番外 ボーロックにて
ペイデル、ボーロック間はおよそ50キロ。馬で半日の距離である。駆ければ鐘二つ(4時間)ほどで着く。つまり急げば日帰りが可能な距離なのだ。ほぼとんぼ帰りになるが……。
「何故、湖への案内が出来ない。礼はすると言っているだろう、さっさと連れて行け!さもなければこちらで勝手に向かわせてもらう」
村長の家の前、ローブを纏った長身の男が、村長ジャンキスを前に声を荒げる。
「クング司祭、湖はわたしらにとって貴重な、大切な場所なんですわ。おいそれと他所のお人を連れて行く場所じゃないんです」
それを受けるジャンキスはほとほと困ったと眉と肩を下げ、揉み手をしながら応えていた。
「我ら教団の者が“精霊”様に対して無礼を働くとでも思っているのか!!一目会えれば良いのだと、何度言えばわかるのだ」
「ですからご案内したはずです。途中で逸れたのは此方の所為ではございませんです」
「だからこそ、再度向かうのだ!何故わからぬ!!」
村の者達が遠巻きにする中、激昂するアースレア教団、司祭ティーサ・クング。その脇にはマントで全身を覆い隠した、クングの腹ほどまでしかない者が居た。顔も見えず言葉も発しないその様子は、ただ不信感を煽るばかりである。
ペイデルに拠点を置き、毎日ボーロックへと馬で駆けてくる。この大小の二人は村では日常となり始めていた。
最初は丁寧な言葉で申し出ていたクングだが、二度三度と湖へたどり着けず案内と逸れてばかりとなれば、村人が何か細工をしたのではないかと疑いの目を向けているのだ。
案内人は普通に湖への道を辿って行くのだが、後ろを振り返ればいつの間にか二人はいなくなっている。二人こそ、からかうのはいい加減にしろと、案内を買って出る者はいなくなっていた。
村人にとっては三つ月の後入れなくなっていた湖へと道が開けたのだ。滞っていた香水の製作に掛かりきりである。面倒事は遠慮したいと言うのが本音だろう。
「今日も来てたの?」
「ええ、ここ最近は連日来てるわね」
結婚式の打ち合わせに村を訪れたセイリック・アルバは、婚約者のサーシャに尋ねた。弟ユーリックからよそ者には気を付ける様にといわれ、わかったと答えてはいたが、本気で誰かがやって来るとは思っていなかった。
そのうち話の種に、香水の仲買人でも湖へ案内するぐらいであり、来るとしても教団が正式に“精霊の湖”と認めてからだろうと思っていた。
しかしユーリック達が湖畔への道をつなげ砦へと帰った後は、お祭り騒ぎのように次から次へと人が訪れた。一番近い町ペイデルから来たとしても一泊しなければ、ゆっくりと湖畔を巡ることは出来ない。そんな僻地に大勢人がやって来るとは思っていなかったのだ。
だが、初めこそ戸惑ったが、二十日もすれば人も減ってくる。二ヶ月が過ぎた今では日に一人、二人だ。
今、騒いでいる大人と、付き従う子供を除けば……。
「義父さんはなんて?」
「父さんは案内しても逸れて騒ぐからいいかげんにして欲しいって、私もそう思うわ、何かすると森に入る人の後をつけようとするんだもの」
「俺が行って来ようか?道ならわかるし」
少し驚いたサーシャに笑顔を向け、ちょっと行ってくると残して、ジャンキス達の元へと向かう。
「私が案内しましょうか?」
ジャンキスは驚き、クングはさっさと案内しろとセイリックを急かした。心配そうなジャンキスに目で大丈夫と合図して、セイリックは二人を先導して行った。
森へ入れば道なりに進むだけである。慣れ親しんだ小道を、後ろを確認しながら進んでいく。弟が訪れた頃は青葉が眩しかったが、今では生い茂った緑が行く手を阻み始めていた。
丈の高い下草を分け、伸びた枝を避けながら煌めく水面が見える頃、振り返ったセイリックは人影を見つけることは出来なかった。
辺りを見回し、少し戻ってみても後ろにいたはずの二人は見つからなかった。先ほどまで、草を踏み分けたり避けた枝の葉擦れの音が聞こえていたのだ。その音で安心して振り返る頻度が落ちていたが、誰が音だけがついてくると思うだろう。セイリックの心にじわじわと焦りと不安がわきあがってくる。
大きな、何かの、意思があるのだろうか?
今までの案内人もこの気持ちを味わったのだとすれば、それを聞いた村人が案内を買って出るとは思えなかった。ただでさえ大事な“湖の精霊”の機嫌を損ねる事はするはずがない。
〜・〜・〜
前を進む背を見失わないよう、しっかりと着いて行く。長い下草に足を取られながらも、案内人がある程度均して行くのでまだ歩ける。
村を訪れた最初こそ案内人の後をもたもた着いていき、途中足を休めたとたん見失ってしまった。歩きなれない小道にしてやられたと、再度の案内を頼んだのだ。
その後は一生懸命足を動かすが、それでもふと足を止めれば見失う。足を止めなければいいと動かせば、手を引くキョーセがバランスを崩し足をもつれさせてしまった。そして二人きりとなるのだ。
声を大にして呼んでも案内人は無視し、ずんずん進んでいく。その背を見送る事が続けば村人に対する印象も侮蔑を含んだものとなっていった。
村に戻り、案内人を問いただせば、すぐ後ろにいたはずなのに振り返ればいなかったと、そろって言う。そしてクングの声など聞いていないと言うのだ。
もしかしたら自分のわからない何かがあるのかもしれない、クングは教団に現状の報告と、今後の指示を求めた。術式を使った鳥は二日もあれば帰ってくるはずなのだが、五日を過ぎても返事は来ない。再度の鳥も帰らなかった。
これは教団から切られるのではと、一目“湖”を見なければと必死に連日通っているのだ。
“精霊の子”として連れ歩くキョーセは近年にない魔素の持ち主である。傍にいるだけで細胞の活性化と身の内の魔素の循環で心身ともに充実するはずが、クングはその恩恵を実感できないでいた。
またキョーセはペイデルを出ればとたんに無口になり、意思を感じさせなくなる。それもクングを不安にさせることとなっていた。
上から下がる枝をよけ、前を見れば案内人の姿が消えていた。今までの様に背を見送ることもなく、自分達の足も止まっていなかった。ここまで来ればクングも認めなければならないかと、覚悟を決める。
自分達は“湖の精霊”に拒否されているのだ。
それを認めることは“精霊”を信仰の対象とする教団の司祭にとって、自分を形作る根底を突き崩す事である。
それ以後、クングは村を訪れる事はなかった。
次回より一日一話更新となります。




