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108 細かく考えれば切がない。

 ユーリックはそろりそろりと結界でくるんだ石を移動させていく。

 湖畔に立てば後は湖底に沈めるだけだ。そう念じながら意識を研ぎ澄ましていった。


 一歩一歩、慎重に足を進めながら湖畔を目指す。結界にほころびを作らぬよう、大きな衝撃を伝えぬよう、気を張りながら足を進めた。

 直径30センチほどの結界球はユーリックの手のひらの上に浮かびながら移動していく。ユーリックの視線は数歩先を見据え、いつの間にか額は汗で濡れ、緊張に顔は強張っていた。


 結界の中荒れ狂う瘴気を外に出すまいと細心の注意を払う。少しでも気を抜けば中から突き破られそうな圧迫を感じて、一刻も早く湖底で開放しなければと気ばかりが焦ってしまう。

 しかしあせれば術がずさんになり二人が危険に晒されるだろう。それが解っているからこそ少しの失敗も許されない。


 緊張に震える指先を叱咤しながらユーリックは湖畔にたどり着いた。


「それをそのまま湖底へと離すが良い」


 シェスの言葉にユーリックはうなづきながらも体が強張って固まっていた。


 早くしなければ時間だけが過ぎていく。

 香を助けるために、自分が出来るすべてをしなければ後悔する。それが解っていながらも、中で荒れ狂う圧力を押さえ込む事に気をとられ、手のひらから離れた後の制御に自信が持てず硬直してしまう。


 不安定な匙の上に載った玉を、徐々に柄を伸ばしながら湖の中ほどまで移動させるようなものだ。距離が開くほどに制御が難しくなる浮遊の術と、結界の維持に神経を削られる。

 一進一退を繰り返しながら徐々に湖の中ほどへと進んでいく結界球。

 湖の中央近くまで進みいざ放とうとしたその時、


「そのまま湖底近くまで移動させよ、その後放つが良い」


 シェスの言葉にユーリックの疲労は一気に増してしまった。

 ただでさえ緊張を要する結界の維持。そして今回の中身は荒れ狂う瘴気である。気を抜けば一気に突き破られる自信があった。

 だからこそ細心の注意を払って移動させ、後は湖底へと放つだけと思ったときに釘を刺され動揺した。


 気がそれたとたんピシリとヒビが入った結界に、ユーリックは慌てふためく。


「やれ、いまひとつ頼りないことよ」


 すいっと振られたシェスの指先から魔素があふれユーリックを包み込む。瞬間、ぶありと扱える魔素が増えた。

 潤沢な魔素をありがたく思いながら、ユーリックはしっかりと術を編みこんでいく。今作っている結界を更に強化し、球をゆっくりと移動させる。


 そして、湖底近くで結界をといた。



  ~・~・~



 ギルベルは結界の維持に集中しながらも、あたりの様子を伺った。際限なく流入するかと思えた魔素はその流れを止め、瘴気となりギルベルの結界へと圧力をかける。

 その圧迫感に眉をひそめながらも、自分の魔素を練りこみ更に結界の強度を上げていく。


 二倍ほどの強度に達した結界を、ギルベルはニヤリと見やった。


「少しの時間稼ぎくらいにはなるか……」


 胸にもたれる香を、なんとしてでも無事外に出さなければならない。

 そのためには此処からの脱出が先決だが、どうも閉じられたこの空間では分が悪そうだった。


 当てにしていたユーリックの支援は未だわからず、魔素が止まった事がそれに値するといえばする。しかし自分の体感では、此処にこもって四、五時間は経っているだろう。


 それほどまで手をこまねいているユーリックの姿は、想像ができなかった。


 ならば、考えられる事は絞られる。


 ユーリックには手におえない事態となっているか、何らかの妨害があるか。そして、……外と中の時間の流れが違うか……。


 細かく考えれば切がない。

 だが、この三つははずせない。


 時間を無駄にしないため、探査の魔素をそろりと結界の外へ伸ばしていった。


 一刻も早く出口を見つけなければ、此処から出なければ、香が害される……。

 自分の魔素は周囲の瘴気をすべて浄化する事はできない。ましてやこの場を覆っている意思が、弱った自分を見過ごすとは思えない。

 自分はどうなろうとも香だけは向こう側へ、と(はや)る気持ちを押さえ込みながら慎重に周囲をうかがっていった。


「……んっ」


 そんな中……、香を見れば、ほろりと頬を涙が伝っている。


 初めのしずくがギルベルの胸元に吸い込まれたとたん、次から次へとぽろぽろ流れ落ちてくる。

 動揺したギルベルがとっさにぬぐえば、香は嫌だとばかりにギルベルの胸に手を突き腕を突っ張った。さらに顔を背け、やいやと首を振る。


「……、香……、どうしたんだ? 今はじっとしていてくれると助かるんだ」


 抱きこむ腕に力をこめるギルベルの口から、


「文句は後でいくらでも聞く……、だから今は、…………」


 懇願にも似た言葉がこぼれ出る。

 ギルベルは言葉と共に、己の腕の中で徐々に落ち着いていく香に安堵しながらも、ほっと息を吐いた。

 すると、抵抗をやめた香の口が動く。


 声にならないその動きにギルベルは硬直する。



――――ぎるべる、るーり、会いたいよ…………。



 ほんの少しでも、自分は香に望まれているのか?

 ほんの少しでも、傍にいる資格はあるのか?


 絶望に染まり色をなくした瞳を思い出す。


 自分が突き落としてしまった奈落から、香は抜け出る事ができたのか……?

 未だ自分は香の傍にいていいのだろうか……。



 ゆるくもたれかかる香をぎゅっと抱き締めながらギルベルは周囲を警戒する。



 すべては香を外へと逃がすために……。

 すべては己の贖罪のために……。



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