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怖がり少女シリーズ

怖がり少女の壊すモノ

作者: まはろ

彼は、思い悩んでいた。

どうしても、好きになれない生徒がいたのだ。頭の良いその生徒は、教師である彼を心底バカにしていた。わざと、揚げ足を取ったり、教師の間違いをそれはそれは楽しそうに指摘したり。

彼自身、教師に向いてないと思っていた時期があった。しかし、その生徒でますます自信喪失していた。


生徒より出来ていれば。

生徒より頭が良ければ。


生徒に嫉妬心さえ、もつようになった。


そんな中、アレに出会ったのだ。

彼は強くなった。

しかし、強くなりすぎた。

最近は、アレの外し方さえわからなくなってしまった。

彼は、アレに支配されそうになっていた。















(あかり)は、真っ暗な夜道を歩いていた。


周りは誰も歩いていない。


まだ9時過ぎなのに、誰も歩いていない。


夜道を照らすのは電柱についている電灯のみで、灯のいる場所から少し離れている。


電灯は、その一つしかなかった。


オレンジ色に(ほの)かに光るそれは、時折点滅し、ついたり消えたりする。


その時折つく光りに、蛾はバチバチと体当たりをしている。


おかしい、と灯は思った。


こんな暗いはずはない、と。


何故なら、灯は住宅地を歩いていたはずだった。

住宅地なら、どこかの家は絶対電気がついているはずだ。


しかし、どこもかしこも真っ暗だった。


誰も存在していないかのように。


灯は、寒気がして、そして恐ろしさに身を震わせた。

思い立ったかのように持っていた手提げ袋の中に手をつっこみ、ある物を装着した。


うさぎの耳のカチューシャだ。

灯は、実は先ほどまで有名なテーマパークで遊んでいたのだ。このうさぎのカチューシャはそのテーマパークで有名なキャラクターの象徴とも言える。このカチューシャをつけたら、夢の国に戻ったような気分になり、怖さがなくなるのだろうと考えたのだ。



そして点滅している電灯に、灯は近づいた。


点く(つく)


消える


点く


消える


点く

男の子が電灯の下に立っていた。

「ひいっ!」

灯は驚いて後ろに尻もちをつく。


消える


点く

至近距離で男の子が灯を見下ろしていた。


消える


点く

男の子が灯に手を伸ばそうとしていた。


「おい!灯! チッとっとと消えろ!」


後ろから灯は呼ばれて、振り返る。


呼んだのは兄だった。


兄は灯に近づくと、灯を立たせてくれた。


「大丈夫だったか?」


「うん。なんだったのかな、あの男の子」


「お前、世に言う、痴漢だぜ、あれ」


「え!?痴漢!」


「ああ。叫ぶぐらいしろよな」


「うん。お化けかと思った。けど、お化けなら、足ないよね。あの子足あったもんね」


「ああ・・・。それよりも、お前なんなんだよ。そのうさぎは」


「え?かわいいでしょ?」


「え?きもい」


「きもいぃ!?」


灯は兄に会えた安心から、先程の真っ暗な夜道ではなく、いつもの住宅地に戻っていて夜道が明るいことには気づかなかった。








「ウフフ、今日は兎の塩焼きよぉぉ!」


「ぎゃあぁ!私は食用じゃありません!!」


家に帰ったら、灯は母に塩をかけられた。

















そして学校。


灯は何をしているかというと。


古文の教師に、この前の罰(鼻眼鏡ととんがり帽子とクラッカーを勝手に持ち込んで一人で騒いで逃げた罰)として、資料作りを手伝わされていた。


灯は、この古文の教師が苦手だった。

怖いからだ。


資料室で、2人きりの空間。


そこで黙々と資料作りをするのは苦痛だった。


「・・・先生、歌っちゃだめですか?」


「なにいってるんだ?お前。お前まで、先生をからかうのか?」


教師の顔つきが変わった。


それは、それは恐ろしい、顔つきに。











「なぁ、最近、古文の先生。殺気だってないか?」


「ああ。なんか、異様に強いよな。前はもっと優しかったのに」


「開きなおったんじゃね?優しいと、教師は続けられないだろ」


「顔つきも変わったもんな」


「そういや、バカリ、この前泣かされてたな」


「ああ、般若がぁぁ!ってな」


「プッ。般若って程、ひどい顔つきじゃ、ないよな」


「バカリは怖がりだからな」














灯は、般若の顔の教師に、後ずさった。


友人達は、般若って程の顔じゃないよ、と言われたが、灯にはどうみても、般若にしか見えない。


そして、徐々に近づく般若の手に、ある光るものがあることに気づいた。


包丁だ。


徐々に近づく般若の顔。

彼は何かをブツブツ言っている。


灯は後ずさり、お尻に何かが当たった。

机だ。

逃げれない。


資料室の扉は般若の後ろだ。


灯は全身の血の気が引くのを感じた。

ドクン

ドクン

と自分の早い鼓動が大きく聞こえる。


般若の方を向きながら、後ろに手をやり、机の上にある、武器になりそうな、抵抗できそうなものを探す。




般若が、包丁を持った手を、灯の方へ、大きく、振りかぶる。




灯は目をギュッとつぶる。







咄嗟に掴んだものを、闇雲に般若の方へ振りかぶる。













ガツンッ


硬いものを叩く音が聞こえた。


その後に、壺を床に落としたような音と、プリントが床に落ちる音が聞こえた。


そして、教師が呻く声。


灯は目をそっと開けた。






灯が持っていたのはコンパスだった。


床に落ちているのは真っ二つになった般若のお面、そしてコンパスをつかむ時に落としたのだろう、資料や書類や冊子。


しゃがんで呻く教師。


灯は、その落ちている、書類を見てハッとする。


“ 演劇 鬼の住む処 ”


台本だ。


もしや、と灯は、冷や汗をかく。


この古文教師は、演劇部の顧問だったはずだ。



「せ、先生。大丈夫ですか・・・?お怪我はないでしょうか・・・?」


教師は、震えながら顔を上げる。

般若ではなく、優しい若い男教師の普通の顔だ。

しかし、額から、ツゥと血が流れる。


「あわわ!先生、血が!血が!本当にすみません!すみません!演技だとは分からずに!すみません!」


慌てて、灯もしゃがみこんで、ポケットに入れていたハンカチを呆然としている教師の額に当てる。

灯は自慢じゃないがO型だけど、ちゃんとハンカチは必ず持ち歩く。ハンカチがクシャクシャなのはしょうがない、O型なんだから。


「先生も、いきなり演技始めないでくださいよ、もう!!!なんで、脅かすようなマネをするんですか?リアリティを演技に求めたかったんですか?私は演劇部員じゃないから、そんなリアリティさ求められても、本気で怯えることしかできないですよ!え?それとも、私を部員として勧誘しようとしてたんですか!?ええ、私が部員だったら、そりゃ、名演技になるでしょうね!!そもそも・・」


「落ち着け・・・・」


まだ震えている、そして泣いている教師の声にハッとする灯。

安心感から、多弁になってしまったらしい。


「先生、そんな額、痛いですか?すみません・・・」


灯がそう言うと、教師は痛くない、と首を振る。


「先生、本当にすみません。けど、おかしいなぁって前から思ってたんです。わたし、先生のこと優しくて大好きだったし、先生の授業はバカな私にもすごい分かりやすくて好きだったんですよ。私の友達も全員、先生の授業は好きって言ってました。だって、古文とは本当に意味がわからないんですもん。けど、先生の古文なら、わかります。けど、最近は、般若の顔になって怖くなってしまって、いつもの先生じゃなくて、おかしいなぁって思っていたんです。それが、リアリティを求めて、般若のお面をつけて演技してたんだと分かって。すごく安心しました」


教師は、何も言わずに、灯の言葉を聞いている。


「それで、あの、先生のこと、大好きなんで・・・」







「般若のお面を壊してしまったのと怪我させてしまったのを、許してください!すみません!般若のお面のかわりにこれを差し上げます。是非使ってください!」


灯は土下座した。

そして、制服の下に隠していたうさぎの耳のカチューシャを教師に差し出す。

テーマパークに行ったのをみんなに自慢したくて持ってきたのだ。そこまでは良かったが、また没収されたら困ると思った灯は、スカートの腰のところに差し込んで隠していたのだ。



プッ、と笑う声が聞こえて、灯は顔を上げる。

教師が笑っていた。



許してもらえた灯は、その後、落ちたものを教師と一緒に片付けた。

そして帰っていい、と許可をもらった。


資料室に出る時に、ありがとう、と教師に、満面の笑顔で言われた。


それにしても、と灯は思う。


あの包丁も随分リアルだったな、と。













彼は額にあるコンパスでつけられた傷を撫でながら、般若のお面を初めて見た時の事を思い出していた。




彼は演劇部の顧問であった。


それで、休日に、必要となった、鬼のお面を探していた。


骨董品がいっぱい売ってある、骨董市場に足を運んだ。


そこで、この、般若のお面を見つけたのだ。


なんと、リアルな般若なのだろう、と感心していた。


般若のお面を見つめていると、吸い込まれる感覚に陥った。


そして、この般若のお面を買った。


それからは、特に使いもせずに忘れていた。


ある日、頭のいい生徒にそれはもうひどい反抗をされて、落ち込んで家に帰った。


何故か、ふいに般若のお面を思い出した彼は、取り出した。そして、吸い込まれるようにお面をつけた。


弱々しくなっていた自分の心がふいに強くなった。そして、生徒に対する嫉妬、怒り、殺意が芽生える。慌てて外した。何故だろう、と考えながら。


しかし、心が弱る日が続く。

彼は般若のお面をつけるのが習慣になった。

そして、ある日、お面が取れなくなった。


おずおずと般若のお面をつけたまま、外に出ても誰も指摘はしないし、視線を感じることはない。

彼はそのまま生活した。

この般若のお面をつけることで、彼は強くなっているのを実感した。

あの、頭の良い生徒に何か言われたら、嫉妬、怒り、殺意は芽生える。しかし、それを生徒は感づいたのか、口答えしなくなるようになった。他の生徒も従順に、彼の言うことを聞くようになった。

彼は、般若のお面と共にあるのに違和感を感じなくなった。

しかし、段々、生徒への殺意が日に日に増す。

いつしか鞄に包丁を入れるようになった。

生徒にいつ反抗されても、殺せるように。


ある日、二人きりになったある女子生徒。その彼女にからかわれた、と思い、何も考えずに彼は殺そうとした。


だが、女子生徒はコンパスでお面を壊した。


彼は正気に戻る。

生徒を、殺そうとした。

その事実に震えて、泣いた。


しかし、女子生徒は必死に何かを彼に伝える。


彼に土下座して必死に謝った。

そして、うさぎの耳のカチューシャを彼に差し出した。


その姿に笑ってしまった。


謝らないといけないのは、彼のほうなのに。


彼女はどうやら、彼の行いを演技だと勘違いしているようだった。



彼はもう教師をやらないほうがいいだろう。


そう思った。


土日に壊れた般若のお面を供養してもらおうと、その筋で有名な寺に行った。


そうして、和尚さんに般若のお面を見せるとそれはそれは驚いていた。


強い、嫉妬に狂った、女の霊が宿っていると。


何も知らずに買ってしまった彼を和尚さんは、大変だったでしょう、と心配してくれた。


これは、とても強い霊だったから、どんなに強い人でも支配されるだろう、とも言った。


どうやってこれを壊したのか、聞かれ、正直に全てを言うと、なるほど、と和尚さんは笑った。


そして、何故か彼は、和尚さんに、教師を辞めようと思っている、とこぼした。


しかし、和尚さんは首を横に振る。

生徒に殺意を芽生えたのは、確実にこのお面のせいだ。

そして、どうしても辞めたいなら別だが教師の中でも君にしかできないことはあるんじゃないか、と。



彼は思い当たる節があった。


あの、般若のお面を壊した、女子生徒は問題児で、他の教師も手を焼いていた。

テストも他の教科はぼろぼろだが、古文のテストだけは、ずば抜けてよかったのである。

簡単にはしていないし、彼の授業を彼女が理解しているのだと自信を持っていいのだろう。




和尚さんの言葉に、彼は教師としての自信を取り戻した。


彼は元々頭が良かったわけではない。

しかし、弟に勉強を教えた時にわかりやすい、と言われた。

それが、教師になるきっかけだった。


わからない生徒に、わかりやすく説明をしてあげる。

これは彼が教師をする理由だ。







そして、彼は辞めずに今も教師を続けている。わからない生徒に、わかりやすく説明して、優しく、笑顔で。



ちなみにうさぎの耳のカチューシャはもらう事にした。













家に帰宅した灯。


「あれ?今日は塩かけてこないの?」


「え?だってあんた、今はただの人間じゃないの」と母。


「いや、私の心はうさぎだよ」


「いや、きもい人間だわ」と兄。


「きぃもぉいぃだとぉぉ!?」




そんな灯が


痴漢の男の子と


般若教師にびびった


そんな2日間の話。















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