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25 “精霊”を思い出せば舞も脳裏に浮かぶ。

 ギルベルの「ちょっと用事が出来たから先に行け」と言う言葉に従い、ユーリックは香を連れて医務室へと向かう。腕の中の香は心なしか朝よりぐったりとして見える。何があったのかと焦燥感にかられながら、香にあてがわれている長期療養者用の部屋へと急いだ。


「少し待ってて、今、医務長を呼んでくるからね。どこか痛いところある?」


 ベッドへと座らせ、顔を覗き込みながら尋ねる。フォルハと共に現れた時より、顔色は回復しているように思え、ユーリックは安堵した。ターバンをほどき、頬と頭を一撫でしてから医務室へと向かった。


 残された香は、二人の心配そうな顔にただただ申し訳なく、自分はお腹がすいて軽く乗り物酔いの状態だったのだと、どうすれば解ってくれるだろうかと頭を悩ませる。

 フォルハと共に合流したはいいが、二人の気配は尋常じゃないほど険しく、一気に血の気が引いてしまった。思わずフォルハに抱きつきそうになってしまったが、背筋を上る悪寒に阻止され、何とかギルベルたちに手を伸ばしたのだ。

 なぜか解らないが、あそこでフォルハに抱きつけば、取り返しのつかないことになりそうな予感がしたのである。


 本当にわからないのだが……。


 一人でいれば空腹と喉の渇きに気づく。サリナたちとの女子会で結構飲んだと思っていたけど、体はまだ欲しがっていた。ベッド脇の水差しから水を汲みゆっくりと飲み干す。そしてふと、自分の手を見た。


 確か、湖畔では徐々に体が小さくなってきていたよね。ここで過ごした日数を考えれば、もう一回りくらい小さくなっててもおかしくないけど、なってない、よ、ね……。


 砦で過ごすようになってから増えた服は、いまだ袖があまる事はなく、普通に着ていられる。ズボンの裾も、最初に履いたときと同じ位までだと思う。

 湖上での夜毎の舞はやはり人ではなく“精霊”だったのだろう。縮む体は湖の水が原因なのか、それとも果実だったのか。今となっては果実も“精霊”が係わっているのではと思えてきていた。


 “精霊”を思い出せば舞も脳裏に浮かぶ。思わず瞳を閉じ、香の手足も思い出と共に舞っていた。



 午後早い時間、窓から差し込む光はまだまだ強く、光と影をくっきりと浮かび上がらせている。その境目に立ち、ゆっくりと“精霊の舞”を舞う香。

 伸びる手先が影を描き、はねる足先が宙を舞う。廻る体に付き従って、編まれた銀の髪も、また舞った。

 閉じた瞼を開き、“精霊”を思いながらゆっくりと立ち止まれば、扉の傍にユーリックと医務長を見つけビクリと立ち竦む。


「!!ごめんね、香ちゃん。脅かすつもりじゃなかったんだけど……、綺麗な舞踊だったね、どこで習ったの?」


 ユーリックは香を抱き上げ、ギュッと力を込めた。光に浮かぶ香はその銀髪とあいまって、そのまま光の中へと溶け込んでしまいそうに思えたのだ。事実この部屋の、魔素の濃度がいっきに上がっていた。香が舞ったから増えたのか、舞踊の振り付けに秘密があるのかはわからない。

 ただ、湖畔で見て感じた“精霊”と舞い踊る香が重なって見え、“精霊”のように不可視の存在になってしまいそうで、襲い来る不安感を振り払いたくて、香の存在を確かめたくて、ユーリックは腕に力を込めた。


「アルバ君、香君が苦しいんじゃないかね、さっきの様子を見る限り体調は大丈夫のようだったがな」


「いえ、すみません、なんだか取り乱してしまったようで…。さっきまでは顔色も悪く、元気もなかったのでお呼びしたのですが、香ちゃん、大丈夫そう?」


 ベッドに下ろされながら香は頷いた。


「はい、悪いない。ちょっと悪い、ある。ご飯、食べる」


「くくっ、体は大丈夫だがお腹が空いたと言う事かな?」


 医務長の言葉と同時にお腹がなった。思わず香の眉は下がり、後の二人は笑み崩れる。


「香ちゃん、お昼抜きになっちゃてるんだね、今もらって来るよ、待ってて」


 言葉と共にユーリックが部屋を出れば、入れ替わりでギルベルがやって来た。


「香の様子はどうです、医務長。昼食時間を過ぎてから、フォルハに連れられて食堂に現れたんです。その時には顔色が悪く、ぐったりしていたんだが…」


「いや、見る限りすこぶる元気だと思うがね、君達二人の顔色が移ったんじゃないか?」


 香に笑いかけた後、医務長に問いかける。茶化すように返った言葉にギルベルの目はぎらりと光った。


 この砦の中にいる事は、外よりも安全だというだけで、それ以上でも以下でもない。おおやけにはされていないが、師団同士の競争心は結構複雑でまた単純だ。師団長同士の関係で良くも悪くもころころと変わってしまう。


 今の《大鷲》第3師団と《蛇》第7師団の関係は最悪と言ってもいい。敵対していると言っても言い過ぎではないかもしれない。

 だからこそ、《蛇》からの間諜がどこに潜んでいるかわからない。なんらかの方法で香を連れ去ろうとしても不思議ではない。

 そんな思いから香が一人で行動する事が心配でならないのだが、師団長は香の自由意志を優先するべきと、中央棟のみ自由行動を許可しているのだ。それがフォルハが香を見つけたのは西棟だと言う。ギルベルが不安にならないはずはない。そこへ医務長の言葉と来れば、多少目つきがおかしくなっても当たり前だろう、ギルベルとしては、だが…。


「今の様子からは異常はみられん。もし心配ならばこの後付いていてあげればいい。私は戻る。それじゃぁな、香君。何か異常を感じたら遠慮なく隣においで」


 医務長はギルベルの横で肩に手を乗せ、後で来いと囁き部屋を後にした。


「ぎるべりゅ、ゆーり、ごはん取る?持つ?行く、行った」


「…あぁ、昼飯を取りに行ったのか、どっかで食ってきたんじゃなかったのか、あの時間だったし食べたもんだと思ってたが」


 香はギルベルの硬い表情によっぽど怒っているんだと思い喋りかける。ギルベルは香の前に座り込み香を覗き込みながら頭を撫でた。


「あんまり心配させるな、さっきも、もう少し遅ければ師団長に報告するところだった。砦の中とはいえ、危険がない訳じゃない。香はその容姿で十分興味を引いてるんだから、用心してもしすぎる事はないんだ」


 切なげな目でそう言われれば香としても申し訳ないと思ってしまう。

 砦の中でも安全ではないとはどういう事だろうかとか、自分の容姿はやっぱり異質なんだとか、絶対に語彙を増やして一日でも早く会話を成立させなければとか、思っているうちにお腹が抗議の声を上げた。


 その後、ユーリックが運んできた昼食は美味しくいただけたが、ギルベルとユーリックのお小言がもれなく付いてきた。


 今後はサリナに気をつけなければと心に誓う香だった。



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