15 トイレはどこだ!!!!
「本当にわかっているようだったな」
香を寝かしつけ、ユーリックと共にテーブルに着いたギルベルは言う。
「明日は一の鐘で出発したい。大丈夫か?休暇が休暇にならなかったが……」
ペイデルについて直ぐボーロックに向かい、森へ入り香を連れてペイデルに戻って、今に至る。砦からペイデルまでが三日、その後のボーロックの村と、森までの往復で二日。
砦を出てからまだ五日。一年目休暇は二十日間取得できる。実際ユーリックの申請も二十日間だったはすだ。明日帰路に着き何事もなければ、実質八日間のみになってしまう。家族との団欒もまったく取れていない。
本当なら後、十日は町に留まれる予定だったのだ。香を急ぎ連れ帰るためとはいえ、無理やりギルベルにつき合わせる事になる。いくらなんでもユーリックには酷だろう。
「大丈夫です。…ですが、出来ればもう一度家によりみんなに顔を見せてきてもいいでしょうか?」
「………、あぁ、わかった、では三の鐘にしよう」
ユーリックも一刻も早く出発するべきだと解っている。監督官であるギルベルだけが先に帰る訳にはいかない。ましてやギルベルは子供になれていない。香を任せることはなんとなく嫌だった。
香が自分の妹と同じ位の歳に見えるからかもしれない。自分がここで出発を渋り教会や《蛇》に見つかれば、酷い扱いを受ける事になる。それは絶対にあってはならない未来だ。
とはいえ、ユーリックは五年ぶりの家族との再会を楽しみにしていたのだ。香の安全と引き換えなら安いとは思うが、挨拶だけでもしてから砦に向かいたい。そんな気持ちを汲んだのか、ギルベルは譲歩した。
二人は何気に、眠る香を見る。
食事をしたからか、血の気が戻り薄っすらと色づいた頬が、ランプの光に浮かび上がる。カーテンの隙間から漏れる月の光を、艶やかな髪が反射していた。
「絶対に守ります!!」
ユーリックは自分とギルベル、そして眠っている香に、宣言した。
「ああ、それでこそ《大鷲》第3師団の騎士だ」
鼻息も荒く言い切ったユーリックにギルベルは笑みを送る。
そして自分も同じ気持ちであると確信した。この幼い落ち人が笑顔で過ごせればいいと思う自分が居る。香に泣かれることは何故だか、どうしても、受け入れられそうにない。
翌朝、一の鐘と共にユーリックは自宅に向かい、残されたギルベルはぐっすりと眠る香を見下ろしていた。
出発予定の三の鐘までに香に食事を取らせ、傷の具合を確認し、着替えさせ、自分の状況を理解してもらいたい。状況説明は後からでも大丈夫だが、ほかは外せない。
昨夜は泣かれなくなったが、ギルベルが子供を苦手にする事に変わりはない。食事はユーリックがすでに調達してきているから何とかなるが、自分の無骨な手での手当てと着替えはハードルが高い。
ずっと眠っていてくれればギルベルの精神は平和なのだが、時間がない。カーテンを開き朝日が顔を照らせば香はぼんやりと起き出した。
「朝だ、起きたか?」
「??おはよう・・・、ございます」
香は眩しさに目を細めながらも声に応える。ボーっとしながら周りを見回し、ギルベルを見つけるとにこりと笑った。
泣かないでくれと身構えながらも声をかけたギルベルは、その笑顔に安堵した。やはりこの子供は笑っているほうがいい。
「起きれそうか?朝飯がある。食べ終わったら、着替えと手当てだ、ユーリは出ている。心配するな、出る頃には戻る」
キョロキョロと部屋を見回す香にギルベルは告げた。やはり自分よりユーリックがいいらしいと思えば何故だか釈然としない。そういえばあいつは抱き上げていたなと思い出せば、起き上がろうともがいていた香をすっと抱き上げた。
突然の事にビクリとする香。しまったと顔をしかめるギルベル。
香は、ユーリックよりも大きい身体に包み込まれるように抱き上げられた。体格がいいと体温も高いのだろうか、暖かく包まれるその場所はとても心地が良かった。今の自分たちが腹話術師とその人形のように思えたとしても……。
ギルベルを見上げ、これからどうするの?と、ばかりに顔をかしげる香に、まずは食事だとばかりにいすに座らせる。しかし背が足りずテーブルが胸の上まであるのを見ると、だから膝の上だったのかと、ギルベルは昨日のユーリックを思い出した。
膝に乗せ、ホラとばかりに皿を前に置けば両手を見つめる香がいた。
香としても自分で食べたいのだが、グルグル巻きの両手は何かを握り締める事さえ満足にできない。
「!!、悪かった、ちょっと待て、……、これでいいか??」
琥珀色の澄んだスープにパンを浸しスプーンで掬って香の口元へ寄せる。おいしそうな匂いに自然と口が開いた。コンソメに似た味とパンの香ばしさが口いっぱいに広がる。顔中においしいと書いて香はギルベルを見やった。
満足のいく味だったらしいと安堵したギルベルは自分の腹も満たし始めた。香に一口持っていき、自分は大口を開けて頬張り、香が飲み込む前に次の分を用意する。これはこれで面白い、と興に乗って次々香へと差し出していく。
香のほうも昨日ほどの気恥ずかしさはなく、大きな身体に安定感たっぷりで支えられている。一口ごとに体中に暖かさが満ちていく。食べ終わる頃には全身がぽかぽか(・・・・)としていた。
「ちょっとここで待ってろ、皿を下げて湯を貰ってくる」
子供の身体は面倒で、お腹が膨れれば朝だろうと眠気が襲ってきていた。気づけばベッドに下ろされ、香の頭を一撫でしたギルベルが扉の向こうに消えていた。
香は瞼と戦いながら、後は手当てと着替えで出発だよね、と思う。だが、食べた事で刺激されたのか急激にトイレが恋しくなってくる。
なんで今!!
なんで一人の時に!!!
自分にどうしろと???
トイレはどこだ!!!!
香はここで目覚めてから、この部屋以外を知らない。もちろんトイレの場所もわからない。見渡す部屋の中はベッドが二台と小さ目の二枚扉。扉は備え付けのクローゼットだったはず。
香は昨日の二人の様子を思い出しながら、トイレのヒントはないものかとベッドから飛び降りた。
「!!!っつうぅぅ〜」
とたんに足が痛くて蹲る。右足首も痛いのだが、足の裏が強烈に痛かった。何とか座ろうと手をつけば掌にも痛みが走る。床にイモムシのように丸まって痛みに耐え、ただただ、ギルベルを待つ。
トイレの事なんて頭の片隅にも残っていない。
痛すぎて涙までにじんでくる。
こんなに痛みに弱かったはずはないと思っても、痛いものはしょうがない。子供だから痛いのは苦手なんだと言い訳をする。
じんじんジュクジュクと痛む手足に泣きを見て、そういえばユーリックが使用禁止と言ったよねと思い出してももう遅い。やっぱり子供だから覚えていられないんだよねと開き直るしかない。
ギルベルに早くどうにかしてもらいたい。その一心で扉を見つめ彼を呼ぶ。
「ぎりゅべるぅ」
呼んだとたんに現れた。




