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02 もう香には何がなんだかわからない。

ぐうぅ〜


 川べりに座り込んでからしばらく、ぼ〜っと光の乱舞に見入っていた香は自身のお腹に抗議された。

 あの世のはずなのにお腹が空くとはどういうことか?頭をひねりながらも辺りを見回してみる。


 日差しは傾き、木漏れ日が輝いていたはずの辺りには薄闇が迫っていた。木々の向こうは闇に飲まれ、そこから得体の知れないモノがやって来そうな気がする。伸ばして日に温まっていたときには感じなかった痺れが足を襲う。水辺ということもあり思った以上に体が冷えてしまっていた。


 ゆっくりと足をかばいながら立ち上がり、こわばった筋肉を伸ばす。


 ぐうぅきゅるる〜


 再度の催促が鳴り響いた。お腹に手をやり眉を下げる。病院帰りは疲れてしまうので、家でゆっくりしようとお昼を抜いていた。死んだ後にそのときの状態が持ち越されるとは聞いたことが無い。賽の河原?の周囲に食べ物はあるのだろうか?そういえば子供の石積みもあったよな… 


 ともかく周囲を回ってみようと慎重に足を踏み出す。舗装された道路でさえ杖なしでは30分ほど歩けば痛みに呻いてしまう。ましてや自然の中の河原では石や砂利が大半だ。木立に入れば、地面を這う木の根に足を取られるだろう。かろうじて日が残っているうちに見回らなければ、腰を落ち着けるところも無い。


 少しあせり始めたところで、自分がもし死んでいなかったとしても、光で気を失った後、ここに放置されたのだとしても、このまま動かなければ本当に死ぬ事ができるはずだ。そう思ってしまったら足が萎え、その場に(うずくま)ってしまった。


 目の前の細い小川が三途の川でない事は解っている。あの川に向こう岸に行っても、父にも義母にも会えないことは自覚している。


 あの光は、車のライトだった。

 ライトでなければ何だというのだろう。それ以外には考えが及ばない。


 やっと死ねると、やっと会えると思ったのに…。


 闇が覆い始めた景色が涙で歪んでゆく。ひざを抱きしめたら肩から掛けたバックに今更ながら気付いた。ひざの代わりにバックを抱え込むようにして丸くなる。河原の石が自分の体温で温まっていくのがわかった。少し身動ぎすればたちまち寒さに凍えてしまいそうになる。バックの中に上着があることを思い出すが動く気になれず、気絶するように意識が沈んでいった。





 太陽が完全に沈み月の光が木々の陰を映し出す頃、香を目指すように蛍のような淡い光が集まってくる。

 あたり一面光の乱舞に彩られた。昼間とは違い舞い踊るようにユラユラと不規則に揺れながら、またキラキラと明滅を繰り返しながら香を目指して集まってくる。

 そこだけが暖炉の火に照らし出されたように淡く闇に浮かび上がっていく。

 中心に蹲る香の傍らには、一人の女性が立っていた。ゆっくりと香を覗き込み愛しげに頬をなで、髪を梳く。そっと香を抱きしめるように覆いかぶさると女性は光に溶けていった。

 女性の後を追うかのように急速に光が萎んでゆく。月と星の光だけが残った時、香の体は枯葉に覆われ、側には果実が残された。





 眩しさにぼんやりと香は目覚め始める。太陽が顔を出し木漏れ日が蹲った香の体を照らし出す。

 少し顔を動かせば何かに鼻をくすぐられた。


 くしゅん!!


 自分のくしゃみで意識がはっきりと浮上した香は、いつも以上に強張った体に呻いた。河原でバックを抱えて眠り込んでしまったために、背骨までがギシギシと悲鳴を上げる。右足にいたっては痺れがひどいのかまったく感覚が無くなっていた。


 ゆっくりと両手を突いて体を持ち上げ、手足を伸ばしていく。体の強張りとは裏腹に頭はすっきりとしていた。


「い…、ぃたたたっっ……つぅー…」


 あまりの痛みに 再度蹲りながら周囲を見回す。


 かさりっ


 目の前が枯葉の山となっていた。さっき鼻をくすぐったのはこれだろうか?夜の間に吹き溜まったのだろうか?急いで見回せば、自分の体の周りにだけこんもりと枯葉が積もっている。今からお芋も焼けそうだ。


 大量の枯葉は、蹲った背中にも掛かっていたらしい。パーカーとTシャツの間にもいくらか入り込んでいた。凍えるはずの河原の夜は思わぬ枯葉によって、風邪を引くことだけは免れたようだった。


 自然に集まったにしては不自然すぎる枯葉。誰かが何かの意図を持って香の背を覆うように被せたんだろうか?もしそうだとしたら、誰かが近くにいるのだろうか?


 少し離れたところにある、大きめの窪んだ石。その窪みに果実を見て自分以外の存在を確信した。


 体についた枯葉を落としながら、果実の側まで寄っていく。覗き込めば、ブルーベリーやラズベリー、木苺にスモモ。香にとってはすべてに「っぽい物」と付く、見たことはあるけれど、確かにそうとは言い切れない果実が小山になっていた。


 思い起こせば昨日からほとんど食べていない。目の前の果実は香の食欲を刺激した。思わず手を伸ばしかけ、はたと気付く。


 自分に枯葉をかけたのは誰?この木の実を集めたのは?


 今は見渡しても影さえ見えないが、少し遠くに用事があって席をはずしている可能性だってある。せっかく集めたものを無断で食べられたら誰だっていい気はしないだろう。


 香は木の実から無理やり目をはずすと川へ向かった。


 足に気をつけしゃがみこみ、顔を洗おうと川面を除き込む。キラキラと澄んだ水は手に冷たく、顔に気持ち良かった。口に含めばとても甘く、これが「五臓六腑に染み渡る」ということかと納得してしまう。


 後ろで一つに結んでいたゴムをはずし、手櫛で髪を整えていく。


 艶やかに煌く銀色を目にし転げるようにして、再度水面を覗き込む。

 流れる水面は鏡には向かず、顔の詳細はわからないが髪の色くらいはどうにか判別できる。


 覚えている自分の髪は、黒く、そして緑だった。一見黒髪なのだが、光の加減で濃緑に見えた。父が綺麗だと褒めてくれた髪は、香にとってのコンプレックスの塊だった。写真で見る母も、そして父も普通の黒髪で、ましてや周囲には緑に見える地毛など聞いたことも無かった。


 今、後ろから引っ張って来た髪の毛は水面に映っているのと同じ銀色で、ゆるく波打っていた。


 もう香には何がなんだかわからない。


 起きた時はなんだか幸せな気持ちだったのに、ここ最近の中では断トツにいい気分だったのに……。


 固まっていた体で少し沈み、空腹にやられ、髪の変色で止めを刺された。



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