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109 「ぎーるーべーるぅーー!!」

「このままでは時間の問題か……」


 二倍の強度を持たせた結界の壁を見つめ、背を正す。

 ギルベルは香を腕に抱き、探査の魔素を操りながら一人つぶやいた。


 一時嫌がるそぶりを見せた香は、眉を寄せながらもギルベルにその身をゆだねていた。少し険しくなった香の表情にギルベルは一刻も早く此処を出なければと、気持ちばかりが焦っていく。


 ギルベルの体感時間ではほぼ半日が過ぎようとしている。

 このまま手をこまねいていては、事態の好転は望む事はできない。しかし、何処に突破口があるのかも定かではない。


 あせる心をねじ伏せながらユーリックに期待する自分の思いを自嘲する。


「――――……め…………い……」


 つぶやく香に耳を寄せれば、ぎりぎり聞き取れた。


「香……、俺は…………」


 思わずギュッと目を閉じ、腕にまで力がこもる。痛みに逃げる香にあわてて腕を解けば、瞬間、あたりの魔素が増大した。


 とっさに香を抱きこみ更に結界を強化する。

 警戒を強め、すぐに対応できるように自分の魔素を練る。


 あたりには先ほどまでよりも濃密になった瘴気が渦巻いていた。


 一瞬で終わったらしい魔素の増加に、そろりと探査の手を伸ばす。

 予想以上の濃度の濃さに眉間のしわが深くなってしまう。ギルベルはしっかりと香を腕に抱きなおした。


 このままでは自分の魔素を使い切ってでも香を外に出す手段を見つけなければならない。


 そんな思いに捕らわれ掛けたとき、ギルベルは水に沈んだ。



  ~・~・~



 湖の中ほどで湖底へと沈めた結界球は、ユーリックが結界を解いたとたん多くの泡を放った。

 球が沈んでいった時の小さな泡と、結界を解いたときの大きな泡。

 今はその後の不規則な泡が湖面を大きく揺らしていた。


 少しの変化も見逃すまいと湖面を凝視するユーリック。緊張のあまり握り締めた手は強張り、細かく震えていた。

 背後にいたシェスはニヤリと見やってレイシェスの元へと移動する。



 コポコポと浮かんできていた泡はブクブクとなりゴボゴボと泡だってきていた。水中に何かの影が見えたとたん、ザバリと湖面に現れたのは……ギルベルだ。


「ギルさん!!」


 呼べどギルベルには届かなかったのか、周囲を見回した後大きく息を吸い込んで水中へと潜ってしまう。何故こちらに戻らないのかと不思議に思いながら見ていれば、息継ぎに顔を出し、また潜る。

 毎回辺りを見るのは、何かを探しているのだろうか?


「やれ、あいも変わらずおろかよの……。ここに()るというに、そなたが呼べば気づくかのう、香よ」


 その声にがばっと振り向けば、人の悪い笑みを浮かべたシェスと、抱き上げた香の肩に顔をうずめるレイシェスがいた。


「香くん!! もう大丈夫? どこか痛いところはない?!」


「…………」


「香くん? どうしたの? 迎えに来たんだ。君さえ良ければ一緒に砦に帰ろう」


「ゆーり、……ごめんなさい」


 搾り出すような悲痛な声が答えた。


「ぎうべる、怒ってるかな、ボク、嫌われちゃったみたい……」


 どうしたら良い? と見上げてくる目は潤んで今にも決壊しそうだ。

 ユーリックは今までのように抱きしめ、胸に囲い込み、頭にキスを落としながら宥め……ようと手を伸ばし、レイシェスに振り払われた。


「んなっ、何するんです、レイシェス」


 思わず抗議すれば、ユーリックに見せ付けるように香の額へとその唇が落とされた。

 それに思わず小さく笑んだ香。そしてぽたりとしずくが落ちる。


「香、ギルベル・ザントを呼んでおあげなさい。何をおいても駆けつけてくるはずよ」


 でも……、と香が渋れば、ほら御覧なさいと、湖を指し示す。


「あなたが此処にいる事に気づかず、捜しているでしょう!?」


 くすくすと笑いながら告げられた言葉に、ユーリックはそういえばと思い出す。


 香の体はレイシェスの腕の中だったが、ギルベルは体ごと消えたのではなかったか!

 では、ギルベルは未だ香の精神を捜しているのだろうか?


 レイシェスはゆっくりと足を下ろす香に手を添え、微笑みながら湖畔へと促す。


 広い湖の中央あたりでは、未だギルベルは素潜りを繰り返していた。邪魔な衣服は脱いだのか湖面に浮かんでいる。


 彼方のギルベルと傍にいるレイシェス、シェス、ユーリックを見回し香は口をパクパクさせた。


「呼んでごらん」


 ユーリックが促せば未だ潤む目を光らせ、むんっと気合を入れる香の様子に笑みが浮かぶ。



「ぎーるーべーるぅーー!!」



 顔を出したギルベルにあわせて叫んだ香の声に、振り返ったギルベルの顔は見ものだった。


 はっと気づいたかと思えば笑み崩れ、思案気に眉を寄せた後、気まずそうに苦笑しながらこちらへと泳ぎだした。


 その様子に、ユーリックはやはり香が絡むと余裕がないと苦笑し、シェスはまだまだじゃなと、つぶやいた。香は目があったとたんの笑みに安堵し、しかめっ面で緊張し、苦笑されてやっぱり自分は嫌われているのかと体を強張らせた。


 ざばっと浅瀬に立ち上がり、そのまま水を蹴りたて走りよってくるギルベルに香は引きつった笑みを向けていた。



「香……」



 二メートルほど離れた場所で止まったギルベルは、眉を寄せ困ったように香の名を呼ぶ。呼ばれた香はびくりと体をふるわせ、レイシェスの背に隠れてしまった。 

 その姿にギルベルはやはり自分は許されていないと、足を進めることは出来なくなってしまった。


 気まずい空気が流れ、居たたまれない思いだけが募っていく。


 香はもともと潤んでいた目がさらに潤み、思わず上を向いて涙をやり過ごそうとした。しかし時すでに遅く、目の端から一滴、つーっと流れ落ちてゆく。

 ギルベルはレイシェスの陰から見えた涙に態度を決めかね、困惑しユーリックを見やった。苦笑とともに視線で促され、おずおずと足を進める。その気配に香が強張ればギルベルもまた固まってしまった。


 しかし、ただ目の前にいる香の姿に言葉に出来ない思いが胸に渦巻き、口からあふれ出そうとする。感情をたたえた香の瞳だけで、ギルベルの心が満たされる。その瞳に嫌悪と拒絶を見つけられない事に、自分に都合のいい考えが浮かんでは消えていく。



「香……、無事でよかった」



 ギルベルは自分でも意外なほど穏やかに、香へと言葉をかけた。



読んでいただきありがとうございます。


今回で、書き溜め分が終了してしまいました。

次回投稿まで間が空くかもしれませんが、お待ちいただければ嬉しいです。

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