ここは人類最前線2 ~勇者様を励ますの会~
これは短編「ここは人類最前線」の続編となります。
特に誰かが戦ったりはしません。
…ある意味、魔王のお目付が奮闘していますが。
基本的に日常の中で登場人物達が雑談しているだけのような内容です。
読んでも意味が解らないよーという方は、ごめんなさい。
できれば「ここは人類最前線」を参照して下さい。
前回のあらすじ
私達の住む村は人類最前線と呼ばれています。何故なら魔王城の隣にあるから。
ちなみに人間の村です。
ですが平然と魔族と持ちつ持たれつの隣人付き合いをしています。超平和です。
さて、そこに魔王を倒さんと勇者様がやって来ました。
しかし勇者様は村に来て今まで培ってきた常識が崩壊。
更に私の従兄のまぁちゃんに試合で負けて、自信喪失。
魔王退治に二の足を踏んでいた状態で、衝撃の事実を知りました。
勝負に負けて認めていた相手、まぁちゃん=魔王という、衝撃の事実(笑)を。
…という訳で、今回のお話はじまるよ☆
ここは人類最前線2 ~勇者様を励ますの会~
ほんの出来心で、世間話のついでに勇者様にまぁちゃんの素性をばらした私。
今では後悔しています。
だって、こんなことになるとは思っていなかったんです。
…え? なんで後悔しているかって?
それは、ですね。
それは………私のばらした事実にショックを受けた勇者様が、大変なことに。
簡単に言えば、引きこもってしまいました。
対処が、とっても面倒です。
私達の村に、宿というものはありません。
特定の期間だけ、ある時期もあるのですが…通常時はありません。
宿のない期間に村に来たお客さんには、二つの選択肢があります。
ずばり、お金を払って村長宅に泊まるか、お金を払って魔王城に泊まるかです(笑)。
まあ、普通の旅人さんに後者をお勧めできる訳が無いので、大抵は村長宅を選択します。
たまに魔王城に泊まってみたいと突撃する猛者もなきにしもあらずですが。
勇者様の場合は、選択するまでもないので魔王城という選択肢すら提示していません。
ちなみに魔王城に泊まる場合、来賓用の部屋ではなく城内の宿屋に宿泊となります。
商売っ気の強かった六代前の魔王さんが始めた設備だそうです。
さて、そんな訳で当然の様に私の家(村長宅)に宿を取っている勇者様。
出てきません。
幾ら待てども待てども、全然出てきません。
一応私達の活動時間とずらしてお風呂なんかは済ませているらしいですが、姿を見なくなって久しいです。
勿論食卓にも出てこないので、そろそろ勇者様の顔を忘れそうな気もします。
いえ、勇者様の類い希な美貌は、そうそう忘れられるものではないのですが。
本当にそんな気がするだけです。気がするだけ。
ちなみにお食事に関しては宿代に含んでいるので、毎回お部屋に持って行っています。
扉を開けてくれないので廊下に置いておくと、いつの間にか食器が空になっているという。
あんまりにもそれが続くので、遂に勇者様の部屋の前に食膳を置く台を用意してしまいました。
床にそのまま置くのって、なんか不衛生な気がしたんです。
…嘘です。何回か蹴りそうになったので、苦肉の策で台に置く様になったのが本当です。
まあ、兎に角。
そんな訳で勇者様が出てきません。
落ち込んでいるのか絶望しているのか悲しんでいるのかは知りませんが、そろそろじめじめされているのも鬱陶しい気がします。キノコが生えますよ、キノコが。
勇者様がまぁちゃんの素性を知ってから、今日で10日目。
この10日間、引きこもった勇者様の姿を見た者は一人も居ません。
村人の皆も、村長やってるうちの父も困り顔です。
前は中々の働き者だと、村での評判も良かったんですけど…
自分の力量不足を知った勇者様は、己を鍛え直す為、この村に拠点を置いて修行中でした。
修行と言っても、誰かに教わるわけではありません。
力量の確認の為に、偶にまぁちゃんに勝負を挑む以外は、村の外での害獣退治に精を出しておられました。害獣と言ってもただの獣ではありません。魔力を持った理性のない魔獣や、持て余した力によって度々暴走する祟り神の一種などです。
それらの魔獣などは度々村に襲いかかってくるので、村でもちょっと手を焼いています。
勇者様が来る前は魔族の皆さんと共同で定期的に討伐してたんですよ。
村の周りには罠も塀もありますけれど、村の外に遊びに出た子供が襲われでもしたら危ないですからね。仕事で村の外に行く人もいますし、危ない獣は事前に狩るに限ります。
特に子供達の身の安全を案じた魔族の皆さんが、熱心に狩りに力を入れていました。
魔族の皆さん、基本的に弱いモノには過保護ですから。
それが勇者様が村に来て以来、凄い勢いで狩るものですから。
はっきり言いましょう。
楽ができるな、と村人皆で顔を見合わせて有り難がっていました。
勇者様も倒した獣を村に持って帰ってくれるので、保存食が作り放題で。
ありゃ良い狩人になるわーと、村のご婦人方もうきうき言っていました。
勇者様が気前よく獣の肉を村に分け与えてくれるので、一時期食卓がとても豊かでした。
あの日々が、もっと続いてくれてたらなぁ…。
成長期の子供がいる家は、とても助かっていた分、勇者様の現状に落胆も大きいです。
更に言うと、私達の村は皆、何かしら働いている人ばっかりで。
私だって成人前ですけど、自分で決めた仕事をある程度こなしています。
だと言うのに、勇者様は部屋に閉じこもって何をするでもなく。
働かざる者食うべからずの精神が根付いた村ですから。
勇者様もそんなつもりはなかったのでしょうが、ここは勇者様のお城ではないので。
怠け者にはそろそろ鉄槌…じゃなく生活の改善を、と村民会議で声高に叫ばれました。
…村人でもない勇者様の生活改善が議題に上がる、村民会議。
私達ってとても暇で平和なんだなぁと、呑気な会議の内容で実感します。
困って良いですか?
何故か私が、勇者様を社会復帰させる役に抜擢されてしまいました。
というか、押しつけられました。
理由は簡単。
「お前が原因だろ」という、私が勇者様に衝撃の事実を告げた瞬間を見ていたという、目撃者の無情な一言が決め手にされてしまいました。報復はどの程度までアリでしょうかね?
他にも若い娘の方が勇者様も嬉しいだろうとか、同じ屋根の下とか。
何その理由? うちの父が、ものすっごい渋い顔してるんですけど。みんな気付いて!
特に「過ちおかして婿にしたら?」とか発言するの止めて下さい。
玉の輿…って、乗りたい人が乗って下さいよ。私を嗾けようとしないで!?
村に新しい血を…とか、若い労働力を…って、そんなの充分足りてるでしょう!?
魔族の皆さんが拾ってくるお子様方を何だと思っているんですか!?
そこの貴方とか、貴方とか、魔族の養子組出身でしょう!?
魔族の拾い子の数、舐めてんですか!? 余裕で村の若い労働力は確保できてますよ!
私がそう主張しても、皆さん、ニヤニヤと楽しそうに笑っているだけ。
みんな、面白がってる…!! 私を暇潰しのネタにしようとしてる!!
暇な村人達の無責任な発言の数々に、父の眉間の皺が凄いことになっていました。
もう一度言います。
私、未成年です。
結婚とか、まだできませんから!!
面白がる村人達はいつもよりもずっと押しが強かった…。
私は皆の勢いに引き受けざるを得ず、父の眉間の皺が恐ろしいことになりました。
いや、無責任に囃し立ててた村人達の案は採用しませんから。
安心して下さい、父さん。私はふしだらじゃありません。
色仕掛けしない! 色仕掛け、しないから!! もっと信用して!?
父の私に対する認識は、どうなっているのか…今度じっくり話し合う必要があるようです。
村人達は無責任です。
落ち込んだ若い男を元気づけるんなら、色仕掛け! って、何その発想。
私は正直に言って色気不足です。不適合です。適任は他にいます。
それを頑張って主張したら言われました。
「王族の人の励まし方とかわかんない」
「私だってわかんないよ! いや、むしろ私こそわかんないよ!?」
ここは人類最前線。人間の生息地でも、最も辺境に当たります。
王族なんて幻の生き物レベルの認識です。偶に見るツチノコより珍しいです。
王族出身の勇者様という、更にレアな生き物が現在我が家にはいますけどね。
「王族云々とか、この村に分かる人いないでしょ!?」
「でもリアンカちゃん、アンタ、この村で一番王族と親しいでしょ」
「そうそう。王族と仲良く身内づきあいしてんじゃん。王族っつか、王様と」
「それ、王族違いだよ! 王様は王様だけど、まぁちゃんは魔王様だからね!?」
「それでも王族は王族でしょ。種族違うけど」
そんな主張に押しやられ。
私はたった一人で勇者様を浮上させるという大任に付いたわけですが。
本当に、どうしたらいいのでしょう。
王族で勇者な若いお兄さんを励ます…それって、なんだか凄く難易度高そうなんですが?
☆勇者様が村に来てから、22日目(引き籠もり開始から10日目)☆
色々考えてみましたが、ちょっと一人じゃ無理だという結論に達しました。
そこで相談しに行くことにした訳です。
お隣(魔王城)に住んでいる、一番身近な王族の皆様(種族違い)に。
それによく考えてみれば、確かに勇者様の落ち込んだ元凶は私ですが…
原因の一端は、まぁちゃんにもあると思うのですよ。
それは決して思い違いではないと、確信を持って私は魔王城に乗り込みました。
正面から、呼び鈴を鳴らして。
「そう言う訳で、本題です」
「リアンカ、前振り長いって」
私の長々とした魂の叫び込みの事情説明に、まぁちゃんはぐったりしていました。
何ですか。ちょっと鬱憤込めて愚痴っただけじゃないですか。
私達の紅茶におかわりを注ぎながら、りっちゃんは困り顔です。
…そんなに長く、愚痴ってましたか?
此処は魔王城内、まぁちゃんの私室。
私はお気に入りのソファに深く腰掛け、お集まり頂いた皆様を順繰りに見ました。
…眩しいくらい麗しい面々に、ちょっとだけ目がチカチカします。
まぁちゃんこと、我が従兄にして魔族の王様バトゥーリ。
今日も麗しいですね。本当に私の従兄ですか?
さらさらの銀髪から垣間見える黒目が、とっても艶やかです。
…抉ったら、黒曜石になんないかな。
偶にそんなことを思うのですが、一回口に出したらまぁちゃんに凄い嫌そうな顔されました。
「しっかし、近頃見ないと思ったら、そんな可哀想なことになってたんだな」
「そうなの。まぁちゃん、どうやって勇者様を引き摺り出したら良いかな?」
「引きっ…リアンカ、可哀想だからもちっと穏便に接してやれ?」
りっちゃんこと、まぁちゃんのお目付苦労人リーヴィルさん。
あれ、眼鏡新調したんですか。やっぱり銀縁が似合いますね。
え? まぁちゃんにうっかり折られた? 何やってんですか、この主従。
魔王様の従妹特権で優しく接してくれるりっちゃん。
今日もお強請りしたらお高いクッキーをくれました。とても美味しいです。
「リアンカ様、勇者殿が落ち込まれている理由を考えてみませんか?」
「え? 落ち込んでる理由?」
「ええ。適切な励まし方法を考える上で、原因を探るのは重要ではありませんか?」
「うわぁ。りっちゃん、それ凄くめんどくさいよ」
「リアンカ様………そんなところまで、陛下に似ないでくれませんか」
せっちゃんこと、我が従妹にして魔族の王妹セトゥーラちゃん。
今日もサラサラ流れ落ちる黒髪がとても綺麗です。本当に私の従妹ですか?
標準装備のドレスも、今日はちょっと大人っぽい感じで、いつにも増して輝いています。
…私の2歳年下、でしたよね。私より色気があるのがとても悲しいんですけど。
まだ幼い顔立ちの従妹に、完全に女として負けていました。後で泣こう。
「ねえ、リャン姉様」
「ん? せっちゃん、何か名案ある?」
隣に座っていたせっちゃんが、ツンツンと私の裾を引きます。
彼女は小さい時に私の名前を上手く発音できなかった癖で、私をリャンと呼びます。
「私、そもそも勇者様をよく知らないの」
「ああ…」
「あに様がお外に出ちゃ駄目だって、言うの」
せっちゃんは勇者様が村に来て以来、まぁちゃんに外出禁止令を出されていました。
理由は危ないからとのことですが、その裏にとある懸念があったのを皆は知っています。
せっちゃん、美少女ですからね。
そして勇者様、まぁちゃんと並ぶくらいに凄い美形ですからね。
うん。お兄ちゃんとして、その懸念は仕方ないと思います。
「勇者様は何故、引きこもってしまわれましたの?」
「考えられる理由は、そうですね…」
考える素振りのりっちゃんが、幾つかの予測を立てていきます。
1.魔王に勝てない自分が情けなくなったから。
2.魔王が想像していたのと全然違って幻滅したから。
3.魔王に対して知らずに親しくしていたことがショックだったから。
4.黙っていた村人達に騙された気がして人間不信になったから。
5.魔族がそこらにいたのに気付けない自分が情けなくなったから。
6.自分のあまりの弱さに絶望したから。
7.元々常識が崩壊して混乱していた所に、過度の情報を得てキャパオーバーしたから。
8.1~7の全部。
「…こんなところでしょうか」
「端々にさり気なく棘を感じるのは俺の気のせいか?」
「気のせいでしょうね」
胡散臭そうにりっちゃんを睨み付けるまぁちゃん。
じと目でも美々しいまぁちゃんの顔って、偶に落書きしたくなるんだよねー…。
「おい、リアンカ。なんで俺の顔をじっと見てんだ。目つきが不穏だぞ」
「リアンカ様? この案件は、リアンカ様が持ち込んだんですよ。ちゃんと考えましょう」
「うー…落ち込んでる理由とか、細かく考えても勇者様じゃないんだから分かんないよ」
「リャン姉様、それを仰っては全て台無しなの…」
親身にしてくれる従兄達には申し訳ないのですが、手っ取り早い解決法は無いでしょうか。
細やかで繊細な慰め方は、あまり親密でない相手にするには難しい。
不適切な方法を採ってしまえば、勇者様のお籠もりは更に酷くなりそうです。
一つ、簡単に元気づけられないものでしょうか。
「まぁちゃん、王族男子ってどんな励ましが良いのかな?」
「王族男子って、えらい一括りに纏めたな」
呆れた様子で溜息をつくまぁちゃんは、それでもちゃんと答えてくれるので頼れます。
「リアンカ。王子だとか王族だとか言っても、それは肩書きの話だ。そんなもん引っぺがして考えないと、本当はどんな人間性なのかとか、分かんないと思え」
「でも、やっぱり肩書きや育ちって、人格に与える要素も強いんじゃない?」
「王族だろうが何だろうが、変わんないって。身分や肩書きがどうだろうが、ただの人間の男であることに変わりはないだろ。普通にそこらの男衆と同じ扱いで良いんじゃないか?」
「かなりざっくり言いましたが、それを陛下が仰るんですか…」
御自分のお立場、分かっていますかとりっちゃんが嘆いても、まぁちゃんは気にしない。
ああ、でも、そうか。
確かにまぁちゃんは魔王だけど、中身は全然普通だし。
まぁちゃんを参考に考えたら、勇者様のことだって、あまり身分は気にしないで良いのかも。
勇者様自身も、私に友達として接して欲しそうだったし。
それを考えたら、適当で良いのかな?
「村の若い衆を立ち直らせるとしたら、リアンカなら何が効果的だと思う?」
「うー…りっちゃん、せっちゃんはどう思う?」
「私ですか? そうですね…」
「元気づけるのなら、欲望を擽って満足させるのが一番ですの!」
思案深げに考え込んだりっちゃんの前で、せっちゃんがずばっと言った。
その発言内容は、微妙に過激な気が…ああ、ほら、まぁちゃんの顔が引きつってる!
「どなたでも欲望が満たされれば心安らぎ、満足しますの。気分も大らかで前向きになるものだと思いますの。良く眠った後や、お腹が一杯になったら幸せになるように!」
「せっちゃん…お前の発言に、深い意味は無いとお兄ちゃんは信じているよ…」
「あに様? どうなさいましたの?」
「頼むから。頼むから、せっちゃんは未だ純粋でいてくれ…!」
「??? あに様ったら、変な方」
ですが三大欲求を充足させるという意見は、興味深いかも…。
若い男衆が喜びそうなモノといったら、ここはアレですよね!
「それなら、勇者様の部屋にエロ本の一つも差し入れたら元気になるかな?」
「っって、おおおぉい!? リアンカぁ!?」
何気なく零した私の言葉に、まぁちゃんが過剰な反応を見せました。
せっちゃんは可愛らしく首を傾げて「えろほん? 新種の栄養剤?」とか呟いています。
意味分かってないみたいですね。無邪気なせっちゃん、可愛いです。
りっちゃんは微妙に引きつった顔で、うろうろと目を泳がせています。
「それは…別の意味で、元気にはなるかもしれませんね…」
「こらぁリーヴィルも何言ってる!」
まぁちゃん、必死です。
私の肩をがしっと掴んで、真顔で詰め寄ってきます。
「リアンカ! 年頃の娘がそんなこと言っちゃいけません! お兄ちゃんはお前をそんな風に育てた覚えないぞ!? せっちゃんが変なこと覚えたら、どうするんだ!」
「まぁちゃんの妹はせっちゃんだけだよ! 私は妹じゃないでしょ」
「妹じゃなくても妹同然の従妹だろ。お前が生まれた時から面倒見てんだから、兄同然だ」
「それはそうかも。でも妹じゃないよ?」
「そもそも、エロ本なんてどこで手に入れてくるつもりだ!?」
「あー…それはヨシュアンさんが、偶に村で商売してるから…」
魔族の青年ヨシュアンさんは、ここら辺では知る人ぞ知るカリスマ芸術家(笑)です。
特に魔族人間問わず若い男の人に支持されています。
付いた渾名は「エロ画伯」…その渾名で、全てが分かると思う。
彼が趣味と情熱と執念で作りあげた芸術(笑)は、いつだって若い男の人に大人気。
私達の村にもリピーターが数多くいる…らしい。
定期的に村にも作品を売りに来るんですが…決して女性は近寄らない人だかりができます。
買う側にも羞恥心があるのか、ひっそりこっそりと販売されているみたいだけど。
それに乗じて男の人しか喜ばないアレコレが売り買いされているそうな。
若い女性が総じて外出しにくくなるその日を、私達は「闇市の日」と呼んでいます。
あれって、本人達は隠れてるつもりでも、結構傍目にはバレバレなんだよねー…
…誰が常連客かは、あまり知りたくないところです。皆で気付かぬ様、目を瞑ってます。
ちなみに。
以前好奇心でまぁちゃんの部屋をこっそり漁ってみたことがあるんですが。
期待した様な面白い物は何もでてきませんでした。ベッドの下も探したのに。
潔癖すぎませんか、まぁちゃん。期待外れも良いところです。
私の探し方が悪くて見つからなかっただけか、そもそも持っていないのか。
そのどちらかは知りませんが、まぁちゃんのことなので持っていても巧みに隠すでしょう。
せっちゃんの目に付く可能性のある場所に、マズイ物を放置するとも思えませんからね。
「リーヴィル、俺ちょっくらヨシュアンの奴を絞めてくっから、後ヨロシク!」
何だか不自然な爽やか笑顔で、まぁちゃんが宣言しました。
しゅびっと上げられた手とは反対の手に、さり気なく凶器を握っています。
どこから出したんですか、そのフレイル。
ヨシュアンさんの頭蓋骨粉砕するつもりですか?
いくら強い魔族でも、魔王にフレイルで殴られたら即死しますよ?
「陛下、ヨシュアンは現在長期出張中ですよ。今頃は北の果てです」
「行ってやる! 北の果てまで行ってやるぞ!」
「止めて下さい! そんなに長いこと仕事をサボるおつもりですか!」
まぁちゃんの目が漲る殺気でギラギラしています。わぁ、凄い本気。
焦りに冷や汗をダラダラ流して、りっちゃんは必死でまぁちゃんを抑えにかかります。
それを傍目に見ながら、私はがっかりと肩を落としていました。
「ヨシュアンさん、出張中かぁ。個人的に何とか都合付けて貰おうと思ったのに」
こうなれば、村の中から融通するしかないですね。
「確か自警団の詰め所に、男衆が寄贈(要らなくなったので置いていったとも言う)したエロ本の専用書棚があったはずだよね。彼処なら何冊かちょろまかしても…」
「よぉし! 予定変更、これからハテノ村自警団詰め所の大掃除に行くぞぉ! 燃えるゴミと生ゴミが膨大に出てくる予定だから、ゴミ袋は多めにな! せっちゃん、焼却炉の準備を頼む!」
「陛下!? いくら公共施設でも、勝手はいけません! 自警団の人達が泣きますよ!」
「好きに泣かせとけ!! 若い娘さんの精神衛生上実害有りで自業自得だ!!」
「あに様ー、お掃除ならお手伝いいたしますの」
「せっちゃん、気持ちは嬉しいが君は来ちゃならねぇ! 大人しくお留守番だ!」
「陛下ああぁ!? 大掃除で、なんで斧持ってるんですか! 何する気ですか!」
「わぁ、まぁちゃん凄い乱心してるー」
「火を付けといて他人事ですか、リアンカ様!?」
この後30分、いきり立ったまぁちゃんと宥めるりっちゃんの漫才が繰り広げられました。
勇者様を励ます為に、集まった私達。
しがない村娘の私に、魔王のまぁちゃん、魔王妹のせっちゃん、お目付りっちゃん。
幾ら考えても気付けば思考は超脱線。
原因の幾らかは私にあります。認めます。
だって、やっぱり王族で都会人で勇者なお兄さんを励ますのは難易度高いから。
どうやって元気づけろと?
勇者様も、私達と知り合って一週間と5日で引きこもっちゃいましたし。
その性格も、何をすれば喜ぶのかもよく分かりません。
だから、どうすればいいのか分からないで悩むんです。
それでも元気づけたいという、私達の気持ちはちゃんとありまして。
私達はこれから暫く、このテーマで悩み続けることになりました。
そうこうしている間に、勇者様が自主的にお籠もり解除していたことにも気付かずに。
私達の村は、今日も平和です。
どのくらい平和かというと、魔王を倒しに来た勇者様が引き籠もりになるくらいです。
村をのんびりそこ行けば、魔王様が借り物の畑で鍬を振るい、芋が栄え。
そんな魔王様を仕事に引き摺り戻そうと奔走するお目付役は、今日も空回り。
村長宅に行ってみれば、自信喪失してじめじめ悩む勇者様が見られます。
そして私はそんな彼等を一通り見て回って、今日も平和だと実感するのです。
可愛い従妹と薬草を摘みに行って、原っぱでお日様を浴びながらお昼寝する日々。
大した悩みもなく、深刻な事件も起きません。
実は其処此処で起きているらしいですが、誰も意に止めないので気付きません。
いや、だってそれって、この村じゃ日常茶飯事だし?って事ばかりだし。
村の村民会議で上がる議題は勇者様の励まし方くらいで、村民皆が頭を捻ります。
勇者様の落ち込み具合がどうこうくらいしか議題にならない村民会議。
何が起きようとどうしても深刻になれないのは、最早見に染みついた習いでしょうか。
実際、何が起きようとこの村は滅びそうにない気がします。
それが分かっているので、どうにも深刻に悩みようがないんですよねー…
勇者様を立ち直らせようと魔王が奔走する、私達の村。
私達の村は、他所では見られない不思議な光景ばかりが見られます。
他の場所にはなくて、此処にしかなくて。
光景にしろ名物にしろ、そんな物が多いので。
やはりこの村は、とても変わっているんでしょうね。
変わっていようと変わってまいと、私達の日々の暮らしぶりは変わらないのですが。
獣を狩って、畑を耕して。
家畜を放牧して、森に採取に出かけて。
魔族さんと協力して害獣を狩ったり、塀を補修したり。
魔王様と協力して新しい果実酒を考案したり、悪戯に精を出したり。
そんな毎日、そんな日常が今日も明日も明後日だって続くのです。
ああ、やっぱり。
今日も私達の村は平和です。…と言ってみる。
長々とした内容でしたが、最後までスクロールお疲れ様です。
読んで下さってありがとうございました!