19 カップのスープはコンソメ風味。
部屋の手配へと走ったフリーブルは、今夜に限りギルベルかユーリックとの相部屋を打診してきた。たまたま客用の部屋が全て埋まっていたらしい。師団員用の部屋は空いてはいるが、すぐ使える状態ではなかったのだ。
ボートネスより髪を隠すターバンの巻き方を教わり、師団員宿舎へと向かう。
師団員の中でも髪色の薄いものは、頭部をターバンで隠しているのだ。幼い頃から髪色の薄いものは教団の手に連れ去られる事が多いが、成長するにしたがって薄くなる者も居る。特に魔素を操れるようになった者が顕著だった。
見習いとして第3師団に入団すると最初に行うのが、魔素の出口を作る事である。普段、魔素の大半は体内を巡っているため、体外に出ることは無い。
魔素の扱いに長けた者に先導され、体内の魔素を操る事を覚える。次に体の表面に纏わせる様に、薄く広げることが出来るようになって初めて騎士となる資格を得られる。つまり騎士となるには魔素の操作能力が必須なのだ。必然的に髪色が薄くなっていく者が出てくる。無用の争いを避けるため、第3師団では髪を隠す事を奨励していた。
香を連れ、通路を歩く二人は無言で火花を散らす。どちらの部屋で香が夜を明かすかという事だ。ギルベルの腕の中の香はといえば、乗馬の疲れからかすでに夢の中だった。
安心しきった表情で眠る香は二人にとって掛け替えの無いものとなっていた。いつも側で見守りたい二人が、寝台を提供し寝顔を堪能するために火花を散らす事は当たり前の事だった。
結局勝負はユーリックの敗北に終わった。ギルベルは先輩であるし、香はギルベルの腕の中だ。明日、朝の給仕の権利をもぎ取ってユーリックは香をギルベルに託した。
翌朝、目覚め始めの香は、いつになく暖かい布団の中でぼんやりと回りを見回した。小さめの机とマントを掛けるであろうポールが見え、小さな扉はクローゼットだろうか。ゆっくりと体勢を変え反対側を見ようとして固まった。
「起きたか?」
ギルベルが隣で横になり、腕で頭を支えながら香を見下ろしていた。
部屋に戻り、香を寝かしたは良いが、床で寝るにはマントを巻きつけるしかない。予備の掛け布を備品庫から持ってくるのは手間だった。幸い香は小さいし、とばかりに隣に潜り込んだのである。
香は、暖かい掛け布の謎はギルベルだったのかと驚きながらも笑顔を返す。砦への道すがら、何度も介助された事で、ギルベルとユーリックに対しての香の気持ちは信頼へと傾いてきていた。
ましてや体の大きなギルベルには、ユーリックより抱き上げられる頻度が高い。その胸の中は香にとって安心できる場所となっていた。
しかし場所がベッドの上となれば些か恥ずかしく思う香である。赤く染まった顔を枕に押し付けた。
「もうすぐ朝飯の時間だ。食堂が混む前に向かおう」
手早く身支度を整え、香に言う。
「朝のうちに副師団長の元へも行かなければならん。書類の類もあるだろう。今日は忙しくなる」
片手で何とかターバンを巻こうとしている香から布を取り、手早く巻いていく。一本に編まれた髪を巻きつけ、頭を覆っていく。小さな香には長すぎるのか半分ほどが余ってしまった。残った部分をどうするか悩んでいるとノックと共にユーリックがやって来た。
「おはようございます、ギルさん。おはよう、香ちゃん」
返事を待たず部屋へと入り、ギルの手からターバンを奪いクルクルと巻き、残った部分を背にたらした。淡い緑のターバンと、はちみつを光に透かしたように煌めく瞳でユーリックを見上げ香は笑った。
「香ちゃん今日は僕と一緒に行こうね。朝ごはんは何かな〜」
食堂は砦の兵士で多くの席が埋まっていた。早朝の自主訓練を終えた人たちらしい。ユーリックに抱き上げられた香は注目を浴びながら奥まった席に着く。ギルベルは3人分の食事を受け取りに行った。
「ここでは向こうのカウンターで食事を受け取って来るんだ。ボリュームのあるメニューが多いから香ちゃんもすぐに大きくなれるよ。食べ終わったら各自左側の台へ乗せていく。基本食べ残さないようにしないと料理長の雷が落ちる。香ちゃんは少なめにしてもらったほうが良いかもね」
ユーリックの膝に乗って彼の説明を聞く。膝の上でテーブルの高さが丁度いいのはショックだ。香は改めて自分の小ささを突きつけられている気分になる。
ギルベルの後姿を目で追いながら、騎士にボリュームがあると言わせる食事の量を想像し、自分の食べきれる量はどの程度になるのかと目が泳いだ。
ちらちらと視線を感じるのは香が珍しいのだろう。グルグルと巻かれたターバンははっきり言って香には重すぎた。首と肩に不自然な力が入っているのがわかる。明日は肩こり決定かもしれないと思っていると、二枚のトレイを持ったギルベルが戻ってきた。
多めに盛り付けられたものをユーリックの前に置き、脇に皿を一枚添える。心得たとばかりにユーリックは皿へと盛り分けていった。
20センチほどの皿に盛られたパンとサラダとスクランブルエッグと2本のソーセージ。香の見慣れた朝食のプレートが出来上がる。カップのスープはコンソメ風味。
食事は美味しくいただけそうで香は少し安心した。
実際、果実生活が長かった香が調理された食事を取ったのはペイデルの宿が最初で、砦へ向かう途中は携帯食料だった。宿での食事はなじみのある味だったが、ここでもそうであるとは限らない。
食事が美味しいと人間前向きになれるというのは父の持論だった。気分が沈んでいればどんなご馳走でも美味しく感じないだろう。
そんな中、香の前に用意された食事は申し分なく美味しそうで、香はニコニコと口を大きく開けて催促した。
左手が自由になった夜、、自分で食べることもできるはずと挑戦してみたはいいけれど、丈夫がとりえのカラトリーは香の手には重すぎて大きすぎた。香は右利きだったからなおさら上手く食べることはできず、かえってギルベルたちの手を煩わせることとなったのだ。
旅の夜を思い出し右手の復活までは食べさせてもらおうと、香は開き直っている。下の世話に比べればたいしたことはない……はずだ。周りからの注目で、香の何かがガリガリ削られていくのも気のせいだと思いたい。
香は美味しかったはずの食事も、終わってみれば周りの視線のことしか覚えていなかった。自分が大口を開けるたび息を呑む気配が其処此処にあふれ、膨れ上がった頬を小さくするべく一生懸命咀嚼していれば顔を背けられた。
ほかの人を見る限り、今の自分の色彩も一般的ではないようだから倦厭されているのだろうかと思ってしまう。
もともと自分の容姿がコンプレックスだった香にとって、視線の主の好悪はわからない。
だ、か、ら、食事中の師団員たちが小さな香を愛でていた事なんてこれぽっちも(・・・・・・)わからない!!!