13 止まったはずの涙がまた頬を伝う。
「ん〜っと、ギルさんは落ち人は言葉かわかんないって言ってたけど、一応ね!?僕の名前はユーリック・アルバ、今から一諸にご飯食べよっか」
ベットに腰掛けたユーリックの膝の上で抱きしめられていた香は、テーブルを見ながら頷く。でも一向に動く気配のないユーリックを見上げながら口を開いた。
「あのっ、」
思い切って声を出せば、視線をはずされる。香はここでも自分の容姿は異質なのだろうかと、眉を下げ視線をさまよわせた。
「!!ごめんね!!あんまり可愛いからビックリしちゃっただけだから、ゆるしてね〜〜」
ご飯にしよ、ごはん、ゴハン!!としゃべりながら香はテーブルに連れて行かれた。
「何がいいかな〜、好きなのあるといいね〜!!ホント綺麗で可愛いね、将来が楽しみだ、僕、立候補しようかな?」
テンションの高い前半は香に、しみじみとした後半は多分彼の独り言なのだろう。それよりも香にとっての一大事は人生初耳の言葉の洪水に溺れかけていることだ。
どうしたんだろう、このユーリックという青年は……。何かが外れてしまっているとしか考えられない。甘めのマスクと、甘めの色彩とあいまって、もしかしたらチョッと不思議な美味しいスイーツかもしれない!!
異世界ならばなんでも有りとばかりに、聞きなれない言葉の海に溺れ沈んでしまった香の思考は、ぶっ飛んだ。
ユーリックの髪色と瞳は、香には義母がよく買ってきていたサクランボパイと、メロンゼリーを思い出させる。髪の色は覚えているパイの色よりは薄い赤茶色なのだが、いつもセットで食べていたためどうしてもそう思えてしまう。彼の肌色はゼリーに添えられていたクリームだ。
「じゃぁ、これにしよっか!はい、あぁ〜ん」
はっ、として前を見れば、スプーンの上にトロリとしたスープの具。
香の視線はあたふたと、ユーリックの顔とスプーンを行ったり来たり。
「大丈夫、熱くないと思うよ。持ってきてから少し時間経ってるし、さっき僕もふぅ〜って、冷ましたから」
にっこりと笑ってホラ早く!!と言うようにスプーンを近づける。
「その手じゃ食べられないと思うから、観念したほうがいいと思うよ〜」
クスクスと笑いながら続けられた言葉に自分の姿を見下ろした。
Tシャツとパーカー、下着のみ着用で生足全開だったはずの香は、手も、足も、全てが布に覆われていて一切肌が見えない。
「あ、あの…、あの、これ、なんで!?」
「…??、手足は駆け回って傷だらけでしょ?だから治療中。手は数日、足はしばらく、最低でも一週間?使用禁止」
少し不思議そうにした後、あぁ、と頷き説明した。そして真顔で言葉を続ける。
「ねえ、もしかして、僕の話してること、解る??」
スプーンを皿に戻し、香の顔を覗き込むようにして尋ねたあと、
「でもね、さっきから話してる君の言葉は残念ながら解らないんだ…」
首をかしげ、哀しげにそう告げた。
「僕の言葉がわかるなら、頷いて笑ってくれる?そして君の名前を教えてほしいな」
様子を伺うユーリックのドアップは迫力が半端ない。
男性経験(お付き合い含む)のない香の思考は、メロンゼリーの瞳がとっても美味しそう、などと逃避を始める。さっきはこの胸で思いっきり泣いちゃったんだっけ、と思い出せば、ボッ!!とばかりに香は顔から火を噴いた。
目は彷徨い、頭は揺れる。部屋の中、ここ(膝上)以外の逃げ場所を探しまくる。
「やっぱりわかんないのか〜」
はっ、とユーリックを見上げれば肩を落としてうなだれていた。香は急いで彼の胸に手をやり、顔を見つめ、精一杯の笑顔で頷いた。
真っ赤な顔でユーリックを見つめ、満面の笑顔で名を告げる。
「香です。崎田 香、あなたはユーリック?」
「くぉうでしゅ?」
「こう(・・)」
外人仕様の耳と舌は、香の名を上手く発音できなかった。香もまた、ユーリックの名を呼んだのだが、彼は自分の名前だと気づけなかった。
気まずい空気が流れる。二人共に、言葉の内容はわかっているはずなのに決定的に舌がダメだった。
何度か繰り返すうちに、ユーリックは香から合格をもらえた。しかし香は何度挑戦しても上手く発音できない。そこで縮めてユーリとすれば何とか彼から及第点をいただいた。
香はヤッター!とばかりに伸び上がってユーリックに抱きつく。身体は重いが無理やり腕を動かした。抱き付かれたユーリックはわたわたと真っ赤になって慌てだす。
「待って、今はゴハン!!嬉しいけど!先に食べなきゃ!!」
香をゆっくりと引き離し、でもやっぱり膝の上。
「あらためて、はい、あぁ〜ん!!」
真っ赤な顔をして、困ってるよと顔に書き、上目遣いにユーリックを見上げれば、うッ、とばかりにやっぱり目をそれされた。
「ゆぅーり」
「!、ホラ、自分じゃ無理なのわかるよね、だから食べようね、ね!!」
ニッコリ覚えたばかりの名を呼べば、同じく真っ赤な顔で返されてしまった。
しかたがないなと、香は眉を寄せながら口を開く。舌に乗ったスープは見た目通りトロリとしていた。時間がたって冷えているかと思ったが、程よい温かさが香に胃の存在を思い出させる。
暖かい物を口にしたのはいつ以来か、こちらでは果実とチョコしか食べていない。口にするものが、ただ温かいというだけで幸せを感じるのは何故だろう?
止まったはずの涙がまた頬を伝う。
えぐえぐとしゃくり上げながらも、掬われたスープはしっかりと口に入れた。
涙は止まる事を知らない。泣けば瞼は重くなるし、鼻水も出る。さっきは抱きしめられていたドサクサで、ユーリックの胸で拭いていた。近くに布がない今、垂れるに任せるべきなのか……。
動きが止まってしまった香の顔に、ほらよっと、ばかりに何かが押し付けられる。突然の事にビックリして硬直したのを幸いと、ぐしぐしごしごしと目元も鼻もふき取られる。なに、なに!!終わったの?とばかりにユーリックを見上げれば、ニヤニヤと笑ういたずらっ子の顔をしていた。
香としては「拭いてもらってありがとう」なのだが、ユーリックの表情がそれを言わせない。からかわれ、遊ばれているのが解るだけに言いたくない。
代わりにむ〜ッとばかりに睨んでみれば、大爆笑が返ってきた。
「なにをやってる??」
扉の前にはいつの間にか呆れ顔の大きな男がいた。




