16 「どうした、出ないのか?」
ギルベルが宿から桶に一杯の湯と、何枚かの布を借り急いで部屋に戻ってみれば、香は床に転がっていた。
すばやく部屋の中を確認し香を抱えあげる。
部屋の中には異常はないように思えた。もう見つかったのかと肝が冷えたが、そうではないようだ。腕の中の香は、ギルベルの名を呼びながらべそをかき腕を首に回してくる。子供特有の高い体温と、ミルクのような甘い匂いがギルベルを包み込む。
「どうしたんだ?何があった?大丈夫だ、俺がいる」
ん?とばかりに覗き込む。
ギルベルは自分の声の甘さに驚いた。
あやすような、宥めるような、何でも言ってご覧とでも言うような、全てを許してあげると誘うような声が出た。本気で口説こうと思った女はいなかったが、一時の戯れなら限りなくある中で、落としたい女に対してもこれほどまでに甘く喋り掛けたことはなかったはず。
自分はよほど香が気に入ってしまったらしい。
香は呼べば現れるギルベルに驚きながらも一気に緊張が解けトイレが恋しくなる。腕の中で一生懸命訴えようと思うのだが、どう言えばいいのかが解らない。だから名前を呼び続けた。そして聞かれたから応える。
「おトイレ、行きたい」
香の口から出た言葉は当然ながらギルベルには意味不明である。そういえば通じなかったんだと今更ながらに二人して思い出す。ギルベルは目元を拭ってやりながらそっとベッドへおろし、ざっと全身を見た。
特に変わった所も見当たらず、ほっとして香を見れば必死の形相でギルベルを見ている。
「!!、なんだ??」
「トイレ!!トイレ、トイレ、トイレ〜!!」
最後には股間を押さえながら叫んだ香を見て、ようやく事情が飲み込める。クローゼットからマントを引っ張り出し、香を包んで荷物よろしく引っ担ぐ。
そのまま扉を蹴破るように飛び出した。
「待て!!、直ぐだから!、ガマンだ、もうすぐ、もうちょっとだ!!」
小声で叫ぶという芸当を発揮しながら、宿の裏へと突っ走る。途中すれ違う客や従業員は、もう気にしちゃだめだ、とばかりにギルベルは急いだ。
便所の周囲に人がいないのを確認し、そっと香を立たせ、ようとした……が、ぎゃっ!!と言う声と同時に倒れこむ。何があったと良く見れば、足の裏に巻かれた布に血がにじんでいた。
「!!、すまん、ちょっと我慢しろ」
言葉と同時に片手で抱えられ、Tシャツを捲られ、パンツを下ろされ、背中側から手をまわして膝裏を抱えられる。いわゆるお子ちゃまにトイレをさせるあの体勢である。
「どうした、出ないのか?」
香はあまりの衝撃になんと言うか、どうなのか、なんなのか、でも、ここまで来たらしない訳にもいかず、…………致しました。
終わって処理までされてしまい、抜け殻のようになってしまった香を不審に思いながらも、再度マントでくるみ部屋へと戻る。湖畔で日々削られていった香の中の何かは、時と共になんとか復元されてきていたと思ったのだが、今回の事で粉々に砕け散った。
ギルベルが香を抱えて部屋に着くと同時に、二の鐘が鳴り響く。もう少しすればユーリックが戻ってくる事だろう。それまでに手当てだけでもしなければと、急ぎ香をベッドに下ろした。
「足は大丈夫か?今、具合を見る、少し我慢できるな?」
そう言って足の布を解いていく。生き物は保有する魔素の量が多いほど身体は丈夫になる。傷の治りは早くなり、老化は遅くなる。
色素が薄い香も例外にもれず傷の治りは早かった。細かい擦り傷は薄いピンクを残すのみとなり、少し深く切っていた脛の傷もほぼ塞がっていた。それらに薬を塗り、足の裏を確認する。
そこは、未だ血がにじみ、傷は塞がっていなった。だが、左右で治りが極端に違う。右足の治りが遅いのだ。左は少しずつ皮膚が出来始めているのに対し、右はジクジクとした傷口が熱を持っている。
よく見ようと持ち上げれば、うっ!!と香は呻いた。
そして気づく!!
ギルベルが手にした右足首が、熱を持ち、腫れ上がっていた。
「!!少し待てるか、水も持って来よう」
頷く香を確認し、部屋を出るとユーリックとすれ違う。
「ギルさん、香ちゃん大丈夫でしたか?」
ろくな返事もせず、ギルベルは水を取りに行くと言い置いて階下へ急いだ。やはり子供の世話は無理だったのかと、部屋に向かいながら思うユーリック。
しかし香の状態を見て、ギルベルの行動に納得がいった。
「香ちゃん、大丈夫?痛くない??」
自分のほうが痛そうな顔をして香にたずねるユーリック。 香としては足首の痛みは馴染み深いものでもあったので、それほど気にはしていなかった。ましてや、この部屋で足を使ったのはトイレ前の一度きりである。
そんなことよりもこれからである。トイレのたびに真っ白に燃え尽きるのは精神衛生上よろしくない。かといって、立つ事が出来ないから二人の手は必要だろう……。
あぁ、洋式トイレが恋しい!!!
「香ちゃん!?どうしたの?何かあった?」
声をかけても反応が薄い香に、ユーリックはあせり始める。
「ベンジョだ、それより速く冷やすぞ、湿布はないが濡れ布でもないよりマシだ。あっちの桶は湯だから、お前は服を脱がして身体を拭け」
水盥を持ったギルベルはユーリックに指示を飛ばす。ユーリックはごめんね、ちょっとガマンだよ、などと声をかけながら香の服を剥いでいった。
香は呆然と為すがままである。腕を拭かれ、背中を拭かれ脇がくすぐったくて少し現状が見え、胸を拭かれて声なき声を上げ、コロリと転がされて何?と思えば最後の砦に手をかけられた。
「ぃや〜、いやだ!!やめて、おねがいっ」
叫んだところで二人に言葉は解らない。解ったとしても止まらない。
ごめんねもう少し我慢してねとユーリックは、容赦なく、隅々まで、丁寧に、拭いてくれた…………。
香に新しい下着と服を着せ、手足の治療を終え、身支度が整い、出発できる…はずが、とめどなく涙を流しえぐえぐとしゃくり続ける香に阻まれ、部屋で三の鐘の音を聴いていた。
香にとって裸をみられることは、事故の治療もあり、女性看護士であればほとんど抵抗がなかった。身体の清拭の時にはもちろん下半身も拭かれた。しかし必要以上に羞恥心を刺激しないための措置として、カーテンを引きタオルがかけられていた。
ユーリックにされたように明るい中、赤ちゃんのおむつ換えの要領で拭かれたわけではない。ましてや異性(精神的に)である。
この世界に来てから驚きの連続であるが、もうこれ以上はないと思っても、それを上回る驚愕が香を襲う。今回の事は香の人生、最上級の衝撃だった。
「父さん、美弥さん、父さん、もうヤダ、かえる、かえりたい〜」
小さな声で泣き続ける香に、男二人はどうすることも出来ない。便所と着替えが原因だろうとは思っても、まさかそこまでショックを受けるとは思ってもみなかった。
ギルベルは下着を下ろしたとき、ポロリと出たものに安堵した。女の子に申し訳ないと思いながらだったからだ。
ユーリックはパンツ一枚にした時点で、下着の中のもの(・・)に気がついた。男の子だったのかと多少驚きながらも、だったら大丈夫とばかりに一気に拭きあげたのだ。
二人の頭に同じ言葉がよぎる。
曰く、チョッと前の自分を殴り倒したい!!




