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14 「はい!!解りました!!」

 部屋を出たギルベルは、宿から一番近い食堂へと向かった。煮込み料理とパン、サーリャ酒を頼みほかの客を探る。

 ボーロックの事はまだ知られていないと思うが、用心にこした事はない。並べられた料理を片付けながら、聞き耳を立てる。


「カカァが怖くて今日は帰ぇれねぇ」「隣のヤク坊が奉公に出たんだが、うちのガキもどっか探さにゃなんねぇ」「針屋のミーナが色気づいて………」


 ギルベルにとってはどうでもいい事ばかりが耳に入る。心配のし過ぎかと酒をあおった。



香水かおりみずが出来なきゃボーロックは終わりだねえ」


 耳に入った言葉に、気を入れなおし集中する。


「森へ入れなきゃ香水が作れねえ、香水がなけりゃ御まんまが食えねえ」


 商人風の男はサーリャ酒で口のすべりがいい。


「なんとかならんのか?」


 隣の男が聞けば、新たなジョッキを持ち上げ投げやりに言う。


「無理じゃねえか?入れなくなったのは三つ月からだってぇが、異変にしちゃ長すぎるだろう?俺も商売上がったりだ!!!」


 テーブルに懐く男は、香水の仲買人か何かだろう。品の仕入れが滞り、卸し先から無茶でも言われたか。



 ギルベルは一泊目の商人の話と同じ内容に少し安心する。二人が森に向かい、問題を解決した事は隠しようがない。だが知られる頃には町を出て、上手くすれば砦に着いているだろう。

 満足顔で酒を飲み干し店を出た。


 宿に近づくにつれ、ギルベルの足がだんだん重くなる。

 目覚めた子供は涙を流し、文字通り泣き喚いた。ユーリックがあやすように抱き上げれば、小さな身体が縋りつく。

 徐々に泣き止み、されるがままに身を任せている子供を見つめていると、次には自分を見つけまた泣き叫ぶのだろうかと思った。


 そう思ったら、ギルベルは恐怖した。


 師団の遠征や出動で緊張はしても、恐怖は感じた事がない。その自分が、子供に拒否される事を思って心が凍える。子供に泣かれる事はいつもの事なのに、あの(・・)子供に泣かれ、拒絶される事はなぜだか考えたくなかった。


 だから二人で食べろと言い置いて、逃げた。


 あれからずいぶん時間は経っている。食事は終わっただろうし、子供は寝ているだろう。そう言い聞かせて部屋の扉を空けた。


「なにをやってる??」


 部屋に入ってみれば、相変わらず膝に乗る子供となぜか大笑いしているユーリック。子供は眉を顰めているから何か不満があるのだろう。

 親密そうな雰囲気にギルベルは戸惑った。


「ギルさん、大変です!!」


 大変だとは思えない雰囲気なのだが、何かあるのかと視線で問う。


「実は、この子、香って名前で、僕たちの言葉が解るみたいなんです。ただし喋れませんが…。落ち人は言葉が解らないと言っていたので、何故なのかと不思議で……」


「本当か?」


 拒絶される事への恐怖も忘れギルベルは香に顔を向ける。香は、睨むような鋭い視線に竦みながらも頷いた。思わずユーリックに擦り寄ってしまう。


「あ、香ちゃん、あのね、あそこに居るのはギルベルさん。怖がらなくていいよ、僕の先輩だから!!顔は怖いけど、身体も大きいけど、怖い人じゃないから」


 身体に力が入った香にユーリックは、急いで説明した。


 香が視線を向ければ、部屋の隅に立つギルベルが居る。さっきはもう少し近かったはずと思って彼が下がったのだと気づいた。

 自分を刺激しないように下がってしまうギルベルは、いい人なんだろう。怖がって失礼な事をしたと思い、笑顔を心がけて彼を呼んでみる。


「ぎうべりゅ?」


 案の定、初めての音に香の舌はまた動かない。しかし、名を呼ばれた事にギルベルは気づけた。そっと近寄って香の前にひざまずく。


「そうだ、ギルベルだ。きみは香というのか?」


 ユーリックが手間取った名をギルベルは事も無げに口にする。驚きながらも頷く香の様子を伺いながら、恐々と手を伸ばし頭をなでる。それに香は満開の笑顔で応えた。


「申し訳ないが、明日の朝、ここを出る。その時には俺のマントで荷物を装い連れ出す事になる」


「ギルさん、もっと優しい言葉で言わなきゃ子供は理解できません。

 あのね、ギルさんはあしたの朝、香ちゃんの姿を隠してここから出たいんだって。それで、出るときには、ギルさんのマントでグルグルに巻かれていくんだ」


 ギルベルの後に続いたユーリックはわかった??と香の顔を覗き込む。


 香の精神年齢は18歳なので、ユーリックの言葉のほうがイヤだった。小さな子供に対しての言葉はなぜかバカにされているように感じてしまう。この姿には当たり前の対応なのだけれど、嫌なものはイヤだった。


 視線を外し思案顔を見せる香に、二人の視線が注がれる。


 ふと顔を上げた香の前には心配そうな二対の瞳があった。あ、メロンゼリーと紅茶ゼリー、それともメロンソーダとはちみつ紅茶の飴玉?

 それぞれの甘い味を思い出し、にんまりと笑った。


「おいユーリ、解ってないんじゃないか?」


「え、いや、そんな事はないはずです、よね、香ちゃん!?」


 香は呼ばれて気づいて真っ赤になった。説明された事を思い出し、しっかりと返事した。


「はい!!解りました!!」


「ん〜、ごめんね、今のはわかったって事でいいのかな?」


 ギルベルがユーリックを見やり、それを受けたユーリックが質問する。


 香は頷きながら、改めて自分の言葉は解ってもらえないんだな、と実感してしまう。言われた事に対してのイエスノーは返せるが、自分の気持ちを伝える手段がない事になる。一方的に要求だけを突きつけられる事はないだろうが、不安は募る。

 自分がどうしたいか、どう思っているか、それらを意思表示することは自分を守る事でもあるだろう。早く言葉を覚えよう。頭の中はバイリンガルなのだから、まったく解らないところから始めるよりは有利だ。相手の意思を勘違いする事がないだけでも、ラッキーと思わなければ……。


 湖畔から連れ出された事の是非はまだわからない。それでも、あのままあそこに居れば、遠からず自分は壊れていたのではないかと香は思う。

 目の前に居る二人は、傷の手当てをしてくれて、食事も貰えた。どうして自分が隠れなければいけないのかが解らないが、何か理由があるはずで……。


 グリグリ頭を撫でるギルベルと、ぎゅっと抱きしめてくるユーリックに香はあくびを返した。



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