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33 「じゃ、じゃあ、街に出てもいいですか?」

 朝、目覚めた香は大きく伸びをして、体が軽い事を実感する。昨日思いっきり寝たのが良かったのか、食事が取れたことが大きかったのか、とてもすっきりとした気持ちの良い目覚めだった。


 見慣れた部屋には香一人で、少しさびしく感じる自分に二人への依存を知った。


 ベッドから降り窓を開けたところで、右手足の痛みがないことに気付く。昨日は治りきっていなかった傷の痛みがあったはず。

 もう一度ベッドに戻って包帯を取ってみようかと考えた。でも、隣は治療室で医務長もいるだろう。ここで勝手に取って怒られるのは勘弁したい。でも、魔素の循環が直った事によってどれほどの違いがあるのか興味もある。


 左手で包帯の結び目をごわごわ引っ張った。


「香ちゃん起きてる?」


 ノックの音と共にユーリックが入ってくる。


「ぁ、あわ、わわ、ぉ、起きてる……おはよ、ゆーりっく」


 いたずらを見つかった子供のように、取り繕う香。ユーリックはほどけ始めた包帯を見て、なんとなく香の様子に合点が行く。


「香ちゃん、食事が終わったら医務長に傷を診てもらおうか、昨日より大分良くなっているはずだしね。包帯もその時、直してもらおうね」 


「!!!……、はい」


 観念し肩を落とす香に、ユーリックは思わず駆け寄り、抱き上げ、抱きしめ、放り上げた。


「ふぁ、ぁあああ!!!ふぇ、っく…」


 急に空中へ放り出された香は、抱きとめられると思わず涙が滲み出す。


「ぁ、っあ!!ごめん、なんか香ちゃん元気になったと思ったら、思わずやっちゃった…」


 涙を堪える香の頬や頭をさすりながら苦笑するユーリック。


「何時まで遊んでいる?医務長の診断が終われば、副師団長の元へと向かわなければならん。遊んでいると昼になるぞ」


 呆れたギルベルに促され、香とユーリックはそそくさと準備を始めた。




「香くん!!もういいのか!?大丈夫か、まだ寝ててもいいんだぞ、ワシがおいしいの作ってやるからな」


 食堂のカウンターに近づいたとたんにパイベルから声が掛かる。


「ありがとう、いつもおいしく食べてます」


 伝えればぽかんと口をあけて香を見る。他の厨房のみなも同じ顔である。



「ぇ、ぇえ、え〜!!」


 食堂にどよめきが走った。香が喋った衝撃は本人が思っていたより大きく、多くの者があんぐりとあけた口を閉じる事を忘れている。


 香は知らないが、香が喋れないのは周知されていたし、言葉がわかることも同様だった。そうすると想像力を働かせる者がでて来る。

 注目されている二人が保護している事もあいまって、よほど衝撃的な経験をして言葉を失ったのだと思われていた。そして、またも木からの落下と言うショックを受けたのだ。元気な笑顔を見れればいいと思っていた者達が、香の言葉の復活に驚きを隠せないでいた。


 ざわざわとどよめく食堂の様子に香はユーリックの陰に隠れる。自分の事を心配していた事はわかったが、注目されることには慣れていない。握り締めたユーリックの団服の裾の中に入ってしまいたくなる。


「大丈夫、隠れなくていいよ」


 強張った手をほどきながらユーリックがいう。とたんよそよそしい空気が食堂を覆った。ギルベルが何かしたのだろうか?テーブルの方を向いたギルベルの背が、なんとなく怖い気がする。


 おいしいはずの食事も周りが気になって集中出来ない。哀しく思いながら完食し、医務長に会った後、副師団長ボートネスの元へと向かう。

 医務長からは、塗り薬で後数日だろうといわれた。全ての傷口で薄っすらとピンクの皮膚ができ、騒動の元になった丸い傷口の周りだけ少し紫に変色していた。その痕も十日ほどで消えるらしい。


 聞いていた香よりも付き添っていた二人の方がほっとした様子だった。今日はずっと付いていてくれるのだろうか?香としては嬉しいのだが、それぞれ任務があるだろうと、聞いてみれば一日休みを貰ったらしい。その代り明日から少し忙しくなるといっていた。



  〜・〜・〜



「私としては余り急いで術を覚える必要は感じない。香くんが覚えたいのであれば協力はするが、今のままでも十分に操っている」


 ボートネスは入ってきた香を見たとたん、頷くと言った。


 香の状態は新人見習いよりも安定しているらしく、魔素の操作は本能的に行われているらしい。すでに無秩序な放出はなくなり、香の体を薄く幕を張るように囲っている。

 探知に長けた者であれば香の魔素に気づくが、それはよほどの実力者でなければならない。


 今の香は、ほかよりほんの少し魔素の多い子供でしかなかった。


「じゃ、じゃあ、街に出てもいいですか?」


「……まぁ、いいだろう。ただし、単独行動は禁止だ。誰かと、できれば団員と一緒であれば許可しよう」


 ぱぁ〜っと明るくなる香の顔に、三人は苦笑する。やはり子供に砦の中は退屈だったのかと思ってしまう。


「それでは非番の付き添いがあれば外へ出てもいいと?」


「そうだ、日のあるうちに限るがな。香君の世界も、徐々に広げていった方がいいと師団長も仰っていた」


 香はサリナに聞いた市の様子が気になって仕方がない。そわそわと今にも飛び出して行きそうである。ボートネスの前でなければ、二人を引っ張って門へと向かっていたかもしれない。

 傍にいるユーリックの袖を引き早く行こうと催促する。気付いたユーリックに頭をなでられ、もう少しだからと囁かれた。むくれる香にクスクスと笑うユーリック。


「香君の行動に対する責任は、君達二人に負ってもらう。ザント中隊長の副官として騎士アルバを正式に任命する。本来ならもう少し様子を見て、本人の希望も考慮するのだが、これに関しては決定事項だ」


「ユーリック・アルバ、ギルベル・ザント中隊長付副官、拝命いたします」


 緩んだ空気が引き締まり、映画の一場面のような光景が香の前に繰り広げられた。

 香が勝手な行動をとれば二人に迷惑どころか、大迷惑を掛ける事が決定した瞬間だった。


「部屋はザント中隊長の隣の二人部屋だ。アルバと香くんで使うように、正式な辞令書は明日にでも届けさせる。以上だ」



  〜・〜・〜



 今の香の部屋に戻れば、張り切っているユーリックと、どこか不機嫌なギルベルが香の荷物を纏め始める。本当の私物はバッグとその中身、少しの衣類だけだから香一人でも何とかなる。

 しかしユーリックたちが持ち込んだ香へのプレゼント?が大量に出てくる。多数の着替えに子供向けのおもちゃ、絵本。

 以前、香が、こんなに貰えないと一生懸命断れば、使い切れない金を使う口実が出来て面白いんだといわれた。それなら何かの資金に溜めるとか、老後のために置くとかどこかに寄付するとか、思いつきはしたが伝える事は出来なかった。以来、増え続けた香の私物はなかなかの量を誇っている。


 どこからか持ち出した大きな袋にばっさばっさと詰め込んで、ギルベルが担いで持っていく。その後ろについて行ってみれば、兵舎二階の奥まった部屋へと着いた。

 そこそこの広さの部屋に左右の壁に沿って高床のベッドが二つ。扉の正面は大きめの窓があった。ベッドの下は机と収納になっているらしく、ギルベルは香を手招きし、荷物を片付けていくように指示を出した。


 結果、大量の私物は自分では納めきれず、後から来たユーリックの出番になった……。



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