23 だが……、一人なら別である!!
一人での散歩にも慣れ、砦内なら迷うことなく歩き回れるようになるまで少し時間が掛かった。広い砦に迷子になって、団員に保護され、ギルベルかユーリックの下まで連行されることが数回。香にしてみれば、迷っていたのではなく、散歩だったと主張したいのだが……、保護した団員にしてみれば、同じ場所を行ったり来たりしていれば迷子でしょ、となる。
多くの兵士と騎士達が居住する砦は、大半が男の園である。むさくるしい男達の汗が、其処此処に染み込んでいる。
しかし女性の比率が高い場所もある。いわゆる下女と呼ばれる、雑多な裏仕事を担当する人たちの仕事場である。そんな彼女達は砦での身分は底辺で、騎士であるユーリックかギルベルに付き添われて行動していた香には声を掛けることはなかった。
だが……、一人なら別である!!
「おはよう、香君って呼んでもいいのかな?」
「!!」
誰だろう、下女のお仕着せを着てるけど初めての人?疑問に思いながらも香は頷き笑顔を返す。
「香君ってどこから来たの?ターバンってことは髪の色、薄いのよね、うらやましい!!もう騎士様方とはご一緒しないの?言葉がわからないって本当?喋れないだけだっけ?」
などなど、矢継ぎ早の口撃に香は返事も出来ず、曖昧な笑みを浮かべて立ち尽くすのみである。
「今から休憩なの、一緒にお茶しましょう!!」
言うが早いか、香の腕を取って自分達の控え室へと連行する。香は朝食を終え、巡回と鍛練のある二人とわかれ、砦の散歩を開始したばかりである。
今日は中庭を覗き、鍛錬場を遠目に見て、足と相談しながら砦の外周を回ろうと計画していた。急な予定変更は香にとっては不本意で、思わず眉が寄ってしまう。
「みんなあなたに興味があったんだけど、いつもザント様かアルバ様と一緒だったでしょう。なかなか声を掛けられなくって、香君はこの砦のお客様かと思ってたんだけれど、そうでもないみたいだし…、だから話しかけても大丈夫かと思って……、ここよ、さあどうぞ」
口の止まらない女性はすたすたと香を引っ張っていく。身長差があるため歩幅が違い、彼女の二歩が香の三歩ほど…。速度も早く、香の足に負担が掛かっていった。有無を言わせずの連行は彼女に対しての悪印象にしかならず、香はますます不機嫌になっていく。
巧妙に隠された扉から下働き用の通路へと入っていく。今まで入ったことのない初めての場所は、香の好奇心を刺激し、少しだけ笑顔が浮かぶ。いつも通っていた通路より狭く、光も乏しい中、右へ左へとくねくね進んでいった。所々にあった扉は香の知っている場所へと続いているのだろうか?
着いた場所には、十人ほどの女性達がお茶を飲みながら寛いでいた。年齢も体型もまちまちだが、みな下女のお仕着せを着ていた。
「サリナ、遅いから先に始めていた……わ、よ…。なに、なんでその子がいるの?連れて来ちゃって大丈夫なの!!」
香の腕を取る女性はサリナと言うらしい。二十歳前後だろうか、サリナと同年代に見える。彼女の言葉で、一斉に香へと視線が集まり一気に囲まれる。ほとんどが好奇心丸出しで、サリナと同じく口が早い。いくら言葉がわかる香でも、多人数から同時に喋り掛けられれば判るはずがない。
女性達の胸から腹ほどまでしかない香は、包囲されれば埋もれてしまう。
かわいい!!変わった目の色、ターバンとって髪を見せて、アルバ様やザント様のこと教えてなど、香の頭の上へと降り注いでくる。活発な性格ではない香は、どう対処したら良いのか戸惑ってしまう。只、強張った笑顔を貼り付け、身を竦めて収まるのを待っているしかなかった。
パンッ!パンッ!!
「そこまで!!そんなに問い詰めてはかわいそうでしょ、香さんも戸惑ってるんじゃない?こちらに座ってもらってからでも良いでしょうに…」
囲いの向こう側から手を叩き聞こえた声で、女性達は各々先ほどまでの席に着いていく。香はやっぱりサリナに連れられテーブルの中央当たりに着席した。
「サリナが迷惑をかけたわね、わたしは下女頭のオンスベル。最近話題の香さんだね」
頭に白いものが混じり始めた、斜め向かいのふくよかな女性が言う。香はテーブルから肩から上だけを出した状態でうなづいた。
香としてはこの集まりに多少の興味はあるが、中に入って話題の中心にいたい訳ではない。一歩下がって楽しげに話している様子を黙って聞くだけだ。
「注目株の二人に抱き上げられている子は誰だ?ってみんな興味津々なのさ、迷惑だろうけど少し付き合ってもらえないかい」
オンスベルの言葉にギルベルとユーリックはどういう注目株なのかと思う香。一応の落着きを見せていたみなは、その言葉に一斉に頷く。香はその勢いに押される形でおずおずと頷いた。
その後はそれぞれお茶とお菓子を楽しみながらの女子会となる。
ギルベルは剣の腕はいいが行動に難有りだとか、ユーリックは娘の結婚を考え始めた親達の最有力候補だとか、医務長の名前はヤツグリといって実はあんまり自分の名前が好きじゃないとか、どこの部隊の誰と誰がくっついたとかつかないとか……。
香はみなの話に耳を傾けながら、どこの世界も女の子は同じだなと思っていた。
「香君はどこから来たの?」
真向かいに座る女性から問われた。香としてはどう答えるべきか迷う問いである。だが、喋れないから首をかしげてニコリと笑った。
「う〜ん、言葉がわかっても喋れないんじゃ不便ね。じゃあ、「はい」か「いいえ」で答えられる事なら教えてくれる?」
多少の事なら大丈夫だとは思うが、落ち人と呼ばれる存在である事は、知られないほうがいいのだろうか。ギルベルにしろユーリックにしろ、香に対して余り情報を与えようとはしていない。
目覚めた町を急いで出発したのは、何かの危険から逃れるためだったはずで、自分は隠されていた。どこまでが知られていいことなのか、どこからが悪いのか、香には判断がつかない。
眉を寄せ、困ったよと顔に書きその女性への答えとした。
カラン、コロン、カラン、コロン……
「あ〜ッ!!もうこんな時間!休憩終わり、早く仕事に行かなきゃ!!じゃ、香君またね〜!!」
ガタガタッと立ち上がり、サリナの言葉と共にみな去ってゆく。最後は香とオンスベルだった。
「慌ただしいったらないね、香さん、表へ送るよ。さっきの鐘は食堂の昼食時間が、終わる合図なんだ。
後片付けもうちらの仕事だからね、呼ばれたんだよ」
オンスベルの後ろについて歩く香は、その言葉に肝が冷えた。過保護な二人と昼食時間にまた会う事になっていた。自分が食堂に現れなければ騒ぎ出すかもしれない……。
やっと取れた自由時間がなくなってしまうことは、なんとしてでも阻止するべきだ。
初めの頃は食事時に現れない香に苛立ちを見せ、ギルベルは己の部下に香の見張りをさせようとしたのだ。その時は医務長に阻止されたのだが…、今回の事で再燃したらたまらない!!
二人に笑って抱きつけば許してもらえるだろうか?それともほっぺにチュウ?さて、困った……。




