17 言葉じゃダメだ、ジェスチャーだ!!ボディランゲージだ!!!
「時には世の中なめて見るのもいいもんだぞ〜、なんたって香はまじめ過ぎるからな!!」
「でも行き過ぎると功一さんみたいになるから注意よ、香ちゃん」
「美弥さ〜ん、そりゃないでしょ、……、でもな香、どんな事もいろんな角度から見れる視点が持てると人間大きく成れると思うんだ。父さんは怒鳴り散らす上司が、騒ぐだけの森のサルに見えてしょうがない!!」
「父さん………、それダメなんじゃ…」
不意に父のことを思い出す。今回のことを別角度でってどうすりゃいいの、と香は思う。だが、自分は今男の子なんだから、二人の自分への扱いは間違ってはいない。
自分が同じ立場なら、多少躊躇いながらも同じ事をするだろう。だから目の前でしょぼくれている二人に、何か言わなければと思う。一番いいのは笑いかける事だ。何せ言葉は通じていない。
香はチロリと横目で二人を見る。ビクッと硬くなる二人。
大きな身体で小さくなって香を伺うギルベル。そこそこ高い背を丸め上目遣いで伺うユーリック。
なんだか反省中のクマとウマ。そんな風に香には見えた。
立ち上がって目の前に来れば威圧感ばっちりのギルベルは、必死な顔で許しを待っていた。
明るくて楽しい隣のお兄さん的なユーリックは、打ちひしがれている。
二人にそんな顔をさせているのが自分だと思うと、香はなんだか居たたまれなくなった。
「あの……」
言葉じゃダメだ、ジェスチャーだ!!ボディランゲージだ!!!
自分に言い聞かせながら、香はがんばって、精一杯の笑顔で笑いかけ、名を呼んだ。
「ぎるべりゅ、ゆぅーり」
えぐえぐが、すんすんに変わり、とめどなかった涙がポタポタと雫になっていく。ギルベルとユーリックは、その様をなすすべもなく見守る事しか出来なかった。
子供とはいえ排泄や裸を見られる事に抵抗がないはずがない。ましてや良く見知った、気を許している親しい人物ではなく、香にとっては昨夜ほんの少し触れ合っただけの人間だ。
同じ男だから、相手は子供だから、だからたいした事はない。そう思い突き進んで香を傷つけた。
落ち人の詳細はわかっていないが、ここアウラでは無い、誰も知らない場所から来たのだろうという事だけは確定している。彼らの所持品は、使用法はもとより製造方法も、その素材でさえもがアウラには無いものなのだ。魔素の多い人間と見た事も無い品々、研究材料としてこれほどの逸材は無い。
落ち人は出現した国の研究機関に保護の名目で収容される事となる。ここサクベル王国では《蛇》の第7師団がそれだ。
出発をはやる心が浅慮を招かなかったとはいえない。育ってきた環境から切り離され、訳もわからず過ごしていた湖畔から連れ出され、目覚めた後に無体な仕打ちを受けた。傷つかないはずは無い。
そこまで思い至るのにそう時間はかからなかった二人だが、香を前にすればただただ許しを待つ自分達が情けない。
香がこちらを見れば、断罪されるような思いで体が強張る。しかし、香はゆっくりとぎこちない笑みを浮かべてくれた。そして自分たちの名を、舌足らずな口調で呼ぶ。
許されるのだろうか、許してくれるのだろうか、そんな淡い期待を抱きギルベルとユーリックは香を見つめ返した。
「香ちゃん、僕……、僕は、香ちゃんの気持ちを考えてなかったんだね、ごめんな、許して……。次から香ちゃんにきちんと話して、香ちゃんが納得したら動くから。ホントに、もう、絶対に、香ちゃんが泣くような事はしないから、ごめんなさい」
ユーリックは香の前に跪き、香の手を取り、拒絶されない事に安堵し、ゆっくりと香の濡れた眼元を親指で拭う。
濡れて冷えているはずの頬に触れたユーリックの手も緊張からか冷えていて、泣いて熱を持った香の眼元を心地好く冷やしていった。
ユーリックに先を越されたギルベルが混乱する心のままに手を上下させているとき、ペイデルの町に正午を告げる四の鐘が鳴り響く。
「香……、まだ落ち着かないだろうが、出発したい、いいか?」
「これからですか?目立つんじゃないですか?」
「お前の父親が戻れば話は広がる。そこに残っていれば余計に注目を浴びるだろう。出たほうがいい。……大丈夫か?香」
ユーリックの父親がどう関係しているのかは香にはわからないが、予定が延びていることは理解している。その原因が自分だという事も。
到底悪人には思えない二人は、今現在の香の保護者となるのだろう。自分が泣いた事にあれほど打ちひしがれた二人なのだから、これから向かう先でも嫌な事は少ないだろう。そう思えれば、一緒に行くことに抵抗は少ない。
硬い表情で香を見るギルベルは、嫌がられても無理やり連れて行くしかないと腹を据える。
「はい!!」
香は笑みを浮かべ大きく頷き、そしてギルベルに両手を差し伸べる。まるで抱っこをねだる様に。
その手に引き寄せられるようにギルベルは香に近寄り、そっと香を抱きしめた。すまなかった、香の耳元でささやかれた言葉はユーリックには聞こえなかっただろう。
絞り出すようなその声は、香の心にすとんと落ちた。あぁ、この人たちは大丈夫。
広い胸の中、大きな安心感に包まれた香は泣いた疲れもあいまって、一生懸命あくびをかみ殺していた。
そうと決まれば後は早い。
くるりと体を巻き込まれ、出来るだけ動かないようにと言われた香は、言いつけを守りじっとしている。香は抱えるように持ち上げられ、負担にならないよう気をつけて抱き上げられている事を感じる。ゆったりと揺れる腕の中でまどろんでいると、少し我慢しろと聞こえ何かの上にうつぶせに下ろされた。
そして動き始める。
抱き上げられていたときとは違い、不安定でずり落ちるのではないかと肝が冷える。うつ伏せでは苦しくて、動いちゃダメだと思いながらも身動いでしまう。それに気づいたのか二人がそれぞれ大丈夫、もう少しなどと小声で話しかけてきた。
「今、香は馬の背にいる。苦しいかも知れんが、もう少し町と離れたら顔を出しても大丈夫だろう」
言葉と同時にお尻を支えられた。安定感は増したが、ドキドキも増した。もう少しってどれ位だろうと思いながら、香は眠りに落ちた。
その後、香が気付けば再度ギルベルの腕の中だった。途中で降ろされ、荷物扱いから開放されても起きなかったらしい。
昨日からの疲れが出たんだ、まだ眠っていろと背中をゆっくりとさすられる。いまだ馬上にありながら、ギルベルに抱きかかえられているため不安感は無かった。馬の歩むリズムが心地好く香の体に響いていく。少し早足らしい自分達の隣をユーリックが額に汗して併走していた。
香は、ユーリックがちょっと哀れに思えてしまった。