我慢です」
自分が顔を曝したことで、今の事態を招いているのであれば、自業自得である。香は素直に両手を引かれていった。
自分の容姿が目立つ事は、街を歩いてみると実感した。皆、髪が暗いのだ。目の色は近寄らなければわからないが、髪は暗褐色がほとんどだった。肌も香ほど白いものは見られない。砦ではそれでも薄い色彩を目にしていたから、外もそこそこ居ると思っていたのだ。
光にすける髪の色は赤だったり茶だったりするが、異世界らしく緑や青と言った人も居た。もしかしたら、ここなら自分の髪もあれほど目立たなかったのではと思ってしまう。
少しの隙間からキョロキョロと辺りをみまわし、手を引かれるに任せること数分。辺りには良い匂いが漂ってきた。雑貨の露天から食べ物屋台へと移動したらしい。
ほら、とギルベルに手渡されたのは串に刺さった野菜とお肉。バーベキューだった。
タレの染み込んだお肉は結構な弾力で、噛むほどに味が溢れてきた。たまねぎやお芋のような野菜はタレが少しで、野菜の甘味を味わえる。
口一杯にほおばる香を横目に、保護者二人も齧り付いていた。
「おいしいねぇ〜」
思わず漏れた一言ににやりと笑う男が二人。ユーリックはどこからか出した布で口元を拭いてくれた。なんか、ベットリついた…。思いっきり子供の食べ方だったんだ。はずかしい。
「これを食ったら砦に帰るぞ。少し遠くまで来たが、今から歩けば香の足でも着けるはずだ」
「疲れたら言ってね、抱っこしてあげる」
ギルベルの言葉に耳元で囁くユーリック。ありがたいけど後ろでギルベルが睨んでるよ!!
フードを少しだけ捲り上げてくれたおかげで、さっきよりも良く見える。
大抵の建物は、木の骨格にレンガの壁。地震が来たら大変だと思う自分が、日本人だと感じた。香が歩く速度にあわせてゆっくりと進むため、回りを見渡す余裕も出来る。
落ち着いた茶色とベージュの町並み。
道行く人は二人に一声かけた後、連行される香を不思議な顔で見ていく。砦に着くまでに両手に余るほどお誘いが来たギルベルは、その全てを断っていた。ユーリックは返事さえしない……。
挨拶を返さなくて良かったのと聞けば、返せば女の子を連れてくるんだよとユーリックが言う。世の親御さんの必死さを知った。下女さん情報侮れぬ…。
砦に着くと夕飯の時間だった。午後一杯歩き回った足は棒のように感じたが痛みはなく、その事が嬉しかった。通路ですれ違う団員は、主に二人へと話しかけるが例外も居る。筆頭はフォルハだった。
「香くん、初市街だって!!楽しんできたかい?今度オレと一緒に行こうか?!」
しゃがみ込み目線を合わせてくれるフォルハは、数少ない香のお気に入りだった。いつも上を向いていると首が疲れてしまうのだ。
ニッコリ笑顔で告げられた言葉に、保護者二人以外と出ても良いんだろうかと、両脇を伺う。そこには怖い笑顔のユーリックと、笑顔さえない怖いギルベルが居た。
「…中隊長、冗談ですってば、ジョウダン!!でも団の休暇は月に四日、他の日の香くんはどうするんです?」
「フォルハ、自分の発言には責任を持て!お前が責任を持って香の相手をするんだ、わかったか!!」
中隊長としてはとっても怖い鬼と化すのかと、香はギルベルから離れ……ようとしたが、しっかりと繋がれた手に阻まれた。
引かれる手にギルベルが振り返れば、自分から離れようとする香がいる。とたんにどうすれば良いのか解らなくなるギルベル。思わず手が緩めば、香はピュッとユーリックの影に隠れてしまった。
おびえられた!?
ギルベルは香の行動が理解できずに立ち尽くす。食堂に続く通路の真ん中で独活の大木の出現である。
夕飯目当てに多くが通る通路の真ん中で、アホ面をさらしてしまったギルベルは、以降、築き上げてきた威厳が木っ端微塵に崩れ去っていた。
香の笑顔と、ごはん食べるの声に何とか戻ってきたギルベルは、さっきはなんだったのかと言うほどの食欲を見せた。
香は様子がおかしいギルベルを心配するが、ユーリックは香ちゃんが笑えばなんでも解決するからと取り合わない。いくらなんでもそれはないと思う香だが、立ち尽くしていたギルベルが香が話しかけたことによって復活した事は事実である。
何ともモヤモヤしながらの食事となった。
お風呂も終わり寝るだけとなった香は、明日のことを考える。
ギルベルの小姓とは何をすればいいのだろう?お小姓と言われれば蘭〇君を思い出すのだが、そういう意味での小姓ではないと思いたい。
多分身の回りの事をするんだろうけど、具体的に何をどうするのだろう?
ベッドの上で頭をかしげる香を、ニヤニヤしながら観察するユーリック。香の百面相はなかなか面白い。丸解りの顔で考えているくせに、いざ質問するときはすまし顔なのだ。多分自分では気付いていないのだろう。今も小姓について悩んでいると思うとなかなか意地悪な気持ちが湧き上がってくる。
中隊長以上が持つ事が出来る小姓はただの小間使いだ。任務の上での補佐には従卒がつく。
ユーリックも騎士となったからには従卒が着くはずだったのだが、香のごたごたで有耶無耶になってしまった。そして自分はギルベルの副官である。
上司としてのギルベルは少々難ありと思うユーリックだが、副官としての仕事は香のお守りがほとんどを占めるだろう。それはなかなか魅力的な事だった。
だんだん顰め面が板についてきた香をからかうべく声をかける。
「香ちゃん、何を悩んでるの?」
「ぇえっと、小姓のお仕事ってどんななのかと思って…」
「香ちゃんの思う小姓のお仕事はどんなの?」
「ぇ、ぃや、っと、エライ人の傍に仕える子?」
何とか搾り出してみれば、それで良いんじゃない?なんて軽く肯定されてしまった。香としては具体的に何をするのかが知りたかったのに……。
「仕えるってわかんないんだけど…」
「仕えている相手に対して絶対服従。命令違反は処罰の対象だったり、食事の用意から下の世話まで生活全般を全て補佐するのが小姓のお仕事……」
香は処罰対象とか、下の世話という所で顔を青くしていく。日頃のギルベルを見れば無茶な事はしないと信じてあげないとギルさん泣いちゃうんじゃないかな、なんて思いながらユーリックは言葉を続けた。
「なんてことは、ギルさんは言わないよ」
ニヤリと笑って香を見れは、ハトが豆鉄砲を食らったようなキョトンとした顔をする。そしてフルフルと震えだし拳を握ってユーリックを見た。
「ゆーり、からかっちゃダメ〜!!本気でどうしようか悩んじゃったじゃない、ぎうべる、そんな事しないと思うけど、さっきの鬼中隊長見たから解んなくなっちゃったんだから〜!!!」
言葉は喋れるようになったけど、固有名詞は変換されず、舌っ足らずなまんま呼ばれた自分の名前にユーリックは笑い声を上げた。




