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107 ゆっくりと香は思い出していく。

 ふんわりと柔らかで暖かな、とっても気持ちよくまどろんでいられる空間で香は考える。


 自分は今何処にいるのだろう?

 何故、懐かしい気配に包まれながら誰もいないのだろう?


 そんなことを思っても自分が目を開いた覚えはない。ならば、これは自分にとって都合のいい夢なのだろうか、香がそう思ってしまうほどに思い出した記憶は光に満ちていた。


 自分はたしか、闇に捕らわれ飲み込まれようとしていたはずだった。万が一飲み込まれた後だとしても、ここの気配は優しすぎて香には心地が良すぎた。だからあの不快な闇の中ではないだろう。そう思いながら自分の今までを思い出す。


 幼いころ無邪気に抱っこをねだった事。

 集合写真で自分だけが白く浮かんで嫌だった事。

 自分にとっては不可解な事で因縁をつけられ、イジメの標的となった事。

 引きこもって何とか立ち直り、二人を夕食に誘い事故にあったこと。


 降り立ったこの世界での事は未だにおぼろげだが、いつも親身になってくれていたギルベルとユーリックははっきりと思い出した。

 何故今まで忘れていたのかが不思議で仕方ない。

 二人に関する事だけが、はっきりと色彩を持って思い出される。

 そして香は心の底に眠った記憶を掘り出して行った。

 

 ゆっくりと香は思い出していく。


 自分がたどった道筋を一歩一歩巡っていけば、おぼろげに見えていた人達が色彩を持って動き出していった。


 砦で診察してくれた医務長、眉を寄せた師団長。親身になって指導してくれた副師団長。散歩のたび声をかけてくれた師団員。香のお腹をいつも心配してくれた料理長。

 一人ずつ時の流れにそって記憶の中もう一度、香は砦で生活をした。



 そして……、香は再び血塗れた二人を見た。



 どうしたら良い?

 自分は今、心地いいこの空間から離れたくない。

 だって、ここから離れたら、また誰かが怪我をする。

 いや、最初の二人は怪我ではすまなかった。


 では次は!?


 ギルベルとユーリックは無事だった。いま現在は解らないけど……。



 自分はやっぱり嫌な事があると閉じこもってしまうらしい。人と距離をとり、今回は記憶まで閉じ込めてしまっていたのだろう。それに気づいたとき、香は眉を寄せ、唇をかみ締めた。


 自分がどうしていたら良かったのか。答えを知っていれば精一杯、最良の結果を手にしようと足掻くだろう。

 しかし、人が未来を知る術はない。“精霊”だって知る事はできない。だからこそ人は後悔しないように、その時の最善を考えるのだろう。


 でも香はただ流されるままに、思考を放棄して、二人の助けを待った。たぶん二人は今回も許してくれる。そんな安易な気持ちが、ギルベルからの拒否につながったんだ。


 そこに思考が至ったとき、香は心の底からひんやりとしたものが忍び寄ってきた。末端から侵食されるように冷えていく。あたたかな懐かしい気配はそのままに、香の心だけが凍りつき、体が引きずられて行く。


 自分の無自覚な甘えが大事なものを傷つけた。自分が甘いから捨てられた。

 誰だっておんぶに抱っこの人の面倒を見たいとは思わない。だって自分の生活を犠牲にしてまで、他人の面倒を見たいはずは無い。


 自分だったらと、香は考える。


 わけのわからない子供を保護したら、警察に届出、後は知らん振り。懐かれたなら、多少親を探し、保護施設に預けて終わり。

 そんな自分の行動が思いつく。

 間違っても自分の生活圏に連れ帰り、面倒をみようとは思わない。

 自分が薄情なのか、ギルベルとユーリックが面倒見が良かっただけなのか……。



 しかし……、それも終わった。



 ギルベルから傍にいられないと、自分は手を離されてしまった。

 それも当然だろう。

 一生懸命面倒を見ていたはずの子供が、実は成人年齢の女で、なおかつ常識を知らず事件に巻き込まれては助け出す。

 一度目は何とかなったが、二度目には命の危険に晒された。


 では今度は危機一髪とならず、散るかもしれない。


 ならば、対象から離れようとするのは当然の帰結。


 心地よかった空間は、今はもう香にとって懐かしさを誘発する要因でしかなかった。

 思い出される保護者二人の腕の中の安心感。それとそっくりなこの空間は今、香にとっては安らぎではなく針の(むしろ)のように居たたまれない場所となってしまった。


 それでも思わず口に出る(こと)()


「ぎるべる、ゆーり、会いたいよ……」


 胸の前で手を組み合わせ、祈るかのように呟かれた言葉は宙に吸い込まれていった。



~・~・~


 額に髪を張り付かせながら、ギルベルは気配を出来るだけ絶ち、結界を維持する事に専念していた。外から流入していると見られる魔素は、片っ端から瘴気へと変わっていく。

 自分の蓄えた魔素で対抗しようにも、相手が魔素の補充が自由であり自分は不自由なのだ。


 勝敗はわかりきっていた。


 だから、ユーリックを当てにした。自分が見込んだ男が自分の期待にこたえないはずが無い。そう思い、魔素の流入が途絶えるまで結界に香とともに閉じこもる。

 結界の維持は瘴気を吹き飛ばすよりよほど省エネで、これから数日閉じこもっていても魔素にはなんら不都合は無いと思えた。

 ましてや自分に頼りきり、胸に頭を預け力なくもたれきっている香がいる。

 自分から手を振り払っておいていい気なもんだとは思うが、この腕の重みは何物にも変えがたかった。


 湖畔で出会い、砦で見守り、王都で見失った。


 自分にとって何者にも変えがたい存在が、腕の中にいる。


 ただ、それだけの事がギルベルの二十数年の生涯で、これほどの充足感と万能感をもたらすとは思いもよらなかった。


 今はただ、周囲の状況をよそに多いなる何かに感謝を捧げたかった。



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