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103 今また香もその後を追うのか……。

 レイシェスは腕の中に小さな香を抱きしめ呆然としていた。


 またも自分の手から大事な命が零れ落ちていく。自分の腕の中で血を吐き、意識を失ったわが子が香に重なる。


 元気にレイシェスを振り返り石を手にしたとたん、香は倒れこんだ。彼女は香がバランスを崩し倒れたのだと思い、怪我は無いかとそばに寄った。

 顔を染めて恥ずかしそうに立ち上がるであろう香を想像しながら近付くが、ピクリともしない香に意識が混乱してしまう。



 なぜ、こちらを見ないのか、……なぜ、立ち上がって照れ笑いを見せないのか?



 香の手から零れ落ちた石を見て、レイシェスの感情が爆発した。意識のどこかで落ち着かなければ香を助けることはできないと認識している。だが、感情は倒れている香を認めることはできなかった。



 自分がそばに居て、なぜ香は倒れているのか。自分がそばに居ながら、なぜ香が自分に笑いかけてこないのか……。


 午後のお茶の席で血を吐き、回復することなく居なくなってしまった我が子を思う。三歳を前にお気に入りの菓子を手に自分に笑顔を見せた子は、その時を止めた。



 今また香もその後を追うのか……。



 レイシェスの感情が制御されることなく吹き荒れる。周りの木々がしなり、ちぎれとんだ葉が宙を舞う。幹にギシリと亀裂が入り、何本かの木が根を引きちぎられ横倒しになる。砂塵が舞い、小石は地面を転がった。



「レイシェス!! 何があった、香はどうしたんだ!!」



 ギルベルとユーリックの行く手を阻むように風が吹き荒れ、舞い踊るもろもろに視界をさえぎられ、盛り上がる根に足をとられながらも、二人は魔素を頼りに足を進めていった。


 そして目に飛び込んだのは倒れた香を抱きかかえた、うつろな目をした“精霊”レイシェスだった。


 思わず声を上げてもレイシェスはピクリともしない。ただ中空を見据え微動だにしていなかった。だがそんなレイシェスの様子よりも、二人にとって大切なのは香である。

 作り物のように動かないのは二人ともであって、レイシェスの腕に抱かれた香は、血の気が引きなおいっそう作り物めいていた。


 駆け寄ったギルベルとユーリックは思わず二人の前で立ちすくんだ。


 精霊族の里での香の表情そのままのレイシェスと、後で聞いた自分たち二人の様子を重ねたのだ。血にまみれ、蒼白だった自分たちの姿に最初みなは死んでいると思ったらしい。シェスに連れ去られたギルベルと、息を吹き返したユーリックへの質問攻めは未だに思い出したくは無い出来事だった。


 今の香の姿は息をしているのが不思議なくらいだった。自分が目にしているわずかな胸の上下が、香の命の息吹を告げている。


「レイシェス、香はどうしたんだ、大丈夫なんだろう?」


 “精霊”がここまで取り乱しているのだ。だが、気休めにしかならなくても香の無事をレイシェスから聞きたかった。


「どうなんだ?! 何とか言ってくれ!!」


 ギルベルは悲鳴のように叫びながらレイシェスへと詰め寄った。そして、自分で無事を確かめるために香へと手を伸ばす。



 バシンッ!!



 香に触れる直前で何かに思い切りはじかれる。

 ……そしてピタリと風がやんだ。


「また、あの者たちが、……あやつらが私から子を奪うのか……、ワタシカラ……子ヲ」


――レイ、レイシェス落ち着け、落ち着くんだ。香は無事だ。大丈夫だから、こちらを見ろ――


 ギルベルがはじかれた手に躊躇ちゅうちょし、身を引いたとたん香にかぶさるようにシェスが現れた。

 村で見た子供の姿ではなく、香が抱きついていた青年の姿でレイシェスへと語りかける。その様子をただ後ろから見ているしかなかった。

 なぜなら、三人を囲むように結界が張られ、様子は見えるがギルベルたちはそれ以上近寄ることはできなかったのだ。


――レイ、香は大丈夫だよ、わかるだろう? 香を感じることができるはずだ。やってごらん――


 幼子に語りかけるように優しく促すシェスの顔は、この場に異常など何もないと、なんら日常と変わりないと言っているようで……。

 ただひたすらに、レイシェスをつなぎ止めるために言葉を重ねているように思えた。


――シェス……、わたし、あっ……香が、香を助けて!! また私から子を奪おうとしているの!!――


 本来なら“精霊”二人だけでやり取りできるであろう思念波は、大音量でギルベルとユーリックへも伝わっている。

 レイシェスは意識を取り戻しながらもなお、蒼白な顔で香を抱きしめている。多少の錯乱はありながらも直前までの自失状態からは脱したらしい。

 で、あるならば、香の元へと近付くために二人は声の限り叫んだ。



「“精霊”!! 香は、……香は無事なのか!! 何があったんだ!!」


「シェス! レイシェス!! 教えてください。香くんは大丈夫なんですよね!!」



 ダンダンと叩きつけるこぶしが真っ赤になるころ、シェスが二人と視線を合わせたとたん壁は消失した。勢い余ってたたらを踏みながらも香へと転がり寄る二人。

 邪魔なシェスを押しのけレイシェスの腕から奪い取る勢いで肉迫する。


「!! ――――むやみに香を動かすでない!!」


 香に触れる直前でバシリと放たれた力に阻まれる。二人から同時に怨念のこもった目を向けられたシェスは、一瞬目を見張りながらも香を隠した。


「今、乱暴に触れれば、香に悪影響が出るであろう。――――ほほぅ、そなたら、少しは大きくなったであろうな。そうでなくば、あたら命を散らすことになるぞえ?」


「!!…………」


「“大地の精霊”、お教えください。香くんは大丈夫なんですか? 私たちにできる事はありますか?」


 言葉に詰まったギルベルにかわってユーリックが問いかける。


「……、自分で考えうる努力はしているつもりだ。メガネに適うかどうかはわからんが……」


 眉を寄せ香を見つめながらギルベルは答える。ここで失敗すれば香は戻ってこない。この二人の“精霊”が納得できる答えを示さなければ、香の隣に立つことはできないのだ。



「ならばその覚悟を見せるが良い! その命、香にささげよ」



 “大地の精霊”シェスの厳かな宣言が二人の耳を打った。



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