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110 「ぎうべるはいっしょにいてくれるの?」

「香……、無事でよかった」


 聞こえたギルベルの声に、逸らしていた視線を向ける。その先には、なんともいえない微妙な笑みを浮かべたギルベルがいた。


「俺がお前に言った言葉、……覚えているか?」


 びくりと震えた香は、その瞳が一気に潤み、パタパタと零れ落ちる。


「っあ、悪い、違う、いや、違わないが、……えと、あの時はすまん。俺は混乱していたんだ。だからあの言葉は撤回させてくれ。俺は香の傍から離れることはない。これからも一緒にいたい。いや、いても良いか!?」


 一気に言い切ったギルベルは真剣な表情で、香の返事を待つ。それは決死の覚悟で死地へと赴く決意をした男の顔だった。


 あっけにとられた香とは別に、周囲で見守る一人と二精霊は温い笑みを浮かべ面白がっている。


「…………、だめ、だろうか……?」


 沈黙と香の注視に耐えかねたギルベルが尻すぼみにつぶやいた。


「…………えっ? あっ、いや、でも、なんで?」


 とっさに香の口から出た言葉はつぶやきで、


「香。……俺は、お前の、傍に、一生、居たい。……だめか?」


 ギルベルは混乱している香に、ゆっくりと自分の意思を告げた。



「……あれは、夢だったの? ボクはあの時、イヤな夢を見ていたの?」



 だったら自分が記憶を封じた意味はなんだったんだろう……。

 香はただ自分の記憶の確証がほしい。自分で閉じ込めてしまった記憶は未だ不正確で、何が現実で何が夢だったのか、その境界がわからない。


「いや、俺が香の傍には居られないといったのは本当だ」


 とたんにゆがむ香の表情に、ギルベルは焦って香へと走り寄る。たった、二、三歩を一気に詰めて、その足元にひざをついた。


「俺は傍に居る。――もう決めた。香がなんと言おうと、俺の意思は今後(くつがえ)らん!!」


 強い口調で言い切り、きっ、と香を見上げる。(ひざまづ)いた事で近づいた香とギルベルの視線が絡まる。



 戸惑いを含んだ香の瞳と、決意をたたえたギルベルの目。



 ギルベルは瞳をさまよわせる香の手をとり、額に押し頂いた後、口付けた。

 混乱している香を見つめ、ニヤリと笑って香の視線を縛る。


「俺の忠誠はお前のものだ。これからは、煮るなり焼くなり、好きにしていい」


 香は聞こえた言葉にパニックがひどくなり、内容が飲み込めなくなってきていた。目を白黒させながら、何とか理解できた言葉を紡ぐ。


「ぎうべるはいっしょにいてくれるの?」


「ああ、一緒にいる。ずっと一緒だ」


 ギルベルの真剣な顔って、迫力満点かも、なんて明後日な思考が香の頭をよぎる。でもこんな表情のギルベルも…………。


 とくとくとくとくと、何かの音がする。この音は、何の音だっけ? もっと大きいのは、確か走った後とか、聞こえてたはず。……、これは、胸が…………。



「あれ、忠誠の誓いのはずが、終生の誓い(プロポーズ)のようじゃの。……どうした? 香よ」



 笑いを含んだシェスの声で、一気に真っ赤になった香は手を振り払い、レイシェスの後ろへと隠れてしまった。ギルベルはあっけに取られながらも香の赤い耳を見てニヤリと笑う。


「香、一緒に帰らないか? 砦に帰って来い。みなお前を待ってるぞ」


「やれ、せっかちな奴じゃのう。香がそちらが良いといえば我が届けるゆえ、今は去れ。……まぁ、今回はそこそこ使えたようじゃ。すこしは力をつけたようじゃの」


 シェスの言葉が風に乗りふわりとあたりを舞ったとたん、ギルベルとユーリックはボーロックの村へと帰されていた。



  ~・~・~



「香よ、無事で何よりじゃ。……よく帰ってきたの」


 しみじみとつぶやいたシェスの声に、香は自分が本当に危なかったのだと感じた。見ればレイシェスも泣き笑いのようにきれいな顔がゆがんでいる。


「……、心配かけて、ごめんなさい」 


「香が無事ならば私は大丈夫。香は私のすべてだから、……だから、無事でよかった」


 痛いほどに抱きしめられる感覚が香を取りまく。


「それで、どうするの?」


 レイシェスからの問いかけは相変わらず唐突で、わかりにくい。首を傾げて「何が?」と聞けば、「体よ」と返ってきた。


「香はもう、この世界と魔素になじんでいるわ。記憶もすべて思い出したのでしょう? ならば、自分の年まで体を成長させるの? それとも、このまま時とともに大きくなる?」


 レイシェスに言われて思い出す。

 魔素のない向こうからこちらへ移動したから、体の負担を減らすために子供になったんだ。でも、もうなじんだから大きくなれる。しかし自分の中の知識で、性別は男のままだとわかってしまう。

 心と体の一致のためには、ゆっくりと大人になるほうがいいのかもしれない。そう思いながら、でも、子供のままではいつまでたっても保護対象から抜けられないと焦りが生まれた。



 保護対象? 抜けられない?! 



 自分は何故、保護されることがイヤなんだろう。

 本当の年齢のせいなのだろうか……。

 確かに一応、自活をしていた身としては、生活全て相手任せというのは抵抗があって当たり前だろう。


 でも、本当にそれだけなのか…………?



 香の中に不安が広がっていく。

 


 そんな中、さっきまでのギルベルの真剣な顔が浮かんでは消えていく。ニヤリと笑った不敵な顔も、自信たっぷりに砦へと誘った顔も。

 砦に居たときの優しい笑顔や焦った顔。


 いろんな顔のギルベルが、最後には笑って大丈夫と香に言う。



「香、……大丈夫? 無理に考える事はないわ。方法はわかっているんだから、自分が納得するかたちで成長すればいいの」



 あまりにだんまりだった香に、レイシェスが焦って声をかける。また香のどこかが損なわれてしまうのかと悲壮感さえ漂わせたレイシェスは、香を抱きしめごめんなさいと繰り返していた。



「レイシェス、ボクは大丈夫。体のことはまだわかんないけど、もう、二人に心配かける様なことはしないよ。……だから、もう少ししたら、砦に帰るね」


 にっこりと笑った香は、すがり付くように自分を抱きしめているレイシェスと、全てを見通していそうなシェスに言った。




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