12 だから異世界!!
五話目です
今朝は二の鐘が鳴る前に村を出た。森での時間を足したとしても、余裕でペイデルの町に着ける。そう解ってはいるが、ピクリとも動かない子供を抱え、ギルベルは駆け足で馬を進める。出来るだけ揺らさない様にとは思うのだが、急き立てられるように先を急ぐ。
町へ着いたなら、一軒だけの宿に部屋を取りユーリックを待つ事になるだろう。合流する前に子供が目覚めれば、厄介な事になるのは目に見えている。
説明を終えたなら出来るだけ早く後を追う、とは言っていた。だが、監督官でもある自分は離れるべきではなかったかと、今更ながら冷静さを欠いていたと、ギルベルは振り返る。
ユーリックが追い着きやすいよう速度を緩めるべきかと思ったときに、後方からの蹄の音に気づいた。
「遅くなりました!!子供はどうです?」
ギルベルの予想よりも早く村を出たらしいユーリックが、全速力で駆け着けた。
「相変わらず動かん。よほど衰弱してるんだろう、あそこには木の実しかなかった」
枯葉で作られた寝床であろう場所の側には、大きな葉に乗った果実のみ。飲み水には事欠かないだろうが、肉がない。子供の食事がそれで良い筈はなかった。
「宿に着いたら、腹に優しいものを頼みましょう。何日かはペイデルで休ませるんでしょう?」
それが当然とばかりにユーリックは問う。
「いや、目覚めたら明日にでも発ちたい。あそこは小さい、噂は直ぐに広がる」
腕の中の存在を確かめながら、ギルベルは続ける。
「砦の、第3師団の保護下の入るまで油断するわけには行かない」
「でも、その子は大丈夫なんですか?砦に入る前に何かあっては……」
「もしかしたらあそこで二ヶ月過ごした子供だ。そこを信じたい」
不確定な事を頼りにする愚はわかっているが、《蛇》の闇を垣間見た事があるだけにギルベルの焦りは収まらない。頭には教団の“精霊の子”の顔がちらつく。
手当てのときに見た手足は、少し力を加えれば折れてしまいそうなほど細かった。両手首のみならず両足首までも会わせて、ギルベルの片手で掴めそうだった。
そんな子供を教団や《蛇》に渡すわけには行かない!!
義憤にかられる心は、多少の庇護欲を伴っている事にギルベルは気づかない。
前を見据え、先を急ぐギルベルを見るユーリックは、彼のめまぐるしく変わる微妙な表情の変化が面白く、必死で腹に力を込めた。
閉門を知らせる七の鐘の音と共にペイデルの町に滑り込んだ二騎は、急いで宿に向かった。夕食時で賑わうホールを抜け、指定された部屋へと向かう。
マントで覆い隠し抱きかかえた子供は、少し大きな荷物としか見えないだろう。バレれば面倒だが、子供は出来るだけ人目に触れさせたくはない。
食事の手配はユーリックに任せ、巻きつけたマントを取り窓辺にあるベッドに子供を下ろした。
オレンジのランプの光に浮かび上がる銀色に、改めて隠さなければと決意を新たにする。
少しして戻ったユーリックは二人分の食事をテーブルに並べていく。
「食事は、僕の腹具合が悪いからって別メニューを頼んできました。後、道具屋で包帯と替えの服」
「服?!」
「僕のです!!いくらなんでもこれだけじゃ可哀そうです。僕のなら多少大きくても着れるんじゃないかと、家から何枚か持ってきました」
「持って来たということは砦に入る前に着ていた物だろう。着れない服の利用法は、どう説明するんだ」
「それは…、そのっ……、あの」
……、
…………、
二人の声が響く中、香の意識はゆっくりと浮上する。
聞いた事のない音の羅列。なのに意味は入って来る。まるでテレビの副音声だ。
付けっ放しのテレビを前にしてうたた寝をしているような懐かしい気分になる。
自分はどうしたんだろう、何かに追われていたような……。
香は身体を起こそうと思うが、力が入らない。この頃は気分はともかく体調は万全で目覚めていたはずと、重い瞼を押し上げた。
天井が見える!?
窓がある!!
自分の身体の変化や三つの月はやっぱり夢で、ここはどこかの診療所の天井であってほしいと思いながら、ぼんやりと窓の外を見れば、青い月が香に現実を突きつけた。
いつの間にか静かになっていた室内を見渡す。
いい匂いの食事と二人の男性がいた。香が起きた事に気づいているはずの二人は、あんぐりと口をあけ、じっと香を見つめていた。
「あの…、こ、ここは?……??」
「あ、あぁ、起きたんだ、腹、減ってない?身体は大丈夫?」
若い細身の青年が近寄ってきた。二人を見ればここはまだ異世界なのだと納得する。堀の深い典型的な外人顔の二人が、流暢な日本語をしゃべれるわけはない。頭の中での副音声も便利だがありえない。
だから(・・・)異世界!!
目の端に映る銀色は髪の毛だろう。だったらやっぱり自分は男で、子供なんだろう。
香が初めて聞くこの世界での言葉は自分の身を案じるもので、重たい体はあの時走り回ったせいで、目の前の二人は多分追いかけて来ていた人たちで……。
どうしたら良いかわからず、何かの気持ちだけが溢れてきて、口は何を紡ぐ事もなく、瞳はただ涙を溢れさせた。
揺らめく視界の中、ポロポロこぼれる涙を青年は自分の袖口で拭っていく。
「うぇ、っえ、えっく、う、ぅう、うぁあ〜あぁぁん!!」
香はしゃくり上げながら、声を上げて泣いた。
ユーリックは香が少しだけ持ち上げた手を掴み、頭を撫でさする。背の下に手を差し込み香を抱き上げ、胸に抱きしめた。
香は自分は子供じゃないと思いながら、でも今は子供だと言い訳しながら青年の胸に頭を押し付ける。自分でも不思議に思うほど涙が止まらない。体中の水分が全て無くなってしまいそうだ。
青年の胸は暖かく、背中をなでる手は優しい。時おりチュッと聞こえるのは気にしない。今は子供だから、男の子のはずだから!!
「落ち着いたか?」
香の涙が収まってきた頃、様子を見ていたギルベルは問いかけた。
優しい声だが、何故遠いのだろう?と疑問に思いながら、香は男性を見つめる。
「あ〜っ、腹が減っているだろう?ユーリに食わせてもらえ」
微妙に視線をそらしながら話す男の言葉に、自分を抱き上げてる人はユーリと言うのかと、香は心に書き留めた。
「ユーリ、俺は外で食ってくる。これはそいつとお前で食え!!」
言うが早いか身を翻しバタンと扉が閉まった。なんともせっかちな人だなと思っていると、頭の上からため息が聞こえた。
「はぁ〜、ギルさん、逃げなくてもいいのに、この子もう泣いてないじゃん」
そうか、先ほどのせっかちさんの名前はギルと言うのか……。
香は異世界二人目の名前を手に入れた。
次回よりほぼ毎日01:00更新です




